2025.03.05 Wednesday
今日の朝日新聞の「天声人語」に掲載された記事より、啓蟄について記します。まず新聞より引用をいたします。「カエルの詩人と言われた草野心平に『冬眠』という作品がある。故郷の福島県いわき市にある記念文学館で、自筆原稿を見た。400字詰めの用紙の真ん中に、ぽつんと『●』があるだけ。土の中での孤独、静寂、暗闇。そんなものを凝縮させたのだろうか。きょうは二十四節気のひとつ、啓蟄である。長い冬の眠りから覚めた虫や小動物たちがもぞもぞとうごめき出す。先週末の思わぬ暖かさで、一足早く穴ぐらを出ていたのも、いたかもしれない。それが一転。都心ではきのう、夕刻から冷たい雨が降り始めた。大雪になる恐れから、高速道路が通行止めになった。地表から這い出ようとしていたカエルたちも、こりゃいかんと慌てて引き返したに違いない。~略~でもビルの街では、春を迎えた彼らの喜びを耳にすることはかなわない。草野心平の『春のうた』で、その日を想像してみる。〈ほっ まぶしいな。/ほっ うれしいな。/みずは つるつる。/かぜは そよそよ。/ケルルン クック。/ああいいにおいだ〉。もう、あとわずかだ。」私は啓蟄という春の季語を初めて知りました。春はすぐそこまでやってきていて、虫たちが冬の眠りから目覚める季語なんですね。詩人草野心平は、私が高校1年生の現代文の授業で扱った現代詩の中で、独特な感性で言葉を紡ぐ人として記憶に留めていました。私は高校生の時に美術の専門的な道に進みましたが、その頃は訓練としての写実描写や塑造ばかりで創作的行為はなく、寧ろ創作は現代詩を通じて学んだように思っています。今日新聞に掲載された草野心平や昨年亡くなった谷川俊太郎を初めとする現代詩人たちによって、感性に訴える世界を自分も創り出してみたいと思ったのでした。今日の「天声人語」に草野心平の詩があったので、思わず心に刺さって、NOTE(ブログ)にしてみました。
2025.03.04 Tuesday
「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)の最初の単元はファン・アイクの「アルノルフィニ夫妻の肖像」とボッティチェルリの「春」です。中高美術科の教科書にも取り上げられている名画を改めて学び直すことで、西洋絵画への理解を深めたいと思います。まずファン・アイク。「油絵の技法の登場が絵画の表現能力を飛躍的に高めたことは否定し得ない。そして、その油絵の技法が、ファン・アイクを中心とするフランドル地方でまず発達したということは、この地方が早くから活発な商業活動を示していたことと無関係ではないであろう。商人たちの現実主義的なものの見方というものが、油絵による写実的表現の大きな支えになっているからである。その意味で、多くの中世以来のシンボル表現の伝統を受け継ぎながら、それらのシンボルを日常的に現実表現のなかにさりげなく覆い隠し、新しい市民的室内肖像画を創り出したこの『アルノルフィニ夫妻の肖像』は、やはり新しい時代の到来を告げる輝かしい序曲であったと言ってもよいであろう。」この作品の四角い部屋の正確な遠近法と緻密な装飾の数々に、私は思わず引き込まれていく感覚を持ちました。しかも部屋に掛けられた凸面鏡や窓から差し込む光の演出が、写実の持つリアルさを際立たせているように私には思われました。次にボッティチェルリ。「ボッティチェルリの作品の持つあの夢のような澄んだ色彩効果や、日本の琳派の作品を思わせる装飾性などは、このテンペラの技法によるところが大きい。『春』が背景を林で覆ってしまって、人物をなるべくおたがいに重なりあわないよう、平面的な構成をとっていることは、テンペラ画の持つ装飾的効果を強調するためには、きわめて適切な構図法であると言える。ボッティチェルリは、ファン・アイクのように鋭く現実のものに肉薄するというよりも、哀しいまでに美しい理想の美の世界に憧れる抒情詩人だったのである。」テンペラ画は油絵以前の技法として、イタリア・ルネサンスで多用された表現で、私が若い頃、イタリアに出かけた時に、各地にあったフレスコ画やテンペラ画の表現の豊かさに圧倒されていました。私の西洋絵画遍歴はそこから始まったと言えるでしょう。
2025.03.03 Monday
「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)を読み始めましたが、確か本書は私が学生の頃、一度読んだ記憶があります。もう50年も前のことなので、記憶が朧気です。確か「芸術の意味」(ハーバード・リード著 瀧口修造訳)と前後してか、または交互に読んでいたのか、そこも記憶に留めていませんが、その頃の私は西洋芸術一辺倒だったことだけは鮮明に覚えています。ちょうど私が彫刻を学び始めた時期で、学校では人体塑造に明け暮れていたので、まさに自分にとってはヨーロッパが全てで、足元の日本の美術を考える余裕などなかったのでした。自宅の書棚には埃に塗れた「芸術の意味」を発見しましたが、「名画を見る眼」を発見できず、どうしたものか一向に分からないままです。きっと何かの書籍と一緒に整理してしまったのかもしれません。