Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 寒さ緩む工房
    まだまだストーブは点けていますが、寒さがしだいに緩んできたように感じます。「混在」の表層部分はまだ終わりません。今日もひたすら制作です。電動工具の刃先を何時間も見つめています。少しずつ出来上がっていくのを確認しながら木屑まみれになっています。こうしている時間が幸せと感じるのは、ウィークディに多忙感があるためです。今週末も制作に忙しいのですが、同じ忙しさでも質が違います。そろそろ「発掘~場~」の構想も具体的にしていこうと考えています。やや小さめで考えているので、構想がまとまれば制作時間はそれほどかからないような気がします。あれもこれもと手をつけ始めようとしているのは、気分的にノッてきているのかなと思います。明日も頑張ります。
    色彩感覚とは何か?
    画家が捉える色彩とは何か?デザイナーが捉える色彩とは何か?自分が高校生の頃、工業デザイナーを目指してデッサンや色彩構成の勉強をしていて、自分の色彩感覚が極めて鈍いことを知りました。隣り合う色彩の関係が醜く眼に映り、それだけで色彩構成は苦手という意識を持っていました。だからといって形態感覚が良かったわけではないのですが、まだ形態の方がましなので、フォルムを捉える勉強に精を出していました。自分が工業デザインから彫刻に意識が移った理由のひとつが色彩感覚の乏しさによるものです。色彩感覚は磨けるのか?学んで色彩感覚が身につくのか?20代後半の5年間のヨーロッパ滞在は、もちろん彫刻の勉強が全てでしたが、自分なりには色彩感覚も多少身についたのではないかと思います。とくに今読んでいる「クレーの日記」の著者であるパウル・クレーや「青騎士」や「バウハウス」のカンディンスキーの作品に触れた時に色彩の何たるかが多少わかった気がしました。彼らも他国を旅して色彩感覚を磨いた記録が残されています。アフリカやアジアの風物によって、また南国の自然によって色彩感覚が齎され、それを自己表現に凝縮し、色彩に溢れた作品が残されているのです。自分もようやく色彩に眼が向きはじめました。色彩感覚を磨くことを生涯学習として取り組んでみたいと思っています。
    年度末の1ヶ月
    3月になりました。気温が少しずつ上昇して昨日の雪が融けていきました。今月は職場的に言えば年度末の1ヶ月になります。多忙を極める1ヶ月ですが、制作も遅れ気味なのでこちらも多忙を極めます。「混在」の表層部分は今月必ず終わらせて、砂マチエール貼りに進みたいと思います。砂マチエール貼りは工房スタッフが手伝ってくれる手はずになっていますが、これもかなり時間がかかるのは承知しています。そこに油絵の具を染み込ませていきますが、表面に砂があるため絵の具が乾くのに相当な時間を要します。そんなことを考えると今月中には何とか砂マチエール貼りまでは終わらせたいと思います。新作「発掘~場~」の制作にも入りたいと思っています。これは間に合うかどうかわかりませんが…。「陶紋」5点の焼成が無事終わったことは何より幸運でした。RECORDは今月のテーマを考えながら初めの1作を作ります。盛り沢山な1ヶ月ですが、今月も頑張っていこうと思います。
    うるう日は雪の朝
    朝起きて窓を開けたら雪が積もっていました。窓から見える梅の枝に積もる雪。「きれい。」と家内、「日本画家が描きたくなる気持ちがわかる。」と私。でもこれから出勤をしなければならない自分は胸中穏やかではありませんでした。交通が乱れてはいないだろうか、自宅が丘の上にあるので急坂を無事降りることができるだろうか、雪国に比べれば何でもないようなことが、雪に慣れていない横浜では大変です。4年に一度のうるう年。今日はさしずめうるう日ですが、こんな雪になるとは思いもよらず、滑らないように神経を使いながらの出勤になりました。午後は曇り空で、雪はいっこうに消えず、それでも帰る途中に雪深い植木畑の路を歩いて工房にたどり着きました。窯から「陶紋」を出してみると今回は成功していて、雪の中を歩いてきた甲斐があったと思いました。
    新聞の誌面より 定年について
    たまたま職場で開いた読売新聞に「公務員65歳定年 見送り」という記事がありました。自分は年齢からいうと62歳から共済年金が支給されることになり、定年が62歳に延びると思っていました。彫刻家と公務員との二束の草鞋は結構厳しいので、自分は60歳で勧奨退職して年金のない2年間を何とかしようと考えていたところでした。どうやら高い給与水準が維持される定年延長より、安い給与で雇い入れる再任用制度がよいとする公務員法改正案が今秋の臨時国会に提出されるようです。そうなれば自分は60歳定年で、あとは年金の支給を受ける62歳まで何とかすればよいわけです。自分は管理職として60歳まで働けば充分という気がしています。経済的に何とかなれば自分は彫刻家でいたいのです。これは20歳の頃からの念願で、食えない彫刻家に社会的な後ろめたさを感じながら、それでも横浜市公務員をしながら彫刻を作り続けてきました。定年になれば晴れて彫刻家一本でやっていきたいと願っています。今の財政難のままの60歳定年を歓迎するわけではないのですが、本音を言えば早く彫刻だけを見つめて生きたいと思うばかりです。