Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 食卓の風景
    一人暮らしをしていた頃に、食事だけはどんなに高価なモノでも一人で食べると美味しくないと感じたことがありました。仕事上のつき合いで会食するのも美味しいとは思えません。気が合う仲間や家族で食べるモノは不思議に美味しく感じるのです。人間はメンタルな面で気分が左右されるので、食事はその典型かもしれません。一日の始まりである朝食と、帰宅して食卓に向かう時の満ち足りた気持ちはいいものだなぁと思うことがあります。食卓に並べられた何でもない食材が素晴らしいと感じるのは私だけでしょうか。家内がいてくれるからこそ、日常見慣れた食卓の風景として成り立っていると改めて思います。手間暇かけた料理が出てくるわけではないのですが、雑多な生活の中での食事という行為は、単に空腹を満たすだけではないように思います。
    実家の柿の木
    朝は6時に家を出て、仕事の帰りはすっかり日が暮れて夜になっています。週末に工房で紅葉しつつある木々を見ることはあっても、普段は職場にいて秋を感じることが少なくなりました。朝晩寒くなって夜明けや日暮れが早くなったことで通勤途中に季節を感じることはありますが、子どもの頃みたいに山野を走り回ることもなくなって季節の移ろいを感じることはなくなりました。実家には樹齢100年以上の柿の木があります。昔はどこの農家でも見られた柿の木ですが、次第に柿の木も姿を消して、田畑の開発でニュータウンが出来ています。実家に行くと実をたわわに実らせた柿の木が今でも健在です。自分の幼い頃は柿が菓子代わりで、竹の先端を割った道具で柿をもぎ取ったものでした。今は実家に母が一人いるだけなので柿を取る人もなく、熟れた柿が下に落ちて毎朝母が掃除をしているようです。代々受け継がれてきた柿の古木。秋色に染まる今だからこそ風情を楽しみたいと思うのですが、余裕が持てない自分は灰色の時間を生きているとさえ感じるこの頃です。
    「ウィーン工房 1903-1932」展
    先日、表題の展覧会に行ってきました。場所はパナソニック電工汐留ミュージアム。この企業が経営する美術館は、企画に魅かれてよく見に出かけます。展覧会のアーカイブでは重森三玲の庭園設計や浜田庄司の民芸などが記憶に残っています。ウィーン工房は、かつてウィーンに住んでいた自分にとっては身近な存在だったので、今回の「ウィーン工房」展では懐かしさがこみ上げてきます。正方形を基調にしたリズムカルなデザイン、しかも構成のバランスが瀟洒で総合的に考案されたスタイルです。ウィーンで手に入れた工房の歴史や製品を掲載した原書が、今も自宅の書棚に眠っています。ウィーンの街の中にはウィーン工房スタイルのデザインが残っていて、建築の装飾や日用品に中にも見られます。自分が陶彫やRECORDで幾何抽象模様を扱う時には、このウィーン工房スタイルが脳裏を過るのです。20世紀初頭にモダニズムの精神をもって、生活全般を対象として具現化したウィーン工房は、時代が変わっても古くならないように思えます。今回の展覧会で単純なカタチが新鮮に見えたのが不思議でした。
    母校以外の芸祭へ
    相原工房に出入りしている若い世代の中には、自分の母校とは違う大学に関係している子がいます。今日はその子を連れて母校以外の芸祭に行ってきました。芸祭というのはどこの学校も似た雰囲気があって、秀作ではなく楽しんで作ったモノが多く展示されています。最近の傾向でインスタレーションが多く、何を伝えたいのかわからないモノもありました。学生の中には具象絵画に正面から立ち向かっている生真面目な子がいて、それを見ると実力がわかります。むしろアカデミズムと言われても基礎基本をしっかり身につけている学生の方に好感が持てるのは、自分の感覚が古いせいでしょうか。学生作品の中で、思索に富むインスタレーションが見つからないのは、意図的・系統的な造形哲学が未発達で、表現力にも未熟な部分が多いのだろうと察します。振り返れば自分も同じで、造形の抽象化・象徴化に至らず、ずっとデッサン力の欠如を嘆いて4年間を終えたように記憶しています。このところ芸祭によく行きましたが、自分の原点を探りつつ今後の行く末を考える機会になったと感じています。
    週末 木材補強の日
    新作の屏風になる6点のボックス。ひとつが畳大で縦180cm、横90cmあります。直方体の奥行きは15cm程度ですが、そこに陶彫部品が数十点ボルトナットで接合されて、言わばボックス内に収められたレリーフとして、6点のボックスに点在するよう構成してします。陶彫部品の総重量を考えると、ボックスはかなり頑丈に作らねばならず、そのために先日から垂木を多用して補強を行っています。今日は一日補強作業に明け暮れました。彫刻は重力との闘いと言っても差し支えのないくらいの表現媒体で、地平に立ち上げていくには創作以外の仕事が入ってきます。展覧会会場に搬入・搬出するために分解できるように作らねばならないのも仕事のうちです。作っていくうちに工房から出ないほど大きくなってしまったことを同じ彫刻をやっている知人から聞いたことがあります。自分の彫刻は集合体で構成されているので、その心配はありませんが、組み立てがわからなくなる嫌いがあります。今日は制作ではなく作業の一日でした。これも仕方ないと思いつつ夕方になって工房を後にしました。