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  • 「バウハウスとその周辺」について
    「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第23章 バウハウスとその周辺」について気になったところをピックアップしていきます。「『芸術のさまざまな異なった活動領域のあいだのあらゆる工芸的原理と芸術的原理との調和を回復し、それらを新しい構成という概念によってしっかり結びつけようとする』ことを目的として、ワイマールに国立バウハウスが設立されたのは、1919年のことであった。」バウハウスには個性的な指導者が多く集まっていましたが、その中でとりわけ有名だった2人の芸術家に注目しました。まず、カンディンスキー。「バウハウスにおける講義をもとに、バウハウス叢書の一冊として1926年に刊行された『点、線から面へ』は、対象を拒否した抽象絵画において、画面の構成要素はいかにして生まれてくるかという文字どおりの造形性の問題を分析したものであるが、かつてミュンヘンにおいて書かれた『芸術における精神的なるもの』(1912年)が、同じく抽象絵画論でありながら、芸術家の心の中にひそむ『内的必然性』を強調していたのに対し、ここでは、カンディンスキーは、最も基本的な要素である点が移動した時、その軌跡が線となり、その線が移動した時、面が生まれてくるという形態の段階的な発展を跡づけながら、それらがその『内的本性』の法則に従って画面に配置された時、構図が完成するという『造形性』の問題を追求している。」次にクレー。「友人のカンディンスキーとは違って、現実を通して幻想の世界を夢見ていたクレーは、時にほとんど非対象の画面を試みることはあっても、決して完全な抽象主義にまで至ることはなかったが、しかし眼に見えない世界に創造の根を持っていたクレーの画面に住んでいるのは、ルネ・クルヴェルが指摘するとおり、『魂の動物たち、知性の小鳥たち、心情の魚たち、夢の植物たち』ばかりであって、われわれはそこに、子供のように奔放で詩的な想像力が、厳しい絵画的構成のなかに作り上げた、かつて例のない豊麗なクレー自身の魂の天国を垣間見ることができるのである。」今回はここまでにします。
    銀座の「寿 直人の変な人…?」展
    昨日、東京銀座8丁目のギャラリーせいほうへ自分の個展案内状500部を届けに行った帰りに、銀座1丁目まで足を延ばし、ギャラリーQで開催している「寿 直人の変な人…?」展を見てきました。これはしりあがり寿さんと竹中直人君の二人展で、漫画のような、また日常スケッチのような一見気楽に描いたように見える作品を多く展示していました。いわゆるヘタウマな表現ですが、私には持論があって、本当に絵が下手な人はヘタウマな表現が出来ないと考えています。二人とも若い頃にはがっちり写実表現を究めたはずです。それが証拠に二人の経歴に多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業という一文があり、実際に同大の入学試験は現在でも鉛筆デッサンと平面構成があり、高度な技法が求められています。私もそうでしたが自己表現を探る際に、高校時代まで頑張ってきた写実表現を自ら否定し、フラットな状態から自分を見つめ直すことをしたはずです。そこで見出した自己表現。しりあがり寿さんと竹中直人君の作風は似て非なるもので、それぞれが自分に対して正直な気持ちで描いているからこそ、何気ない個性が溢れ出しているのだろうと思っています。自分を見つめ直したことがない人は、どんなに巧みに描かれた絵であっても、誰かの絵に似ていたり、また技法が目立って自分が出てこない作品になっていることが多く見られます。「寿 直人の『個性的で』変な人…?」展は、軽妙洒脱で楽しい世界観を味わえて、私は満足しました。加えて、竹中直人君は高校の同級生で、高校時代に一緒に美大を目指して東京の予備校に通っていました。「がっちり写実表現」と前述したのは、私も竹中君の隣りにイーゼルを立てて競い合うようにデッサンをしていたので、彼の軌跡はよく知っているからです。さらに彼は俳優になり、映画監督をやり、イラストレーターとして展覧会を開催しているのですから、二刀流どころか多刀流ではないかと私は思っています。彼と今もつき合いがあるのは、共通項である自己表現活動をお互い行っている点にあるのだろうと思っています。
    案内状持参&友人の展覧会へ
    今日は午前中、工房で7月個展準備のための木箱作りを行なっていましたが、午後になって東京銀座のギャラリーせいほうに出かけ、個展案内状を500部置いてきました。ギャラリーせいほうでは「土谷武展」を開催していて、この展覧会も私は楽しみにしていました。私が学生の頃は、野外彫刻展が盛んに行われていて、そこで見た土谷ワールドに憧れにも似た不思議な気持ちを抱いていました。当時の私は鉄も石も手をつける余裕がなく、専ら粘土による人体塑造に明け暮れていましたが、鉄や石のもつ素材の魅力に内心そわそわしていたのでした。「土谷武展」にはいろいろ人が来ていて、本人が亡くなって20年以上経っているにも関わらず、その人気を物語っていましたが、この会場で私は元神奈川県立近代美術館館長だった水沢勉氏にお会いしました。よく図録などの書籍に本人が写っているので、私は水沢氏がすぐ分かり、自己紹介の後で美術談義をさせていただきました。