2011.06.17 Friday
パウル・クレーという画家名が新聞の展覧会欄に載っていると、必ず展覧会に行きたくなるという癖が自分についてしまいました。何度クレーの絵画に触れたことか、滞欧生活の頃から考えると数え切れません。クレーは多作だったので、そのつど違う絵画にお目にかかって、ペンの走り書きひとつに哲学的なデッサンを感じてしまいます。東京竹橋にある国立近代美術館で開催されている「パウル・クレー 終わらないアトリエ」展は、クレーの制作プロセスを主に構成された展覧会で、制作行為や技法ごとに分けられていました。さまざまな試みをしている様子を展示して、アトリエの中でさも実験しているかのような演出がありました。自分もRECORDをやっている制作者として、クレーの試みが身近に感じられ、試行の意欲に勇気付けられました。試行は思考であり、試作は思索と読みかえてもいいように思えます。クレーがどんな人物だったのかわかりませんが、絵画から読み取れば律儀で神経質で皮肉屋だったのかもしれません。そんな一面を感じる一方、音楽的で豊かな響きも感じます。実際にクレーはバイオリンを演奏していました。バウハウスに招かれて学生のために造形理論を唱えています。今回の展覧会を見て、クレーは絵画制作だけでなく理論を含め多面的に人物を捉え、生活や生き方そのものが全てクレー・ワールドで、その中で造形物を生み出しているように思えました。
2011.06.16 Thursday
一日1点ずつポストカード大の厚紙に作品を作り続けて4年目になります。RECORDはカタチと色彩のイメージトレーニングのように捉える一方で、1点ずつ思いを込めて、たとえこれがタブローになっても鑑賞に耐えうるものとして制作に励んでいます。時間が許せばRECORDで培ったイメージを畳サイズの二双屏風にまとめあげる構想があります。そんなRECORDを自分のホームページにアップしています。まだ2009年の作品しかご覧いただけませんが、追々アップしていく予定です。今回は9月分をアップしましたのでご覧いただければ幸いです。なお、ホームページに入るためにアドレスをつけておきます。
Yutaka Aihara.com
2011.06.15 Wednesday
「五百羅漢ー増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信」というのが、両国にある江戸東京博物館で開催されている展覧会です。自分はポスターでこの五百羅漢の存在を知って展覧会に足を運びました。もちろん狩野一信という絵師も知りませんでした。ともかく100点に及ぶ大作に圧倒されてしまいました。その質・量ともに充実した瞠目すべき作品群なのに日本美術史には登場してきません。第二次大戦の戦火を奇跡的に逃れて、今に伝えられる作品は凄まじい迫力をもって一信の生き様を表しています。39歳から48歳で没する10年間で、このシリーズを描き上げたことを資料で知り、さらに驚きました。1年で10点というペースは超人的です。しかも大きさもあれば描き込みも濃密です。いったいどんな人物だったのか興味は尽きませんが、今後専門家によって検証し、日本美術史の中でしかるべき位置が与えられてもいいのではないかと思います。
2011.06.14 Tuesday
東洲斎写楽は謎の多い画家で、作品よりも正体探しに興味が移りがちな絵師です。寛政6年から7年のたった10ヶ月の間に現在確認されているだけでも145点の作品を作り出し、その後忽然として姿を消したことが謎めいて、それが写楽という存在にさまざまな憶測を与える結果になっています。自分は写楽のそういった諸説よりも、眼の前にある浮世絵を通して写楽を知りたいと考える一人です。ひと目でわかる写楽の個性、それはデフォルメされた歌舞伎役者の表情、クローズアップした顔です。現代的な面白さを感じているのは私だけではないはずです。確かに見得を切った役者の表情はこんな印象を齎せます。画面構成もその広い面割ゆえ現代絵画のような空間を感じさせます。上野の東京国立博物館平成館で開催されていた「写楽展」は、浮世絵特有の渋みはなく、むしろ荒唐無稽な美を喜んだ当時の庶民の懐の深さが見えて、こちらも思わず楽しくなってきます。ユーモアやダイナミズム、そして抽象性。日本人として美しさや新しさを保ちながら、東洲斎写楽のような作風を時代が認めてきたことに誇りを持ちます。
2011.06.13 Monday
昨夜、NHK教育「日曜美術館」で彫刻家保田春彦先生の近況が再放映されていました。題して「生老病死のアトリエ」。81歳を迎えた老彫刻家の生き様をありのまま紹介した番組でした。自分の学生時代、保田先生は同じ大学で教壇に立っていました。でもカリキュラムの関係で自分は保田先生に教えていただく機会がなく、いつも遠いところから先生の仕事を拝見していました。大学の作業場の片隅を使って鉄の溶接をされていた先生は、大変厳しい表情で自分から声を掛けられるものではありませんでした。でも先生の個展には必ず出かけていって、作品が展開していく経過を自分なりに把握していました。この番組で取り上げられている70代後半から現在に至る裸婦デッサンや闘病シリーズも鎌倉や世田谷の美術館、南天子画廊で見ています。実際の制作現場にテレビが入り、先生が素描されている様子を見ると親近感がわき、また羨ましくもありました。創作活動に対する強い意志。自分も見習いたいと思っていますが、きっと自分もこうなるだろうことは予想がつきます。自分にとっては人事ではない番組だったと思っています。