Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 寒い2月が終わって…
    今日は2月の最終日です。今月はともかく寒かったのですが、報道を見ると日本各地は厳寒で積雪に覆われた地域が多く、比較的穏やかだった横浜で、寒い寒いと口にしては罰が当たるような気がします。それでも工房内は灯油ストーブ1台しかなく、しかも陶彫は水を使うために手が悴んで、寒さに耐えながら制作をしていました。新作はかなり進みましたが、目標にしていた古木材を炙ることが出来ず、炭化させて金ブラシでこする作業は来月にしました。古木材の彫り込み調整もまだまだ未完成で、来月は全体を見ながら作品としてまとめ上げていく仕事を残すだけになりました。この仕事は創作的な面白みがある一方で、骨の折れる制作工程でもあるのです。これは作品の見栄えに関わり、しかも抽象形態の場合は作品の質を左右することもあるからです。まさに完成に向かって制作が佳境に入り、作品世界に没入する瞬間が何度も訪れることがあります。そこまで作品を進めてきた労働の蓄積が今月までの仕事になりました。今月は28日間あり、そのうち全日程である28日間は工房に通っていました。今月は3回の窯入れを行ない、焼成中は工房に温度確認に出かけたため、3日間作業は出来ませんでした。さらに如月会の搬入搬出がありましたが、この日の朝は工房に行って素材整理等の作業を行っていました。陶彫作品は残すところ、陶彫部品同士を繋ぐ最後の橋を作るだけになりました。とにかく今月は頑張ったのではないかと自己評価しています。美術鑑賞は「大覚寺展」(東京国立博物館)、「ビアズリー展」(三菱一号館美術館)に行ってきました。元同僚の書道展や刺し子展にも足を運びました。映画鑑賞は「野生の島のロズ」(109シネマズゆめが丘)に行ってきました。鑑賞でも今月は充実していたように思います。読書は密教に関わる書籍を読んでいましたが、「大覚寺展」で見た大覚寺は空海が宗祖であり、真言密教の寺でもあったので、私は興味深く展覧会を見て回りました。寒い2月が終わって、もう少し暖かくなれば、制作や鑑賞がやり易くなるだろうと思っています。
    「補遺 修験道の世界」について&読後感
    「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「補遺 修験道の世界」について気になった箇所をピックアップいたします。「修験道は、『修』行して『験』を獲得する『道』という意味である。『験』は『験力』を意味し、超自然的な力、いわゆる霊力をあらわしている。この修験道にいそしむ者を修験者という。おもに山中で修業するので、山に伏す者というところから、『山伏』ともよばれる。」さらに修験道とは何かを解説した箇所がありました。「そもそも、民衆が求めていたのは、高尚な宗教哲学などではなかった。そんなものは、かれらにすれば、なんの役にも立たない。求められていたのは、日々の暮らしに直結する現世利益と、臨終と死と死後にあたっての儀礼や供養であった。そこには、時として、呪いや祟りといった、おどろおどろしい領域も含まれていた。そこはまさに密教の領域だった。~略~修験道の修験道たるゆえんは、いまふれたような領域をにないながら、かつ仏教の基本を継承しつづけてきたところにある。それは仏教、わけても大乗仏教の基本理念とされる『上求菩薩  下化衆生』、つまり『おのれの悟りを求めることと、人々を救済することは一つである』という文言に尽きる。」そんな修験道の歩みは困難を極めていたようです。「明治初年は、ご存知のとおり、宗教弾圧の嵐が吹き荒れた。廃仏毀釈、神仏分離は、ひとり仏教のみならず、神道にも多大の被害をおよぼしたが、廃止令まで発布されたのは修験道だけである。それだけ、厄介な存在だったということになる。