もう一度「名画を見る眼」が読みたいなぁと思って、私は本書を新たに購入してきました。著者の高階秀爾氏は昨年92歳で亡くなっています。その彼が残した名著をもう一度手元に置いて、改めて我が青春の?西洋美術の知識を、50年を経て、学び直してみようと思った次第です。「本書は、西洋絵画の本質を一歩進んで理解したいと欲する人びとの願いに応えて執筆された西洋美術鑑賞の手引きである。隠された意図や意味を探りながら、15点の代表的名画を読み解いていく。第Ⅰ巻は、ルネサンスから19世紀まで。絵画を楽しむ基本をわかりやすく示すだけでなく、読むたびに新しい発見をもたらす一冊。」という文章が表紙の裏にありました。今でこそ美術分野を洋の東西を問わず、とりわけ日本美術の素晴らしさに気づいてからは、バランスよく理解することを心掛けていますが、若い頃の私は西洋文化しか眼中になく、まるで明治維新のような頭の状態であったことを認めざるを得ません。余談ですが、日本美術の素晴らしさは高階氏と同世代の美術評論家辻惟雄氏によって学びました。若い頃の私は辻氏の存在など知る由もなく、西洋美術の波に揺蕩っていました。
2025.03.02 Sunday
3月に入って急に暖かくなりましたが、もう一度寒波が来るらしく予断は許せない状況です。それでも春はすぐそこに来ていると感じていて、桜の開花予想も出ています。日本人は平安時代より花を愛で和歌を詠んでいました。季節の移り香を楽しみ、それをコトバに託すのは日本人独特の感性かもしれません。亡父の残してくれた植木畑を通って、私は工房に向かうのですが、途中に梅の大きな古木があり、満開の花を咲かせています。その白い花びらが青空に映えて、暫し足を止めて眺めていました。私は花粉症でもあるのですが、頬を撫でる爽やかな風に吹かれていると、花粉症より美しいと感じる心が優ってしまうようです。さて、今日は日曜日なので、創作活動に関する話をしようと思います。今月は陶彫作品と古木材による新作の制作が佳境に入ります。陶彫作品は8割は出来上がっています。後は乾燥を待って窯に入れる作品が幾つかありますが、今月中には終わりそうです。古木材は微調整があり、陶彫作品との関わりを調整しつつ多少彫れば、何とかなるのではないかと思っています。そのあと表面を炙って炭化させれば、これも完成に近づきます。今月は同時に平面作品と小品を始めていこうと考えています。平面作品は正方形のパネルを2点自作します。下塗りやドリッピング(吹き流し)は油絵の具を溶いて使います。多少絵の具の厚さも出るかもしれないので、揮発性油をたっぷり混ぜ込んだ油絵の具でないと保存状態が心配になるのです。油絵の具は乾燥に時間がかかるので、早めに作り始めようと思っています。陶彫の小品は4点ほど用意しようと計画していますが、陶彫には乾燥にかかる時間や焼成もあるので、これも早めに作らなければなりません。そう考えると作品全てが出揃うのはまだまだ先になりそうです。鑑賞では美術の展覧会で見たいものが複数あります。映画も同様で、今月は制作の合間を見て鑑賞を大いに楽しもうと考えています。読書は密教関連の書籍を読み終えて、再び美術系の書籍を読もうかと思っています。今月もきっと毎日工房に通うことになるでしょう。健康に留意しながら過ごしていきます。
2025.03.01 Saturday
週末になりました。今日は3月1日なので3月の制作目標を書くべきところを、週末でもあるので今週の振り返りを行ないます。月曜日は天皇誕生日の振替休日でした。この日私は乾燥した陶彫作品にヤスリをかけて仕上げをし、化粧掛けを施しました。夕方、窯以外のブレーカーを落とし、窯入れをしました。火曜日は作品の焼成中で作業は出来ませんでしたが、この日は午前中に地域の中学校で学校運営委員会があり、私は地域の一員として参加してきました。午後は家内を誘って映画「野生の島のロズ」に行きました。市内泉区に新しく出来たショッピングモールの中に映画館が併設されているので、ここに出かけたのでした。水曜日以降は朝から夕方まで工房で陶彫制作に励みました。寒さが少し和らいで凌ぎ易くなり、工房での制作に弾みがつきました。昨日の金曜日は夕方まで陶彫制作をしていた後で、例年お世話になっている税理士事務所に確定申告の資料を持参しました。この日は家内が1年間分ファイルしてきた資料を、確定申告用に取捨選択をしていました。私は親の代から付き合いのある税理士に申告をお願いしているのです。私が親から引き継いだ集合住宅を持っているため、私たちだけでは手間のかかる申告資料をまとめることができずに、税理士に任せてしまっているのです。嘗て母親が自宅に税理士を呼んで、郵送されてきた資料を全て税理士に仕分けてもらっていました。家内と私はそれを見ていて、確定申告に必要な資料を覚えていたのでした。毎年やっていることなので、少しずつ整理が楽になってきたと家内は言っていました。こうして1週間にやってきたことを羅列すると、時間は瞬く間に過ぎていくと実感しています。今月もぼんやり過ごさないように、その日その時をしっかり足元を見て過ごしたいと思いました。