2011.12.14 Wednesday
先日、東京外苑前にあるワタリウム美術館に表題の展覧会を見に行きました。作庭家重森三玲による庭園設計や関連の品々を集めたもので、展示空間に原寸大にディスプレイされた庭園が展示してありました。京都の東福寺にある重森三玲の庭園は、斬新な構成で抽象絵画を髣髴とさせるものがあります。市松模様を用いた北庭、石柱によって北斗七星を表現した東庭など、自分が当地で感激した空間を挙げれば切りがなくなります。庭園の展覧会は実際の庭園に比べれば迫力の点で今一歩と言えそうですが、実際の場面を思い出しながら、重森三玲が表現したかった庭園の美とは何かを考える絶好の機会となりました。庭園設計は、亡父が造園業だったこともあって自分には興味の尽きない世界なのです。場の彫刻あるいは集合彫刻と銘打って自分が打ち込んでいる創作活動の先には、亡父が背負った庭園設計があるのかもしれないと思っています。そんな意味でも今回の展覧会は、空間を楽しみつつ自分の将来像をイメージする契機になっていると考えました。
2011.12.13 Tuesday
近未来型の美術館が東京六本木の東京ミッドタウンにあります。21_21デザイン・サイトは、いかにも図面で引いたようなシャープな建物でした。先端を行くデザインやアートを発信するのに相応しい環境で、そこで開催されていた米人写真家アーヴィング・ペンとファッションデザイナー三宅一生のコラボレーションによる展覧会は、建物の雰囲気に合っていました。三宅一生の斬新な服を構成美で捉えたアーヴィング・ペンの写真。こんな視点があるのかとデジタル表現の面白さに息を呑みました。自分も彫刻作品をカメラマンに自由に撮影してもらっています。そこに制作者の意図を超えた面白さを発見することがあります。今回のファッションと写真の展覧会を、自分の場合に置き換えて彫刻と写真としてみたらいかがなものかと考えてしまいました。同じ被写体であっても異なる領域で仕事をしてコラボレーションする機会、これはまさにホームページで自分がやっている行為です。21_21デザイン・サイトでの洒落た展覧会が身近に感じた要因がそこにありました。
2011.12.12 Monday
NOTE(ブログ)は2006年3月16日から書き始めて、今日で2000の原稿をアップしたことになります。ほとんどが美術に関するもので、制作日記や素材への関わり、芸術家に関する雑感等を書いています。とりわけ制作日記はアーカイブを見ながら、新作の制作工程の進み具合を確認しています。いつも焦りを感じながら陶彫や木彫に絶え間なく寄り添い、一気呵成にいかない素材や技法を嘆いています。個展のための図録撮影に何とか間に合って、胸を撫で下ろす場面も多々あります。二束の草鞋という表現もよく使います。自分は横浜市公務員として月曜日から金曜日まで勤務しているので、週の大半を職場で過ごしています。でもこのNOTE(ブログ)は彫刻家としての自分を中心に据えているので、職場の事情を書くことは極力少なくしています。2000という数字に今の自分は達成感を感じません。RECORDも同じで、どこまで続ければ満足できるのか、また達成感が得られるのかよくわかりません。日々習慣としてやっていることにゴールはないのかもしれません。でも今日は切りのいい2000ということを伝えたくてこの話題にしました。
2011.12.11 Sunday
今日は新作屏風の木彫部分の制作に朝から取りかかっていました。全体を見ながらの作業はなかなか骨の折れる仕事です。最初のイメージを思い出しながら表現したい意図をどうしたら伝えられるかを考えていました。次第に考えることが増えて作業の進み具合が悪くなっています。今日は美大でテキスタイルを学んでいる子が工房に来ていました。夕方、その子を連れて気分転換に中華街に出かけました。横浜中華街には世界各地の布を扱っている店があり、テキスタイルの学習には最適と思ったからです。案の定、その子には良い刺激になり、自分は気持ちがリセットされて気分が楽になりました。自分はアフリカの仮面が好きなので、店で仮面を眺めているだけで不思議なパワーを貰います。原始美術はピカソやモジリアーニだけでなく、自分にも創作の何たるかを思い起こさせてくれる起爆剤のようなモノです。名も無き現地の人が彫った仮面や人形。最近の店頭に並んでいるのは土産物ばかりですが、手の届かない店の棚には骨董品が置いてあり、実際の祭礼に使われたかもしれないモノもあります。呪術性が込められたモノは自分の創作意欲に直接働きかけてくるようです。眺めているだけで豊かな気分になるのです。
2011.12.10 Saturday
版画家の加藤正さんは大学の先輩で、学生時代よりエッチングやアクアチントの技法を使った銅版画をやっていました。現在、東京渋谷のギャラリーで個展を開催しているので見に行ってきました。加藤さんには会えませんでしたが、長く銅版画に関わっていた作家なので技法的には円熟度が増し、イメージ豊かな世界の数々が自分を迎えてくれました。草や木の根のような植物的な蔓が無数に絡まり、やがて塊となって大地に蔓延り、また世界を分ち、死に絶え、再び蘇生していく加藤ワールドは、小さな要素で壮大な世界を描いているように思えます。象徴的風景画と言うべきか、絡まる蔓はまさに私たち人間の姿かもしれません。加藤さんは私の個展にもフラリと現れて、近況などを話し合ったりする仲です。今後ともお互い健康で変わらぬ制作生活が続けられるようにしたいと願っています。自分は加藤さんの世界観のさらなる展開を見たいと思う一人です。