2025.02.14 Friday
「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「第四章 修業と秘儀から考える日本密教」の中の単元「虚空蔵求聞持法」について気になった箇所をピックアップします。「空海の密教の道をきわめるきっかけは、いまとなっては誰とも知れぬ一沙門、つまり民間の密教者から、虚空蔵求聞持法という密教の秘法を伝授されたことだった。そのころ空海は、一族の期待を一身にになって大学に入学はしたものの、立身出世しか頭にないような授業内容に嫌気がさして大学を辞め、放浪の旅にあったと伝えられる。したがって、虚空蔵求聞持法こそ、空海の一生を決定し、ひいては日本密教の歴史を決定した原因だったことになる。~略~インドでは古くから真言や陀羅尼を用いて、記憶力の向上をはかる秘法が発達していた。この経典もその路線に乗り、しかも従来の方法を網羅して、記憶にまつわる修行法を最終的な完成に導くかたちで登場してきたと考えられる。経典の規模としてはごく小さく、『大日経』や『金剛頂経』などの本格的な密教経典とは比べものにならない。いわゆる雑密経典である。」本文ではこの虚空蔵求聞持法の修業の実践が細かく書いてありましたが、想像を絶するものもあり、ここでは割愛させていただきます。「記憶に神秘を感じる傾向は、どうやら洋の東西を問わなかったらしい。やがて、この技法は人間の内奥に隠れている真理を探る任務を負わされるはめになる。それには、当時、一世を風靡していたネオプラトニズムが重要な役割を演じた。ネオプラトニズムの理論によれば、人間には、本来、神性がひそんでいる。しかも、それは通常の方法では求められないものの、何らかの神秘的な方法がもし見つかれば、そのとき神性は発見され、人間は宇宙の真理に達することができると主張する。表現をかえれば、人間の記憶のなかには、神の永遠の智恵がまさに神の記憶のかたちで秘匿されている。したがって、神の記憶へと至るドアの鍵さえ開けることができたなら、すべては明らかになる。そして、その鍵こそ記憶なのだ、とネオプラトニズムは考えた。」今回はここまでにします。
2025.02.13 Thursday
「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「第四章 修業と秘儀から考える日本密教」に入ります。その中の単元「月輪観と阿字観」について気になった箇所をピックアップします。「月輪観は、密教の修業のなかでは、基礎の基礎である。これが成就できないようでは、密教の修業は何ひとつ学べない。月輪観を簡単に定義すれば、みずからの心の本性を満月にたとえ、如実に体得するための修業法である。~略~まず最初に、月輪を描いた紙あるいは布の掛け軸を用意して、本尊とする。月輪の大きさはだいたい35センチくらい。本尊をかける位置は、修行者が坐っているところから、25センチから120センチくらいまで、自分で好きなようにしていい。ふつうは50センチほど離す。坐り方は半跏趺坐でも結跏趺坐でもかまわない。~略~次に、大日如来の真言である五字真言『ア・ヴィ・ラ・フーン・カン(ア・ビ・ラ・ウン・ケン)』を、100回唱える。~略~このとき、すでに図像の月輪と、自分のなかの月輪という区別は失われているため、自分自身が宇宙大に展開したという感覚にとらわれている(はずだ)。」さらに月輪観から阿字観へ文章が続きます。「この月輪観のすすみ具合を、善無畏は『無畏三蔵禅要』のなかで、つごう五つの状態に分けて詳しく述べている。~略~第一の状態は『刹那心』といい、胸のなかに月輪が観想できても、すぐ消えてしまう初心者の状態を指す。第二の状態は『流注心』といい、観想した月輪がいったん消えても、また再びあらわれ継続して瞑想できる状態を指す。第三の状態は『甜美心』といい、修業を積み重ねて、月輪観の境地を十分に味わうことができる状態を指す。第四の状態は『摧散心』といい、修業に専念しなかったために、瞑想に支障が生じる状態を指す。第五の状態は『明鏡心』といい、月輪観が完成の域に達した状態を指す。~略~月輪観が修得できると、阿字観を修業することになる。阿字観を修業する目的は、『阿字本不生』を悟ることにある。~略~修業が順調に進んでいけば、最終的には、阿字を実践している自分と、月輪のなかの阿字とが、一体化し融合して、自他の区別がなくなる。」今回はここまでにします。
2025.02.12 Wednesday