すなわち、修験道は近代化からはじき出された存在であった。そして、じつは密教そのものもまた、近代化とはあまり縁がなかった。しかし、このことが逆に、21世紀に復興する理由ともなってきている。」今まで私は時間をかけて本書を読んできましたが、真言密教の寺に伝わる曼荼羅の視覚的興味だけで、密教のさわりに触れ、その深さがどんなものであるかくらいは知ったつもりになっています。宗教はどんなものであれ、個人の死生観に関わっているところがあり、私も俄かに自らの死を意識し始めることになったら、祖先が敬ってきた顕教なり、もう一度密教を学ぶなりしてみようと思っています。今回は雑駁な理解で本書を閉じますが、再度密教に戻ってきた時は、もう少し細部を把握していきたいと思います。
    「訪ねてみたい密教寺院」について
    「密教」(正木晃著 筑摩書房)の「第五章 日本密教を知るための手引き」の「訪ねてみたい密教寺院」について気になった箇所をピックアップいたします。まず真言密教の寺々の代表的な2つの寺院を取り上げます。金剛峯寺(和歌山県)「九世紀の初めに、空海がこの地に伽藍の建設を開始して以来、1200年になんなんとする間、金剛峯寺は真言宗の中核として日本の宗教界に君臨してきた。同じ真言密教でも、京都の東寺が公的な寺なら、金剛峯寺は空海の私的な寺。東寺が政治=宗教的なら、金剛峯寺は修業の場ともいえる。」次に東寺(京都)「教王護国寺とも呼ばれるが、開創以来、正式な名称は東寺だった。~略~講堂にならぶ仏菩薩の彫像の多くは、空海の指示にもとづいて制作された可能性が高く、空海の思想を知るためには絶対に見逃せない。もちろん、その出来栄えも抜群で、日本の彫刻史において、超一級といっていい。」他の寺院は名称だけ挙げておきます。醍醐寺(京都)、仁和寺(京都)、大覚寺(京都)、長谷寺(奈良県)、智積院(京都)、室生寺(奈良県)、西大寺(奈良県)、勧修寺(京都)、随心院(京都)、泉涌寺(京都)、新勝寺(千葉県)、善通寺(香川県)、根来寺(和歌山県)、深川不動堂(東京都)、高尾山薬王院(東京都)、大聖院(広島県)。続いて天台密教の寺々のうち、代表的な寺院を取り上げます。比叡山延暦寺(滋賀県)「最澄が19歳のとき、比叡山に登り、小さな庵をむすび、みずから刻んだ薬師如来像を安置したのがこの名刹のはじまりだった。~略~古代末期から中世の時代は、日本最大の宗教勢力となり、強大な僧兵をかかえて、時の政治すらたびたび左右した。また、実質的に日本の最高学府としての機能ももち、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮など、鎌倉新仏教の祖師たちのほとんどがこの寺で修学している。」他の寺院は名称だけ挙げておきます。園城寺(滋賀県)、聖護院(京都)、日光山輪王寺(栃木県)、金峯山寺(奈良県)、圓教寺(兵庫県)以上です。本書にはさらに深く密教を知るためのブックガイドが添えられていましたが、これは割愛させていただきます。
    映画「野生の島のロズ」雑感
    昨日、工房で窯入れを行なったために今日は工房の窯以外の電気が使えず、陶彫制作を休みました。今日の午前中は、私の住む地域の公立中学校で学校運営協議会が開かれ、私は当会議に出席してきました。公立高校入試が終わり、3年生は特別時間割に突入しており、体育館を使って3年生の百人一首大会が開催されていました。そこを見学した私は懐かしさが込み上げてきました。午後は家内を誘って映画を観に行くことにしました。観に行った映画はドリームワークス製作の米映画「野生の島のロズ」。最初これはディズニー映画と私は思っていて、ディズニーキャラがあまり好きではない私は観に行くことを躊躇していましたが、どうも絵の印象が違うこともあり、まるで印象派絵画のような背景に驚き、今回観に行くことを決めたのでした。