2011.11.29 Tuesday
自宅の書棚には学生時代に購入して途中で放棄した書籍がたくさんあります。書棚を眺めるたび再読をしたいと思いつつ30年が経ってしまいました。今回読み始めた「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」(ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房)もその一冊です。近頃、書店に行ってもなかなか読みたい本に巡り合わず、それならば自宅にある本をもう一度手に取ってみようと考えたのでした。画家ゴーギャンは大好きな画家の一人です。またゴーギャンは文才にも長けていて美術評論でも力量がある芸術家です。近代から現代に美術的価値観が移行する時代にあって、画業でもゴーギャンは大変な存在感を示しています。フランスから様々な場所を経由してタヒチへ。自らを野蛮人と称したゴーギャンはその時々で何を考え、また感じていたのでしょうか。本書からどんなことが読み取れるのか楽しんでいきたいと思います。30年前どこまで読んだのか忘れているので、今回は初めからゆっくりと時間をかけて読んでいくつもりです。通勤電車の中でゴーギャンに接する時間を持ちます。
2011.11.28 Monday
「アルベルト・ジャコメッティのアトリエ」(ジャン・ジュネ著 鵜飼 哲訳 現代企画室)を読み終えてみると、これは特異なフランスの文筆家ジャン・ジュネの詩情や思索の裏づけとなっている人生観を読み解く扉だと思いました。本書に収められた6編のエッセイのどの扉を開いても、ジュネ独特の論調があって、彫刻家ジャコメッティや画家レンブラント、サーカスの綱渡り芸人といった描く対象を見てもジュネらしさが伝わりました。解説の中に「白」というキーワードが出てきます。ジャコメッティの絵画における空白、それは単に空白でなく、そこにも見えないデッサンが存在する意味のある空白を「白」として扱っています。彫刻も然り。粘土で作られた実像そのものではなく周囲に存在する意味のある空間。そうした「白」がジュネの人生にもあって、空白期こそ表現を獲得するための重要な時期と位置づけているようにも思えます。暫らく書棚に仕舞いこんだ後、再び本書を取り出す機会があるでしょう。再読をしたいと思える一冊だからです。
2011.11.27 Sunday
公務員でありながら別の顔を持つ、言わば二足の草鞋を履く人は結構いて、決して自分ばかりが例外ではありません。同じ職場にも芸術やスポーツに勤しむ職員がいます。今日は彫刻の素材を買いがてら、同じ職場で絵画をやっている人の展覧会に行きました。管理職である自分は立場上、彼の上司にあたりますが、芸術を志す者同士としては同じ立場となって彼が求めている世界を応援しています。彼の世界は西欧に生きる人々を丹念に描き出す具象絵画です。今回美術団体で発表した新作は、ハンガリーの小さな町の馬車を描いたもので、茶色を基調にした深い渋みのある画面でした。ほとんどモノクローム。でもそこに豊かな色彩を感じさせる手法は見事でした。奇を衒うでもなく、斬新な技法でもない画面からは、訥々とした不器用な展開でも確かな足取りで世界を構築する画家の姿が見て取れました。秋の季節に相応しい時間を過ごしました。
2011.11.26 Saturday
新作屏風の制作を進めています。陶彫部品はある程度先が見えるほど出来上がってきたので、次の段階として木彫部品を作り始めました。小さな円筒状で先を細く彫った木彫部品を18個ほど作り上げました。これは陶彫部品の中に組み込む予定です。木彫を組み込む陶彫部品は同じ大きさの矩形がいくつも連なる形態をしていて、その矩形ひとつひとつに木彫された部品が収まるのです。つまり陶と木で集合体を作るわけです。板材を重ねて作る部分もあります。そこにも彫り込まなければならない箇所があります。明日は今日みたいに制作三昧というわけにはいかず、職場関係で出勤する時間帯があります。週末をすべて制作に充てられない事情があるので、貴重な時間を有効に使っていきたいと考えています。
2011.11.25 Friday
昨日NOTE(ブログ)で、気候風土の影響を受け、世界各地にはさまざまな暮らしがあり、そこにある住居が美しいということを書きました。建築素材にしても世界各地では木材や日干しレンガや藁土といった各地で産出される素材を使っています。私たちは昔から馴染んできた素材が身近にあり、それをもって家作りに有効利用してきた歴史があります。ただし、現代の住宅事情はどうでしょうか。コンクリートやガラス、ステンレス、その他諸々の新建材によって私たちの家は建てられていて、昔に比べれば画一的に都市化されているように思います。日本各地を旅しても同じような素材、同じような工法で建てられた家が多く、まさに風景の無個性化が進んでいると言わざるを得ません。木材で古来から伝承された工法で建てられた家々は、今ではむしろ保護され、観光化されていると言っても過言ではありません。そんな環境に囲まれていると彫刻制作にも影響が出てくるようにも思えます。国際的に見ても現代彫刻の素材はさまざまで、自分の思考や構造上の問題、あるいは嗜好によっても自由に素材を選んで制作されています。自分は亡父が造園業を営んでいた関係で木材が身近にありました。陶土は自分の嗜好によるものですが、土に拘るところは家業と無縁ではないと考えます。気候風土が現代生活に及ぼす影響が少なくなってきた現在を考えると、むしろ自分の生育風土との関係で、自分は陶土や木材を選んで自作を作っていると考えたほうが自然かもしれません。