「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「第三章 マンダラの理論と実践」の中の単元「両部不二」について気になった箇所をピックアップします。「胎蔵と金剛界という宇宙観(ないし世界観)、もしくはそれを図画した胎蔵マンダラと金剛界マンダラを、日本密教では同じ真理の二つの局面と解釈して、壮麗な宗教哲学の体系を築き上げてきた。この考え方を『両部不二』という。二つのものは、じつは二つではない、つまり一つという考え方である。~略~胎蔵の典拠となる『大日経』と、金剛界の典拠になる『金剛頂経』は、まったく別の系統の経典である。成立した時代も、20~30年くらいずれる。成立した地域も異なる。ようするに、両者のあいだに交流はなく、思想的な脈絡も乏しい。修業にまつわる考え方一つをとっても、『大日経』は段階的で時間を重視するが、『金剛頂経』は無段階的で時間を重視しない。いいかえれば、『大日経』はまだ大乗仏教的だが、『金剛頂経』は完全に密教的である。」この二つの異なるものを一つにしたのが中国の僧である恵果です。「恵果は両者を統合するにふさわしい立場にいた。彼自身は不空の愛弟子で、金剛界系の密教を師から由緒正しく継承できた。中国に胎蔵系の密教を輸入した善無畏の弟子にあたる玄超から、胎蔵系の密教をも継承できた。かほど恵まれた境遇にあった密教者は、同時代にはいない。恵果自身はすこぶる実践的な人物で、残念ながら、著作を残さなかったため、その思想を文献のかたちで検証することはできない。しかし、恵果の弟子の空海が両部不二の宗教哲学と両部曼荼羅を日本に持ち帰っている事実から推測して、恵果のほかに両部不二を構想した人物はありえない。」本単元で「第三章 マンダラの理論と実践」は終了します。前にも書きましたが、教職に就いていた時に修学旅行引率で行った東寺や他の密教寺院で見た両部曼荼羅に惹かれ、その謎を解いてみようと思ったのが本書を読む契機になりました。私が学生の頃に母校の先輩に曼荼羅を現代風に描く画家がいて、個展を見に行きました。画家前田常作の世界は青く美しいもので、その頃は仏教的なテーマが理解できず、ただその美しさを堪能しただけでした。
2025.02.11 Tuesday
「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「第三章 マンダラの理論と実践」の中の単元「金剛界マンダラ」について気になった箇所をピックアップします。「『大日経』とならんで、『両部の大経』とたたえられてきたのが『金剛頂経』である。『金剛』はサンスクリットのヴァジュラ、すなわちダイアモンドという意味で、ホトケの真理の永遠不壊を象徴する言葉だ。密教では、真理をこの金剛という言葉をもちいて表現することが多い。~略~『金剛』は、ホトケの永遠不壊の智恵を象徴する。『界』は、基盤や要素を意味する。したがって、金剛界は『ホトケの永遠不壊の智恵の基盤』というほどの意味になる。~略~伝統的な教学では、胎蔵の大日如来が、いま現実にある宇宙ないし世界の『理』を象徴する『理法身』なのに対し、この金剛界の大日如来は、ありとあらゆる事物の本性を見抜く『智』を象徴する『智法身』と呼ばれる。~略~『金剛頂経』は、利他行の集積を、真言に代表される象徴によって代替した。そして、一刻も早く成仏し、絶対の智恵をもつホトケとなったうえで、その超人的な力を駆使して、生きとし生けるものすべてを救済せよと要請する。」次に五智如来についての説明です。「最も重要なのは、マンダラの中央に坐している五智如来である。~略~法界体性智は、法界(絶対真理の世界)の体性(実在性)そのものの智恵をいう。~略~大円鏡智は、鏡がすべての対象を正しく映し出すように、法界体性智にすべての対象を正しく映し出す働きをもつ智恵をいう。平等性智は、一見したところ、ありとあらゆるものはまさに千差万別だが、そういう差異の底にある平等性や共通性を知る智恵をいう。妙観察智は、平等に見えるもの、共通に見えるものの、そのなかにある差異を正しく観察する智恵をいう。~略~成所作智は、ものごとを生成する智恵をいう。~略~密教では、これらの五つの智恵をもって、すべての智恵を完璧に網羅すると考える。そして、五如来に配当する。」今回はここまでにします。
2025.02.10 Monday
今日から第46回如月会が始まりました。私は昨年に続き2回目の参加となりました。出品した作品は「発掘~墳構~A」と「発掘~墳構~B」の2点です。その他では昨年のギャラリーせいほうでの個展で配った図録を多量に持ち込んで、如月展会場でも配ることにしました。「発掘~墳構~A」と「発掘~墳構~B」は10数年前に制作した小品です。あの頃はテーブル彫刻をよく作っていて、2007年に個展で発表した「発掘~円墳~」と「発掘~地下遺構~」の雛型を作ったのを契機に、こうした小品を作るようになったのでした。「発掘~円墳~」と「発掘~地下遺構~」の雛型は今回発表した「発掘~墳構~A」と「発掘~墳構~B」とは別物で、このサイズに暫く夢中になっていた時期があったのでした。搬入作業は午前11時に始まって、元校長の皆さんが集合していました。私の作品は入り口近くに展示しました。2階には写真作品が展示され、その他の媒体は1階に配置しました。午後になって、私の友人たちが画廊に来てくださいました。いろいろな話が出来て、とても良かったと思います。こうした展覧会をすれば、久しぶりな人たちとの繋がりができることが、このグループ展の目的だろうと思います。改めてここで展覧会情報をアップしておきます。ご高覧いただければ幸いです。第46回如月展の会期は令和7年2月10日(月)から16日(日)。時間は11時30分から16時30分、最終日は11時30分から14時まで。会場はみつい画廊、横浜市中区吉田町5-1。最寄りの駅はJR、市営地下鉄の関内駅で、そこから歩いて数分です。画廊は横浜の中心地にあり、近くにはみなとみらい地区や中華街があります。私は最終日に画廊におります。