2015.03.28 Saturday
先日、日本やインドの仏像展に出かけて、先週はその感想をまとめていましたが、今日は一転してバタ臭い展覧会に足を運びました。と言っても制作を休むわけにはいかず、朝6時から7時半までの1時間半を陶彫の彫り込み加飾に使いました。春とはいえ朝はまだ寒く久しぶりにストーブを点けました。8時半に家内と自宅を出て、東京目黒に向かいました。東京都庭園美術館で開催している「幻想絶佳:アールデコと古典主義」を見て来ました。当美術館は旧朝香宮邸を使い、既にアール・デコ様式が随所に見られる空間ですが、美術館全体をリニューアルをしたので展覧会と合わせて見てみようと思っていたのでした。期待した通りの素晴らしいひと時を味わいました。感想は後日まとめます。午後は声楽家の下野昇叔父が長津田みどりアートパークでコンサートを開催するので聴きに行きました。「春に歌う ジョイフルコンサート 森康子&下野昇」と称したコンサートは軽妙洒脱で愉快なプログラムでしたが、齢79歳の叔父が現役で頑張っている姿勢を見せつけられて、大いなる元気を頂きました。親戚の贔屓ではなく、客観的に聴いても叔父の技量は大したものだと思いました。前半の日本の歌唱では「出船の港」が秀逸、後半のミュージカルセレクションでは「南太平洋」の「「魅惑の宵」、「CATS」の「鉄道猫の歌」が秀逸でした。森康子氏との「マイ・フェア・レディ」の芝居仕立ての掛け合い歌唱も楽しませてくれました。制作に追われる週末ですが、たまには観賞も入れないと自分が萎んでしまうのではないかと恐れています。そういう意味で今日は充実した一日だったと思っています。
2015.03.27 Friday
東京国立博物館の「表慶館」で開催されている「インドの仏」展には、さまざまな様式を持つ仏像や神像が展示されています。「菩薩頭部」と題された漆喰の部分像は、まさに自分が学生時代に繰り返し描いた石膏デッサンを彷彿とさせるものがありました。つまりギリシャ・ローマ彫刻を模した石膏像に似ていて、これが菩薩なのかと眼を疑いたくなったのです。髪を結い上げ、顔の彫りは深く、長く弧を引く眉や高く通った鼻筋はまさに西欧人の容貌そのものです。それに続く「ハーリティーとバーンチカ」と題された家族像は、ギリシャ・ローマ文化の影響を受けている人体表現に注目してしまいました。ハーリティーとは鬼子母神のことを言います。バーンチカはその妻で、中央に子どもがいます。発掘されたパキスタンという国名がなかったら、誰もが西欧の作品と思うでしょう。ハーリティーの腹筋を見せた肉体美や、キトンと呼ばれる衣裳はギリシャ・ローマ由来の表現であったようです。ただ、プロポーションはギリシャ彫刻に比べれば、かなり無骨です。そこに自分は面白みを感じています。
2015.03.26 Thursday
先週「みちのくの仏像」展に言った際に、東京国立博物館の同じ敷地内にある「表慶館」で開催されている「インドの仏」展を見てきました。所蔵品はコルカタ・インド博物館から来たようです。ゴータマ・ブッダ(釈迦)の生涯を、自分はほとんど知りません。日本の仏像が好きな自分にとっては、その源流とも言うべきインド仏教を学ぶ必要を感じています。釈迦がどんな生涯を送り、いつ頃悟りに達し、やがて仏陀となり、悟りを広めることに成功した原因は何か、大乗仏教とは何を意味するのか、一宗教に傾倒しなくても思想としての仏教を捉えることが出来るはずです。その思想があってこその仏教美術なので、表象だけで考えるのではなく、その由来や意味するところを解明したいと自分は思っています。ただし、今回は無学ながら感覚を頼りにして仏教美術を堪能してきました。インドの仏像の顔がギリシャ美術に近いことに興味が湧いて、シルクロードの交易が少なからずあったことや、洋の東西が出会う場面を空想するだけで心が躍ります。図録をしっかり読み込んでインド仏教美術に思いを馳せたいと考えます。洋の東西が交わるところを一度は訪れたい願望がありますが、現在そこはテロ集団による危険地帯が含まれていて、文化が受け継がれてきた地域をこの眼で見られない残念さが頭を過ぎります。
2015.03.25 Wednesday
東京上野にある東京国立博物館で「みちのくの仏像」展を見てきました。昨日のNOTE(ブログ)に全体の感想を書きましたが、とりわけ私は「十二神将立像」4体に大変好感を持ちました。これは鎌倉時代に活躍した運慶を中心とした慶派による作品と思われますが、私は一見西欧風な肉付きがある慶派の作品に、学生時代に習作を繰り返した人体塑造に通じるものがあって、つい眼が留まってしまうのです。平安時代の仏像に見られる、穏やかでゆったりした曲線を持つ仏像とは、かなり趣が異なり、筋骨隆々とした写実的な表現に、解剖学的な正確さを見て取り、ミケランジェロのような量感に圧倒されてしまうのです。「十二神将立像」は山形県寒河江市の本山慈恩寺にあります。ここには藤原摂関家の荘園があった関係で、こうした当時としては最先端をいくような作品が花開いたと図録にありました。平安時代の丸みを帯びた仏像の多い中で、ひときわ目を引く「十二神将立像」でした。
2015.03.24 Tuesday
東日本大震災で被災した東北地方の寺院に伝わる貴重な仏像が、東京国立博物館で見られると知って、先週金曜日の夜に出かけていきました。同展に出品されていた仏像で、まず眼を引いたのは岩手県天台寺から来た聖観音菩薩像です。鉈彫と言われる荒々しい鑿跡を残した表現で、顔や両腕は滑らかな処理がされているため、これは未完成ではないことがわかります。図録によると、鉈彫のような鑿目をはっきりと刻む表現の背景に、仏を刻む音を聴くことで功徳が得られるとする経典の記述があると掲載されていました。今まで鉈彫と言うと聖なる樹木より神仏が現れ出る表現とする解釈が行われてきたようですが、鑿の音を聴くことに意味を見いだすことが意外でした。東北の仏像と言うと当時都のあった京都から伝わった像で、どちらかというと素朴なイメージがつき纏いますが、実物を見ると決して鄙びた表現ではなく、堂々とした豊かな仏像群に眼が奪われました。円空の仏像が出品されていましたが、彫刻を略するいつもの円空流ではなく、細部まで作り込まれたもので伝統的な形式に則ったものでした。さまざまな印象を抱いた「みちのくの仏像」展でしたが、自分に強烈な印象を残した十二神将立像4点は、機会があればまた取り上げたいと思います。