図録に「伝統的な手描きアニメーションと革新的なCG技術を融合させ、まるで印象派のモネがジブリの世界に生命を吹き込んだかのような夢の映像世界を作り上げた。」とありました。物語は最新型ロボットが、動物しか生息していない無人島に流れつき、動物たちとの交流を通して、支援プログラムに心が芽生えていく過程を描いていて、その中で子育てや共存といったテーマが描き出されていました。物語としては新しさはなく、既定路線かなぁと感じましたが、プログラミングされたロボットが心をどうして獲得できたのか、そこをファンタジーと捉えた方がいいのか、私には腑に落ちないところもありました。図録にロボット研究者の文章があったので、引用いたします。「知的ではあるがしょせんプログラムに従ってしか行動できなかったロボット、ロズが、自らその縛りを解き、他者を愛することを知って成長してゆく物語である。~略~この作品は、『心』とはいったい何者で、どこに存在しているのか?といった問題も含んでいる。優しく接すると笑顔で喜ぶ行動はプログラムで書くことができる。しかし、喜ぶ動きをしている機械にすぎないのではないか?喜んでいる『心』を存在させることはできるのか?と問われると、ロボット研究者たちは戸惑ってしまうのだ。人間の脳レベルの大規模なニューラルネットワークを組めば『心』みたいなものが生まれるかもしれないし、あるいは『心』の正体はあくまでも物質や電子の物理化学現象にすぎない、のかもしれない。」(鈴森康一著)謎だらけではあるけれども、映画として観ればヴィジュアルな面も含めて、楽しい映画だったと思いました。
    丸の内の「ビアズリー展」
    先日、東京丸の内にある三菱一号館美術館で開催されている「ビアズリー展」に行ってきました。19世紀末にイギリスで活躍したオーブリー・ビアズリーは1872年に生まれていますが、幼少期からの結核が進行して、1898年に25歳のいう若さでこの世を去りました。脚光を浴びてから僅か数年の活動時期で、ビアズリーは夥しい数の作品を制作しました。本展の展示作品で、私はビアズリーの「サロメ」の挿絵にただならぬ気配を感じ取りました。「サロメ」の解説を図録からピックアップいたします。「世紀末の唯美と退嬰の象徴となった『サロメ』。聖書では、淫乱な王妃ヘロデヤが自分の悪行を言い立て糾弾する預言者ヨハネの首を、客人のもてなしに王の要請で踊った娘サロメへの報酬として要求する。『マルコによる福音書』ではー王は少女に『欲しいものがあれば何でもいいなさい』といい少女は母親に『何を願いましょうか』というと、母親は『洗礼者ヨハネの首を』といった、とある。ヨハネを誘惑する妖艶な美女サロメのイメージは聖書にはまったくない。~略~ビアズリーのサロメは悪魔的でヨカナーンは少女のような細身の美少年だ。サロメはその美の虜になるー『お前のからだは野に咲くユリの花のよう…ユダヤの山に積もる雪のよう…アラビアの女王の庭の薔薇もお前のからだほど白くない…』。ワイルドが描いた聖ヨハネ(ヨカナーン)の美をビアズリーはさらに強調し、おそらくは自分の理想とする美青年像に引きつけて描いた。」(河村錠一郎著)オスカー・ワイルドは聖書の記述を脚色して大胆な「サロメ」をイメージしましたが、挿絵として描いたビアズリーの世界はさらに進んだものになり、大衆に話題性を提供したようです。スキャンダラスな世界観が独特な装飾を伴って表現されていて、これは現代でこそ認知された表現ですが、当時としては頽廃的で、人の心理に働きかけるには十分なブラックパワーを持っていたと推察されます。ワイルドによる名声を失うほどの騒動を起こした煽りを受けて、ビアズリーも仕事を失う羽目に陥りました。そんなエピソードを含めて本展に展示された作品の数々は、流麗な闇を抱えた世界を覗かせていて迫力があったなぁと私は感じました。