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  • 週末 杉板加工&美術鑑賞の1週間
    週末になりました。今週を振り返ります。今週の工房での新作の取り組みは、平面作品をやっていました。タイトルに杉材加工としたのは、平面の上に貼り付ける板材に小さな矩形を複数刳り貫き、さらに炙って炭化させる工程を、単に杉材加工としたのでした。杉の板材は炙ると美しい木目が出るので、材木の中で敢えて杉を選びました。電動糸鋸による刳り貫き作業に結構時間がかかっていて、今週は毎日その作業に取り組んでいました。素材を炭化させて、それを表現として用いる方法は、ドイツの芸術家アンゼルム・キーファーの作品によってヒントを得ました。それは平面作品と言うより、素材感が全面に出たオブジェそのもので、私は得体のしれない刺激を受けたのでした。私の平面作品は、まだまだ旧態依然としたコントロールを可能にしており、現代アートとは呼べないものかもしれませんが、2点計画している平面作品のうち、最初の1点目を作っていました。木曜日の午後は工房での作業は休んで、家電量販店に電動マッサージ機を購入しに出かけました。19年間自宅のリビングにあって、毎晩私が愛用していたマッサージ機が壊れてしまったので、買い替えをしたのでした。ついでに天井に嵌め込まれたエアコンも壊れてしまっていたので、これは自宅の近所の電気店にお願いをしました。家電量販店では天井嵌め込み式のエアコンは扱っていないと言われたので、いわゆる町の電気屋さんに行きました。家電は何を求めるかで店を替える必要があるんだなぁと思いました。金曜日の午前中は工房で作業をやっていましたが、ネットによる情報で見たい展覧会が見つかり、午後は工房での作業を休んで、家内と東京上野まで出かけました。東京藝大美術館で開催している「相国寺展」はなかなか面白い内容で、じっくり見て回りました。次に行ったのは南青山の根津美術館で、そこで開催している「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図」展は、展示作品の数が少ないものの名作ばかりを集めていて見応えがありました。当展は外国人鑑賞者ばかりで、ここが日本なのかと疑ってしまうほどでしたが、明らかにインバウンドを意識した企画なのかもしれません。来週詳しい感想をアップしたいと思います。
    伝統を謳う展覧会2ヶ所
    今日は東京の美術館に出かけましたが、いつものように工房で窯入れをしたことで他の電気が使えず、それを言い訳にして展覧会巡りをしたわけではありません。午前中は工房で平面作品を制作していましたが、ふとした私の気紛れで展覧会に行こうと思い立ったのでした。たまたま家内も邦楽器の演奏がなかったので、私の突然の行動に付き合ってくれました。出かけたのは東京上野の東京藝大美術館で開催されている「相国寺展」と南青山にある根津美術館で開催されている「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図」展でした。まず上野の東京藝大美術館は平日にも関わらず、かなり鑑賞者が多く、これは日本人の文化意識が高くなったと言うべきか、質量ともに優れた展覧会には大勢の人が訪れる証しなのだろうと思いました。相国寺は室町幕府三代将軍の足利義満が建立の発願をした禅宗の古刹です。勧請開山には既に他界していた夢窓疎石の高弟である春屋妙葩が行い、鹿苑寺(金閣寺)や慈照寺(銀閣寺)を有する臨済宗相国寺派の大本山として、相国寺は現在に至っています。そこでの所蔵作品は貴重な文化財で、そのなかでも私は伊藤若冲や長谷川等伯、円山応挙らの絵画作品に惹かれていました。詳しい感想は後日改めます。次に向かった根津美術館の鑑賞者は外国人が多く、ここは外国にある東洋美術を扱った施設ではないかと錯覚するほどでした。企画された「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図」展は、根津美術館所蔵品の中で、とりわけ第一級品ばかりを展示していました。企画の意図を勘繰ってしまうわけではないのですが、これは外国人観光客向けに、いかにも日本らしい屏風作品を展示したのではないかと思っているのですが、どうでしょうか。とにかく意図がどうであっても、尾形光琳、円山応挙、鈴木其一の代表的な絵画が見られて、私は充分満足しました。これも詳しい感想は後日改めます。伝統を謳う展覧会を2ヶ所見て回りましたが、今日は充実した一日でした。
    大型マッサージ機の買い替え
    両親が健在だったころの実家の縁側には、大型マッサージ機が置いてありました。若い頃から私はその愛用者で、肩や背中がはる状態をマッサージ機で治していました。祖父母も含めて家族で代わるがわるマッサージ機を使いまわしていました。両親から独立し、結婚もして、私は父の植木畑に自宅を建てました。暫くは実家に行ってマッサージ機を使っていましたが、私は自宅にもそれが欲しくなり、家電量販店に出かけていき、さまざまなメーカーを試しながら、マッサージ機を購入する決断をしました。というのも私が欲しかったのは「リアルプロ」というパナソニック社のもので、周囲に置いてあるマッサージ機に比べると価格が群を抜いて高かったのでした。それでも当時の教職と彫刻家の二束の草鞋生活の辛さを解消するため、思い切って購入をしました。あれからどのくらい経っているのでしょうか。20年近く経っていると思いつつ、頻繁に使っていましたが、ついに壊れてしまったようで、途中で電源が切れてしまうのです。これを購入した時のNOTE(ブログ)がどこかにあるはずだと思い、アーカイブを探したら2008年1月9日付の記事を見つけました。記事によると2年前に購入とあるので、2006年に買ったことになります。その文章を引用すると、「『リアルプロ G2』という大きめのマッサージ機を2年ほど前に購入しました。場所をとるのでリビングが狭くなって嫌だと思っていたのですが、マッサージ機が運送されてくるなり日課になるほど使うようになりました。このマッサージ機にかかっている時のうつらうつらとした気分は最高です。」とありました。正確には19年前に購入したわけですが、今回も「リアルプロ」にしました。価格は当然跳ね上がっていましたが、機能が増えていました。整体院にマッサージに通うことも考えましたが、私はちょっとした時間にリラックスできるマッサージ機で充分だなぁと思っています。
