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  • 春分の日に窯入れ
    今日は春分の日で休日になります。教職に就いていた頃は、創作活動との二束の草鞋生活だったので、休日は有難いと思っていましたが、現在は平日も休日もなく創作活動をやっているので、あの頃の有難味はなくなりました。春分の日は古くは1878年(明治11年)春季皇霊祭から続くもので、これは歴代の天皇・皇后・皇親の霊を祭る儀式のことです。1948年(昭和23年)に交布、施行された祝日法で春分の日が定められました。この日はお彼岸の中日にあたり、先祖を供養したり、墓参りをする日として、私たちには馴染みがあります。墓参りに関して、私はあまり積極的ではないのですが、少なくても春や秋には先祖の供養に行きたいと思っています。昨日までの雨まじりの空が晴れて気温も上がり、今日あたりは絶好の墓参り日和になったのですが、休日の混雑を避けて、明日にしようと家内と相談しました。そこで、今日の工房での作業は、窯入れをすることにしました。明日は墓参りがあるので、工房が使えなくてもいいし、乾燥した4点の作品に仕上げを施して化粧掛けをしました。仕上げはヤスリで指跡を消し、そこに錆鉄の化粧土をかけて窯に入れます。焼成が終わった陶土が錆びた鉄のような雰囲気になるのは、こうした工程によるものです。私は陶彫作品でデビュー以来、同じ陶土を使い、同じ工程で作品作りをしています。陶芸家のほとんどの人は、陶土や化粧土、釉薬に至るまで様々な実験を繰り返し、表現の幅を広げていますが、私は焼成に関してはずっと同じ方法をとっています。それでは焼成に面白みがないのは承知しています。ただし、私の場合は陶彫であって陶芸ではありません。焼成が終わった陶彫作品を複数、その場に配置して、空間の変容ぶりを見せていくのが私の世界です。1点ずつの陶彫作品における景色を求めていないので釉薬も使いません。私にとって陶土はあくまでも素材なのです。そんなことを考えながら、夕方窯に作品を入れました。
    フェルメール&ワトーについて
    「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はフェルメールの「絵画芸術」とワトーの「シテール島の巡礼」を取り上げています。まずフェルメール。「油彩画の登場とともにその頂点に達した西欧の写実主義は、本来視覚世界を通してものそのものの存在を確認しようとする試みであり、したがって最終的には手にとって触れることができるという触覚的効果を目指したものであるが、フェルメールは、視覚的効果だけで自己の世界を完結させることのできる稀有の画家であると言ってよい。対象そのものよりもその対象の上の光の効果を体系的に追及したのは、言うまでもなく印象派の画家たちであり、その点にこそ印象派の『近代性』があったのだが、とすればフェルメールは、二百年も早く、印象派の問題を先取りしていたわけである。~略~フェルメールの作品は、すべてが落ち着いた静寂さのなかに沈んでおり、一見派手ではないが、決して忘れることのできない力を持っている。彼の本領である光の表現にしても、同時代のレンブラントのようなドラマティックな激しさはなく、また、同じ室内の描写と言っても、ベラスケスのような才気も見られないが、そこにはあくまでも自己の世界を守り抜く優れた芸術家の小宇宙があるのである。」次にワトー。「生涯病身で、わずか37年間しか生きることができなかったワトーには、つねに悲哀の影がまつわりついている。彼の描き出す世界は、この『シテール島の巡礼』のように、優雅で華麗な愛の世界であり、そのために彼は『雅宴の画家』とも言われたが、それにしては、彼のそのみやびやかな饗宴には、いつも一種の哀愁が漂っている。『愛の島』の若い女たちのように、ワトーの登場人物は、歓楽の最中にあっても、ふと足をとめてもの想いにふける瞬間を持つ。彼女たちは、現在の喜びが永遠に続くものではないこと、それどころか、消え去りやすい束の間の幻であることもを、心の底ではいつも感じているかのようである。~略~彼は、威光きわまりないと思われた太陽王の没する時代に生きて、いっそう現世のはかなさを感じたに違いない。それならばこそ彼ははかなくうつろいやすいが故にいっそう美しい雅宴の世界を、せめてたぐいない筆致で描き出したのである。」今回はここまでにします。
    レンブラント&プーサンについて
    「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はレンブラントの「フローラ」とプーサンの「サビニの女たちの掠奪」を取り上げています。まずレンブラント。「ティツィアーノの影響のもとに描かれたこのレンブラントの『フローラ』が、はっきりと違った性格を持っていることに気づく。そこには、ティツィアーノやその他のヴェネツィア派の作品に見られる官能的な性格も、風俗的な要素も、まったく見られないからである。なるほど、このヘンドリッキエのフローラはティツィアーノと娼婦と同じような白い衣裳を身にまとっているが、身だしなみはきちんとしていて清楚であり、何ら疑わしげな様子は見えない。花を差し出す動作も、人を誘うというよりは慎ましやかな愛情の表現を思わせる。何よりも、柔らかい光に照らし出された端正なその横顔に、モデルに対する画家の深い愛情が感じられる。それは、外面的な美の表現でもなければ風俗的な描写でもなく、内面的な共感と愛情とに結ばれた人間的な表現なのである。レンブラントは、かつてサスキアに対してそうしたように、ヘンドリッキエを花の女神に仕立てることによって彼女に対する深い愛情を語っているのだが、それと同時に、フローラのイメージをも変えてしまったと言ってよい。」