2011.09.15 Thursday
公務員としての仕事中に、ふと創作に思いを馳せることがあります。ほんの少し心を解放して制作中の作品のことを考えます。頭の中で描くイメージ。顕在化しない自分の中の自由な落書。まだ自己表現を見つけられない時代には、荒唐無稽な世界を夢見てはリセットを繰り返し、長い時間ぼんやりしていることもありました。そんな自分の様子が周囲に奇異にうつったこともあったようです。彫刻という媒体に魅せられてからは素材に拘束され現実的な創造に変わりました。イメージは具現化されることが念頭にあり、その分自由さは奪われていきましたが、自分の世界を創造し得ることには変わりなく心の開放感は昔のままです。いったい今までどのくらいイメージを巡らせ、そのうちどのくらいのイメージが作品になったことか、毎日のようにイメージが生まれ、また忘れ去られ、あるいは夥しいイメージのうち拘りのあるものだけが選択され、さらに素材が用意され、作業が開始されたことか、たまに考えることがあります。RECORDは日々の記録ですが、夥しいイメージの一側面であるばかりか、頭の中で描くイメージとは違い、現実的な技能が付き纏うので心の解放には繋がりません。創作に思いを馳せる時が一番幸せと感じるこの頃です。
2011.09.14 Wednesday
素材に何も手を加えず、ギャラリーの空間に放置する展示方法を自分はどのように考えるか、現代に至る造形思想史を辿れば、「もの派」の登場した背景がわかりますが、これを美術に関心の薄い人々はどう見るのでしょうか。もっとも私の非対象の造形作品にも説明を求めてくる人がいるので、「もの派」となれば物質と哲学を表裏一体にして提示する必要があるのかもしれません。昨日のNOTEに引き続き、「問いなき回答」(建畠哲著 五柳書院)から造形作家李禹煥について論じた部分を抜粋して「もの派」について考えてみたいと思います。「室内であれ野外であれ、李の作品はある位置を占拠するのではなく、むしろその場の時間と空間とを浸透させながら、同時に自然そのものへと解消されることのない、確かな強度を維持しているのである。それはまた自立した物体の示す即物的な存在感とも関わることのない強度である。『開かれた拘束性』と彼は言う。『出会いを呼び起こす』ためには『世界と解け合っていながら他のものと隔てられている、作品の二重性』が必要なのだ。それは自然石を作品の中へと構造化し、人工的な鉄板を同じ構造の中に放置するという、在り方の『ズレ』による世界の顕在化であると言えるかもしれない。そのズレによって、作品の構造は開かれ、”それだけで完結した”造形とは別の様相を美しく開示する。~略~」別の様相という在り様は自分にもよく解ります。かつて横浜美術館で見た「李禹煥展」で感じたことのひとつです。解け合うところと隔てられるところ。自分のその時受けた感覚を巧く説明できませんが、広がる自然な空間に凛とした隔たりをもって物質が存在している状態を感じ取ることがありました。それは「もの派」を自分の中に取り込めた瞬間だったのかもしれません。
2011.09.13 Tuesday
自分が彫刻家を志した1970年代後半に、すでに「もの派」が登場し、素材をそのまま画廊に並べた展覧会を自分は美術雑誌で見ていました。当時その根拠とする思想を読み解こうとしていましたが、衝撃を受けたのは野外展に出品された関根伸夫の「位相ー大地」でした。自分が学校で学んでいる塑造とは、まるで異なる表現に戸惑いもありました。造形美術に対する根本的な解釈が違うと思っていました。自分はそうした現代美術の潮流を自分の中に取り込むことはなく、知識として取り入れても実際の制作では目を背けていましたが、当時はそんな自己造形思考の確立まで到底至っていなかったというのが本音です。早熟な学生仲間は「もの派」に近い制作を行ってはいましたが…。現在読んでいる「問いなき回答」(建畠哲著 五柳書院)に「もの派」に関する考察があります。「ヒエラルキーなき空間」と題された造形作家管木志雄の作品を論じたもので興味を持ちました。「人為的に素材に関わりながらも、それが世界の受容でも創造でもなく、『極限として在る状態』へのおきかえであること。つまりその『場』が『自然』と等価であり(同種異相の根であり)、なんら意味論的な葛藤をもたらさないこと。~略~管にとってインスタレーションとは、つねに具体的な認識の場そのものである。それは造形でもなければ観念的な遊戯でもなく、また物質の力におもねることでもない。彼が囲うとき、その思考とともにある現実が可視化され、彼が繋ぐとき、ある現実がその位置、その方向、その強度を定められる。それはわれわれの目にヒエラルキーなき空間として開示されるはずである。」
2011.09.12 Monday
9月3日(土)が出勤日だったため一週間遅れの今日を代休にしました。年間計画のもとで組織的に代休にしてあるので、今日の職場は閑散としているはずです。私も今日は出勤せず、代休を利用して後輩の彫刻家が二科展に出品しているので見てきました。二科展は東京六本木の国立新美術館を会場にして今日まで開催していました。後輩は木彫をやっています。廃材となった学習机の天板を集めて、そこに浮き彫りを施し、それを花弁のように構成した立体造形をやっていました。イメージとしては松ぼっくりです。彼が生真面目に取り組んだ姿が目に浮かぶような作品でした。二科展の彫刻部門は、さまざまな素材や技法が混在して刺激を受けます。たまにこうした公募展を覗くのもいいなぁと感じました。午後は浅草のかっぱ橋道具街に足を伸ばしました。道具街から少々離れた木工道具専門店に立ち寄り、内丸の鑿を2本購入しました。42mmと36mmの幅広の鑿です。再来年予定している新作で太い丸太を使うので、その準備として買い求めたのでした。浅草寺の仲見世通りで休憩をとって帰宅しました。今日は夏の暑さがぶり返したような陽気で照りつける太陽が眩しく、久しぶりに訪れた浅草をもう少し散策したかったのですが、暑さに勝てず尻尾を巻いて早々に横浜に戻ってきてしまいました。
2011.09.11 Sunday
ホームページのリニューアルを進めています。初めにExhibitionをリニューアルしました。Exhibitionはギャラリーせいほうでの個展の状況を記録したページです。毎年個展を開催させていただいているので、今年で6回目になりました。Exhibitionを開いていただくと、年代を追って画像が羅列してあります。小さな画像の上にカーソルを合わせてクリックすると画像が大きくなり、スライドショーが始まります。扉にダイレクトメールをつけました。簡単な感想も書かせていただいています。横浜市公務員との二束の草鞋のため、毎年個展に作品が間に合うかどうか冷や汗をかきながら進めてきました。自転車操業か、または危うい綱渡りか、この歳になって緊張感あふれる生活もいいもんだと前向きに考えるようにしています。ともかく公務員管理職としての仕事は自分の時間が持てないので、何とかやりくりして強引に自分を見つめる時間を作らざるをえないのは精神面ではいいのかもしれません。ただし、創作行為は精神性を問われるので逆の意味ではストレスです。よくもまぁ、こんな生活が出来るものだと人から言われますが、頭の切り替えが早いことと、20年以上も二束の草鞋生活を続けている慣れ以外の何ものでもありません。ホームページにはNOTE画面の左上にアドレスがありますので、そこをクリックしていただけると入れます。お時間があればExhibitionを見ていただければ幸いです。