    マティス&ピカソについて
    「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はマティスの「大きな赤い室内」とピカソの「アヴィニョンの娘たち」を取り上げています。まず、マティス。「フォーヴの画家たちは、そのような現実との結びつきを無視して、赤い色が必要な時には、樹木でも、船でも、人間でも、赤く塗るということをやってのけた。つまりそこでは、色彩は現実とはかかわりなしに、画家の表現の必要のために選ばれ、カンヴァスの上に登場してくるのである。マティスの『大きな赤い室内』が、このようなフォーヴの色彩表現の延長線上にあることは言うまでもない。~略~フォーヴィスム運動の激しい騒ぎが一応おさまって、それぞれの画家たちが独自の道を歩むようになると、マティスの形態は単純化され、肉付けや明暗は平面化されて、的確な描線と明るい平坦な色面による構成だけが画面を支配するようになる。~略~晩年のマティスが、『鋏は鉛筆よりももっと感覚的だ』と言って、色紙をいろいろな形に切り抜いて貼りつけるいわゆる『切紙作品』に熱中するようになるのも、同じ『単純化』への志向のあらわれと言ってよいだろう。」次にピカソです。「マティスが、カンヴァスの上に『平面化』された人物や静物を配置して、そこに奔放自在に自分の好みの色彩世界を展開するのに対し、ピカソは、色彩よりもむしろ形態の変貌の方に興味を寄せるのである。もともと、ピカソは、マティスのような色彩画家ではない。この『アヴィニョンの娘たち』と、後の『ゲルニカ』(1937年)と、ピカソの多産な生涯のなかでも特に重要な位置を占めるこの二点の大作が、いずれも色彩にはそれほど強い執着を示していないということは、ピカソという彼自身怪物であるかのような天才の造形的資質について、ある程度の暗示を与えてくれる。~略~1906年秋、ちょうどピカソがこの大作を制作している頃知り合った二人(※ピカソとブラック)が中心になって、その後数年間のあいだに次第に明確な形をとるようになるキュビスムの美学は、まずセザンヌの教えにしたがって対象を純粋に造形的なものとして捉え、次いでそれをそれぞれの面に分解し、そして最後にそれを画面の上で再び構成し直すという手順を踏んで画面を作り上げるというものであった。~略~『アヴィニョンの娘たち』に始まるキュビスム時代の探求は、ピカソのその後の生涯にとってのみならず、20世紀絵画の歴史にとっても、決定的と言ってよい影響を及ぼした。この時以後、すなわち第一次世界大戦前後から世に登場する画家たちは、ほとんどすべて、多かれ少なかれキュビスムの影響を受けているからである。」今回はここまでにします。
    ルソー&ムンクについて
    「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はルソーの「眠るジプシー女」とムンクの「叫び」を取り上げています。まず、ルソー。「絵画の歴史には、時に奇蹟としか言いようのない不思議が起こることがある。様式の発展とか、時代の動きなどというものとはまったく無関係に、思いがけない傑作が、まるで別の星の世界から突然やってきたかのように、われわれの眼の前に出現する場合がある。1897年のパリのサロン・デサンデパンダン(アンデパンダン展)に並べられたルソーの『眠るジプシー女』の場合がそれであった。~略~この作品に描かれているのは、『人間のいるどんな場所』でもない。それは、ルソーの想像力が生み出した幻想の世界である。砂漠と、猛獣と、ジプシー女という組み合わせは、どこか熱帯地方を思わせるが、それは現実にどこの国というのではなく、むしろわれわれの知っている日常世界とは別のものだという非現実性を強調するためのものであるだろう。ルソーの後期の作品にしばしば登場するこのような『異国風景』は、多かれ少なかれコクトーの言う『描かれた詩』なのである。」次にムンクです。「『叫び』において、自然は決して狂暴に荒れ狂っているわけではない。遠く入江に浮かぶ舟は、眠ったように静かな氷の上にただよい、空は明るく夕焼けの色に染められている。それはおそらく、ノルウェーの古都においてはきわめて平凡な、よく見慣れた風景であったに違いないし、そこには、人間に危害を与えようとするものは何もない。それにもかかわらず、ムンクはその平和な自然を前にして、言いようのない不安を感じた。われわれは『叫び』の画面の前に立つ時、ムンクのその不安とおののきを、はっきりと感じ取ることができる。いったいムンクの感じた不安の正体とは、何だったのだろうか。~略~世紀末の芸術家たちが見出した人間の『内部の世界』というのは、決して印象派の世界のように明るく光り輝くものではなく、むしろ逆に、底知れぬ不気味な恐ろしさを湛えた夜の闇の世界であった。ムンク自身をも含めて、世紀末の画家たちが、しばしば暗い、不安に満ちた夜の世界を描き出しているのは、そのためである。その夜は、また同時に、20世紀の新しい夜明けを準備するものでもあったが、ムンクのように病的なまでに鋭敏な感受性に恵まれた芸術家は、明るい光を恐れるある種の動物たちのように、暗い闇の世界においてのみ完全に自己の才能を発揮することができたのである。」今回はここまでにします。