Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • RECORD11月のテーマ
    RECORDを始めた時は、この表現をいつまで続けられるのか自問自答していました。これだけ習慣として定着すると、いつまでも命が続く限りやっていける気がします。RECORDは葉書大の平面に一日1枚ずつ作品を作り上げていく作業です。時として緩慢になりますが、イメージを展開する力だけはつくように思います。今月のRECORDですが、今年いっぱいを幾何抽象をベースにしてやっていくことにしているため、パターンが似てしまう傾向が出てきます。それでも今月は市松模様の中に円を組み入れたパターンを考えました。市松模様はアールデコ様式に頻繁に登場したパターンで、自分としては結構気に入っているのです。今月も今まで通りベース画面をどう展開させていくのかを課題にやっていきます。
    文化の日らしく…
    今日は文化の日で勤務を要さない日ですが、午後ちょっと用事が出来て、ずっと工房に籠もって制作しているわけにはいかなくなりました。それでも文化の日らしく創作活動をやろうと決めていました。朝早く工房に行って、ほぼ一日分の作業を午前中に行いました。内容は新作屏風の6つのボックスをそれぞれ木材で補強しました。そこに陶彫部品をボルトナットで接合するのです。陶彫部品の重量に耐えられるように強固にしなければならず、さらに斜交いの必要を感じました。先日、母校の芸祭に行ったことはNOTE(ブログ)に書いていますが、彫刻棟の裏に積んであった石材や木材や鉄板の破片が今になって思い出されてきます。きちんと展示してあった学生の作品より、むしろ在庫として確保してある素材や作りかけで放棄した廃材を思い浮かべて、自分の意欲が掻き立てられるのは何故でしょうか。まとめられなかった彫刻作品の数々を眺めて、作り手の意志の残像に共感を覚えるのでしょうか。作品として作り手が納得できるものであれば、それは文化を担う表現になり、納得できなければ作品は巨大なゴミになってしまう宿命を負っています。文化の日らしく…そんなことを考えました。
    ポーランドのブックアート
    先日、武蔵野美術大学美術館で開催されている「20世紀から21世紀へ 転換期のポーランド・ブックアート」展を見てきました。書物の視覚的な作品化を試みたオブジェの数々は、その内容によって広域な表現を獲得し、もう書物とは言えない作品になっていました。かつて自分はシュルレアリスムの作家によって、アートとして具現化された書物を集めた展覧会に行ったことがあります。その時、自分もこうした表現領域に少なからず興味関心を覚えました。そこには文字で綴られた内容に対しイメージを助長させるために視覚化した作品もあれば、文字そのものを記号として扱い、文字の持つ意味を完全に払拭してしまう作品もありました。頁をめくっていく行為から立ち現れる書物としての世界は、文字を読んで世界観を理解するものであれ、視覚から飛び込んでくるものであれ、表紙と裏表紙に挟まれた形で頁内に閉じ込められている状態で存在しています。そこに書物に対するワクワクした気持ちが出てくるのです。「20世紀から21世紀へ 転換期のポーランド・ブックアート」展は、1988年から2009年までのポーランドの貴重なブックアート作品を集めたものですが、グラフィックや版画表現に長けたポーランド国民の面目躍如としたところが感じられて大変刺激を受けました。   
    11月 晩秋の季節
    11月になりました。月日が経つのは早いもので今年もあと2ヶ月を残すだけです。この時期、職場では来年度人事の課題を抱え、工房では制作が佳境を迎えるのです。晩秋に浸る余裕もなく、なかなか厳しいスケジュールの1ヶ月になりそうです。陶彫の新作屏風は順調に進んでいますが、陶紋5点のうち焼成中にヒビが入ったのがいくつかありました。陶紋は今年の個展から発表している連作で、ギャラリーに来られた方から素敵な感想を寄せられた小品です。単純な直方体の構造なので、原因がどこにあったのかを考えながら再度作り直してみようと思います。新作の屏風になる6点ボックスは、木材補強を今月中にやってしまいたいと考えています。ボックス内に収める陶彫部品は、今までのもので充分かどうかも見極めていきたいと思います。晩秋の季節は芸術華やかな季節でもあり、展覧会にも足を運びたいものです。相変わらず時間と追いかけっこをしていますが、気持ちの高まりを感じつつ今月も創作を満喫しようと思います。
    原点を忘れない
    昨日、母校の芸祭に出かけたことでいろいろな思いが頭を過ぎります。自分の出身大学に行く機会としては、卒業証明書を発行してもらいに行く程度で、自分も海外に留学する時や就職する時に行ってきました。自分が幸い美術に関わり続けているためか、美術館を会場とする卒業制作展を何回か見たことがありました。大学の芸祭となると、知り合いがいなければまず行くことはないと思います。でも自分の彫刻家としての出発点は大学にあります。高校時代、工業デザイン科を目指して受験勉強をしていた自分にとって、彫刻を学んだのは大学に入ってからのことで、初めて人体による全身塑造を作ったのでした。デザイン科の立体構成では心棒を使うような大きな塑造はありませんでした。モデルを立たせて行う塑造は、立体を解釈する上で苦しくも楽しい時間でした。最初は頼りなかった自分の習作は、次第に立体的なボリュームを増し、それでも古今の名作に比べるとたどたどしさが目立って何度やっても気に入らず、ふとしたことで壊したい衝動に駆られました。そんな原点を忘れずにいたいものです。母校の新しくなった2号館前に立って、30年前を振り返っている自分がいました。