2025.04.14 Monday
「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はスーラの「グランド・ジャッド島の日曜日の午後」とロートレックの「ムーラン・ルージュのポスター」を取り上げています。まず、スーラ。「スーラは、この静謐な風景のなかに、彼自身実際に観察して得たさまざまな人物モティーフをはめこんでいく。優れた詩人の魂の持ち主でありながら、スーラは人物でも風景でも、自分の想像力のみによって形態を生み出すことをせず、かならず実際に見た光景や、現実のモデルを写し出した姿を利用した。ただ、それらの人物や光景は、現実の世界からスーラの画面に移される時、現実の不純物をすっかり失って、清潔な造形要素に変貌しているのである。~略~モネや初期のルノワールのあの『色彩分割』の技法は、実はその複雑な効果を表現するために生み出された。しかし、モネやルノワールたちは、それを感覚的に、ほとんど本能的と言ってもよい鋭敏な感覚で捉えて表現した。彼らのタッチ(筆使い)が、大小不揃いで、何の法則性もないのはそのためである。それに対しスーラは、光の反射が物体に及ぼす影響を科学的に明らかにしようとし、それを表現するタッチも、一定の大きさの点を均等に配分するという『合理的』方法を考えた。彼自身は、自分のその方法を『色光主義』という名で呼んでいたが、当時の一般の人びとのあいだにーそして現在でもなおー『点描主義』という名称がスーラやその仲間の作品に与えられたのは、そのためなのである。」次にロートレック。「ロートレックは、新しい『ムーラン・ルージュ』のポスターを作るに際して、大変な強敵を眼の前に控えていたことになる。彼のポスターは、いやでもシュレの作品と比較されるのであろう。むろんロートレック自身そのことをよく知っていたに違いない。そのために彼が自己の武器として用いたやり方は、シュレの甘く華やかな様式とは正反対のものであった。彼は第一に彼自身の天賦の才能である冷たいまでに鋭い現実観察と、石版刷りの特色を生かした大胆な画面構成で、かつてない新しいポスターを生み出したのである。」今回はここまでにします。
2025.04.13 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いていますが、今日は大阪・関西万博が開幕した日で、テレビ報道が絶え間なくその状況を流していたので、その話題を取り上げます。開幕前から評判が今ひとつだった大阪・関西万博でしたが、開幕すれば多くの人が訪れ、それなりに盛り上がるのだろうと思っています。私は1970年の大阪万博の時にはまだ中学生で、両親や妹と一緒に、父が運転する自家用車で大阪の千里丘陵にあった万博会場へ出かけたのを思い出します。その時は世界の最先端技術を見たいと思っていたのでしたが、会場では大変な混雑に遭い、子どもながら疲労困憊していた記憶があります。アメリカ館に長蛇の列ができていましたが、そこに一家で並び、月の石を見たのが唯一の思い出で、後の展示品はほとんど覚えていません。あれから50年が経っているのかと思いつつ、今回の大阪・関西万博には横浜から行こうという意欲が、正直に言えば持てません。大阪・関西万博で紹介される最先端技術に、今の時代となっては驚くこともなく、大抵のものは首都圏にいれば事足りると感じているからです。私は創作活動を長年やってきていて、展覧会散策が大好きなのですが、万博のように興味の対象が広がり過ぎるのも考えものです。この場所は万博後にカジノになるのでしょうか。そのきっかけ作りに万博を誘致したとどこかで聞いた気がします。東京五輪は終わってみれば汚職に塗れたイベントでしたが、大阪・関西万博はどうなのでしょうか。政治的な考え方をすれば、純粋な意味で万博をやる意義がどこにあるのか、私には分かりません。マイナス要因を考えればキリがなくなりますが、3年前まで横浜で校長職にあった私は、もし大阪近郊の学校に勤めていたなら、この大阪・関西万博に生徒引率をするかどうか、判断に迷うところです。条件によっては参加を見送る可能性もあるかなぁとさえ思ってしまいます。そんなことも頭に入れながら、半年に及ぶ期間、このイベントを見つめていきたいと思っています。
2025.04.12 Saturday
週末になりました。今週を振り返ります。今週も朝から夕方まで工房に籠って制作三昧でした。今週は陶彫制作ではなく、主に平面作品に取り掛かっていました。縦横120cmの正方形をした板材を2点用意して、これを画面として作品を作っています。支持体として絵の具による塗装を考えていますが、その前にやるべきことがあって、それに時間をかけていました。やるべきことは薄い杉材を切断したり、穴状にしたカタチを刳り貫いたりすることでした。この杉材を画面に貼っていくのですが、その際、支持体と杉材の間に隙間を作ります。こうなると平面作品はもはや絵画ではなく、浮彫のような作品になるのです。勿論支持体の上から絵の具を流したり、散らしたりするので、そこに絵画性は生まれますが、筆で描写をするわけではなく、偶然をコントロールする方法をとろうとしています。まずは杉材を使った細工に毎日時間を費やしているのです。今週は水曜日の夕方に乾燥した陶彫部品4点に仕上げを施し、化粧掛けをして窯に入れました。木曜日は窯以外の電気を使えないようにしたので、その機会を利用して東京の美術館を2ヶ所回りました。