ひと世代前の彫刻家の話を興味深く聞いたり、宇部の野外彫刻展の運営にも話が及び、楽しい時間を過ごさせていただきました。あぁ、今日はギャラリーせいほうに案内状を届けに来て良かったなぁと思いました。もうひとつ、今日は銀座に来る用事がありました。高校の同級生である俳優の竹中直人君が、しりあがり寿さんと2人展をやっていて、それをラインで知らせてくれたのでした。銀座1丁目にあるギャラリーQで「寿  直人の変な人…?」展は、スケッチや水彩、陶芸などを展示していました。気持ちがふと軽くなるような軽妙洒脱な世界。私とは真逆な世界観ですが、これもアートとして鑑賞者の心に入り込む方法のひとつだなぁと思えて楽しく拝見しました。同展に関しては別稿を起こそうと思います。私にとって久しぶりに訪れた銀座は、相変わらず外国人観光客が目立っていましたが、洒落た店舗が多く、また老舗もあって、いい具合のバランスを保っている街だなと感じました。来月の個展開催中はここに暫く通うことになります。
    週末 展覧会の広報に関すること
    日曜日になりました。日曜日は主に創作活動について述べていますが、今回は昨晩自宅に届いた7月個展の案内状について書いていきます。個展の作品を紹介する図録もそうですが、案内状も大切なアイテムだと私は思っています。この案内状に関して私には忘れられない思い出があります。20代後半、私はオーストリアの首都にあるウィーン国立美術アカデミーに在籍していました。私がいた頃アカデミーで人気があったのは絵画のクラスで、当時欧州美術界を席巻していたのはウィーン幻想派の5人の巨匠たちで、そのうちルドルフ・ハウズナーとアントン・レームデンがクラスを持って教壇に立っていました。私が知り合ったベネディクト・フェリンはハウズナー教室にいて、ヒマラヤの山麓を背景に民族衣装に身を固めた老婆を描いていて、衣裳の襞と老婆の皺で緻密に表現された絵画は、人目を引く出来栄えでした。彼はアジアの風俗文化に興味があったらしく、高地に住む人々の風貌を自らのテーマにしていました。私が驚いたのは彼の絵画に対する考え方で、おそらく個展があって、そこに向けて作品を準備していた頃に彼を訪ねたら、オリジナル作品に少々手を加えてはそれを画像に収め、画像として作品がどのように映っているかを確かめていたことでした。オリジナルよりまず案内状に使う画像の見栄えを気にする彼に、どうしてそんな本末転倒なことをするのか尋ねたら、個展に人が来るかどうかは案内状を見て判断するので、まず案内状の質を高めることだ、オリジナルは二の次だという答が返ってきました。これに私は混乱して作品の持つ内容はどうなるのだと思っていましたが、現在となってはSNS全盛の時代にあって、何かと写真に収め、インスタ映えを目的にしている風潮は、まさに40年前に私が見た光景そのものなのです。私もオリジナルであるアナログ作品とカメラマンが撮るデジタル作品を等価に扱っていて、当時フェリンのやっていたことと変わりはないことに気づきました。展覧会の広報にはバエる画像を選ぶのは当たり前のことと言えます。
    週末 陶土搬入&映画鑑賞の1週間
    土曜日になりました。今週を振り返ります。今週は7月個展に向けて、作品梱包用の木箱作りを行なっていました。木箱作りは創作活動ではないため退屈な作業ですが、作品を保存するためには大切なもので、売れない彫刻家である私はこうしたことを丹念にやっていかなければならないのです。陶彫は木材や石材に比べれば、衝撃が加われば割れてしまう物なので、それを保護するためにも木箱は必要です。昨年より今年は作品数が少ないので、木箱数も少なくて済むかなぁと全体を見積もりながら大工仕事をやっていました。陶土の残りが少なくなってきたため、栃木県益子町にある明智鉱業に陶土800㎏を注文し、火曜日の午後にそれが届きました。倉庫に陶土が潤沢にあると心が満たされます。来年に向けて頑張ろうと思えるのは単純な思考だなぁと思いますが、そうした幸福感が創作へのパワーになっていると感じています。創作へのパワーは、何も陶彫制作に限ったことではなくて、それは鑑賞の機会を持つことでも充当できます。今週の木曜日に海老名にある映画館へ家内とストップモーション(コマ撮り)映画「JANK WORLD」を観に行きました。機械の防護服を身に纏った人形や奇怪な生命体、それを取り巻く空漠とした風景を全て手作りし、しかも少しずつコマ撮りで撮影していく表現技法は、気が遠くなるほど大変な作業で、創作活動をしている私には痛いほどよく分かっています。前作「JUNK HEAD」を観た時もそう思いつつ、次第に物語に惹き込まれていく面白さを知ってしまった私は、今回も期待して映画を観に行きました。本作も期待通りで、さらにスケールが大きくなっていたことに感銘を受けました。私の陶彫制作もそうですが、他人がどう考えようが、自分がこれをやりたいと思うことで、何事にも代えがたい生き甲斐を感じてしまうのです。それは何としても私は実践すべきであると考えています。話は変わりますが、制作と鑑賞とは別に今週は自宅に関する事件がありました。2階の出窓の受けになっている木材の部分にどうやら害虫が発生しているらしく、住宅メーカーに連絡をして修理をしてもらうことになりました。結構大がかりになるのですが、自宅は築30年が経っているので仕方がないのかもしれません。