次にプーサン。「プーサンのこの作品は、きわめて激しいバロック的表現を持っている。もともと『バロック』と呼ばれる様式は、古典主義の典雅静謐な表現と対照的にダイナミックな力動感を特徴とするが、このプーサンの作品でも、ネプチューンの神殿の上に立つロムルスとその周囲の2,3人のローマ人たちを除いて、大勢の登場人物たちが、皆可能なかぎり激しい身振りや動作を示している。~略~しかしながら、プーサンのこの『掠奪』の画面は、単にバロック的であるだけではない。個々の人物のポーズはたしかに激しい捩れや動きを示しているが、全体の構図から言えば、逆に安定した古典主義的表現への指向を明らかに見せているからである。それは、ひとつには、画面の左右、および背景が建物で仕切られていて、あたかも芝居の舞台のようにはっきりした場面設定がなされているということにも由来するが、それ以上に、その舞台で演じられるドラマが、一見無秩序なように見えながら、実はきわめて安定した基本様式にのっとっているからである。事実、この広場における群衆を支配する構図は、レオナルドやラファエルロが好んで用いた三角形のいわゆる『ピラミッド型構図』なのである。」今回はここまでにします。
    デューラー&ベラスケスについて
    「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はデューラーの「メレンコリア・Ⅰ」とベラスケスの「宮廷の侍女たち」を取り上げています。まずデューラーの銅版画から。「この版画は、つねに『メレンコリア・Ⅰ』という名前で呼ばれてきた。『メレンコリア』というのは、ラテン語の『メランコリア』と同じで、英語で言えば『メランコリー』、すなわち『憂鬱』ということである。だがそれでは、この一見雑多な画面の何が『憂鬱』なのだろうか。~略~このメランコリアの周囲に配された種々雑多なものが、いずれも学問や技芸の象徴であることに気づく。鋸や鉋その他の大工道具は、言うまでもなくものを『作る』ためのものであり、コンパスや、天秤や、時計は、ものを『測る』道具である。魔方陣の数字は数学の遊びであるし、球や多面体は幾何学であつかう対象である。つまりここでは、憂鬱質をあらわすこの女性像は、芸術家、ないしは知的活動に従事する者として登場してきているのである。もちろん、そうは言っても、社交的で活発な多血質と正反対の性格である憂鬱質の人間に、世俗的な成功は望めない。むしろ、現世の富や世間的な幸福には無縁で、人びとには認められず、ただ独り自己の創造の道を歩むというのが創造的芸術家の運命である。」次にベラスケス。「同じ写実主義と言っても、ひとつひとつの対象を綿密に、精妙に描写するファン・アイクの世界とは違う。15世紀のフランドルの画家たちは、たとえ遠くにあるものでも、自分たちが手に取って観察したように正確に再現しなければ気がすまなかった。しかしベラスケスは、すぐ眼の前のものでも、あくまで人間の眼にそう見えたように描き出そうとする。ファン・アイクの世界が実在するものの世界だとすれば、ベラスケスの世界は人間の眼に写った仮象の世界だと言ってもよい。~略~その絶妙な感覚というのは、正確な計算の結果というよりもむしろベラスケスの天性のものであったろう。生まれながらにして絶対音感を持っている人がいるように、生まれながら正確な色調の感覚に恵まれている人というのがいる。ベラスケスは、たしかにそのような天才のひとりであった。」今回はここまでにします。
    週末 書籍に纏わるあれこれ
    日曜日はいつも創作活動に関することを書いています。今回は陶彫による新作のことではなく、視点を変えてみます。先日、池袋の大手書店の芸術書のフロアをブラブラ歩いている時に、昔は頻繁にこんなことをやっていたなぁと懐かしさが湧いてきました。大学で彫刻を学んでいた頃は、それは人体塑造という習作であって、創作的なものをあまり感じなかった自分が、卒業間近になって創造的立体とは何だろうと思うようになりました。人体塑造に喜びを見い出せなかった自分は何をしたらいいのだろうと考えていました。その頃、どこかで読んだ書籍か、あるいは誰かの言葉か忘れてしまったのですが、立体造形とは空間を創りだす哲学だという言葉が頭に残っていました。素材に向き合う実技とそれを裏づける理論。だから自分探しを書籍に求めているのだというのが、その時私が到達した自論でした。読書は小学生の頃に何か読んだとは思いますが、実家は祖父が大工、父が造園業で、何代も続く職人家庭だったので書籍らしいものが全くない家なのでした。都会から嫁にきた母が、私が中学生になった時に百科事典全巻を買ってくれました。これが私のツボに嵌り、何度も事典を眺めたり、読んだりしていました。中学生で仲良くなった友人の影響で海外の翻訳推理小説を競って読むようになり、そこから背伸びするような読書癖が始まり、小遣いを貯めて宮沢賢治全集も買って読みました。最初は知識への飢えだったのかもしれず、そのうち高校生になり、現代詩に興味を持ち、さらに芸術の専門書へと進んでいったように思います。私の書棚は小説より評論の方が圧倒的に多く、実家から現在の自宅に引越しした際に、処分してしまった書籍もあります。現在は夜の時間帯に書籍を開きます。私は紙の手触りが好きで、ざっと読んだ後にもう一度振り返って読み直したりしています。昔読んだことのある埃を被った書籍に手を出す時もありますが、昔の記憶とは異なる印象や理解がある時は、ちょっぴり嬉しくなります。私の買った全集は全巻揃っていないものが多く、古本価値としては無いに等しいのですが、私にとっては重要な書籍なのです。