東京都美術館で開催していた「モダンアート展」は、元同僚の絵画作品が展示されていたので見てきました。上野公園の桜も見てきましたが、満開は過ぎていて葉桜になっていました。それでも観光客が大勢いて、暖かくなった季節を満喫してきました。そこから地下鉄で竹橋に移動し、東京国立近代美術館で開催されている「ヒルマ・アフ・クリント展」に行ってきました。秘教的思想やスピリチュアリズムが創作動機になっている作品は、私や家内の心に響きませんでしたが、ネットでの宣伝のおかげか、大勢の鑑賞者が訪れていました。季節のせいか、加齢のせいか分かりませんが、美術館を2ヶ所回ると結構疲れます。美術館散策は、多分歩き回っている距離が長いのだろうと思っています。せっかく東京に出てきたのだから、あれもこれも見に行こうという気分にならないのです。電車で席が空くと必ず座ります。これも足腰が弱くなったせいなのかなぁと思ってしまいます。
2025.04.11 Friday
昨日、東京竹橋にある東京国立近代美術館で開催されている「ヒルマ・アフ・クリント展」に行ってきました。本展をネット記事によって知り、カンディンスキーやモンドリアンに先駆けて抽象絵画を創案した女流画家という触れ込みがあったので、私は楽しみにして出かけたのでしたが、質量ともに充実していた展示内容でも、何故か私は関心を持つことが出来ず、不思議な感覚に陥りました。彼女のアカデミー時代の習作による写実描写は見事で、職業画家として歩み始めたようですが、その後に続く大規模な抽象作品に私の心はスルーしてしまいました。その原因を私は図録で知りました。「アフ・クリントが神智学やスピリチュアリズムに関心をもち始めたのは、芸術を本格的に学び始めたのと同時期の1879年頃、彼女が17歳のときとされる。やがてアカデミーでの美術教育と並行して、秘教的思想やスピリチュアリズムに接する体験は彼女の思想や表現を形成し、決定づける要因となっている。~略~物質世界からの解放や霊的能力を高めることによって人間の『進化』を目指す、神智学的教えについての絵を描くようにと告げられたのだ。この啓示によって、カッセル(友人)と共に1906年に制作を開始したのが計193点から構成される作品群で、これらを収める建造物をアフ・クリントが構想したことから『神殿のための絵画』と呼ばれる。~略~アフ・クリントの秘教的な思想をいずれか一つの組織や団体のそれに限定することはできない。しかし人智学の創始者ルドルフ・シュタイナー(1861-1925)の存在が生涯にわたってきわめて大きなものであり続けたことは間違いない。~略~モダン・アートとスピリチュアリズムや神秘主義のパラダイムの両立が困難になる大きなポイントは、この画家の主体性の有無である。アフ・クリントの作品に、画家の主体性は皆無だろうか。」(引用は全て三輪健仁著)これだけの作品量を見ても自分の感性が靡かなかった理由は、ここに述べられている画家の主体性の問題だったのか、私にもよく解りません。私は嘗てルドルフ・シュタイナーの書籍を読んで秘教的思想を知りましたが、近代から現代に至る美術史の潮流を作ってきた芸術哲学とは何か大きな違いがあるのかもしれません。カンディンスキーの作品にも宗教的テーマはありましたが、それですら芸術哲学に裏打ちされたものになっていたと私は思っています。
2025.04.10 Thursday
昨日の夕方に工房で窯入れを行ない、窯以外のブレーカーを落としました。今朝は窯の温度確認に行って、そのまま家内と東京の展覧会を2ヶ所回ることにしました。まず、上野の東京都美術館で開催されている公募団体「モダンアート展」。これに出品しているのは、私と同じ教職に就いていた人で、当時は私同様二束の草鞋生活で多忙を極めていましたが、漸く彼も退職を迎え、画業一本になったのではないかと推察しています。作風は抽象で、絵の具を流したり、金属質のものを貼り付けたりして、独特な世界観を作っていますが、退職してから作品の密度が上がり、見応えのある作品に仕上がっていました。毎回彼から招待状をいただいているので、今年も家内を誘って「モダンアート展」に行ってきました。次第に私は彼の世界観に接するのが楽しみになっていて、継続の力は大きいなぁと感じます。上野公園は桜が散り始め、満開の季節が過ぎようとしていましたが、桜の並木道には相変わらず外国人観光客が多く、花見客で混雑していました。次に私たちが向かったのは竹橋で、ここにある東京国立近代美術館で開催されている「ヒルマ・アフ・クリント展」を見てきました。本展はネット記事で知りました。カンディンスキーやモンドリアンに先駆けて抽象絵画を創案した女流画家と言う宣伝があったために、私は近代美術史から隠れた存在だったのかなぁと思いを馳せましたが、彼女自身が美術を本格的に学び始めた時期に、神智学やスピリチュアリズムに関心を持ったことで、芸術哲学とはやや異なる思考があったと私は理解しました。その霊感を具現化した絵画に、私はカンディンスキーやモンドリアンのような革新性を見るというより、何か別の観点で作風が抽象になったのではないかと思い至りました。であるからして、私は数量ともに圧倒的な大きさを誇る彼女の作品を見ても、自分の感性が靡くことがなく、とりとめのない印象を持ったのでした。詳しいことは図録を読んで、改めて後日感想をまとめますが、これだけの作品群を見て感心できなかったのは初めての体験かもしれません。それはそれで初めてのことなので、鑑賞によって自らの感受性を知る手掛かりになるだろうと思っています。