Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 図録校正刷が届いた日
    今日は土曜出勤の代休でしたが、管理職出張があったため午後から出勤しました。午前中は工房に行って、わずかな時間を惜しんで新作屏風の制作に励みました。日頃の疲労があって作業に多少遅れが出ましたが、それでも週末のノルマを果たしました。出張先から夜は懇親会に流れ、ようやく自宅に辿り着いたら、図録の校正刷が届いていました。なんだかホッしました。図録のレイアウトはすっきりと収まっていて、デジタル画像の面白さを感じました。図録は毎年作るものなので遊びの要素を加えています。今年は野外工房と室内工房の見開きページを作り、表紙のパターンによるデザイン化を試み、ポートレイトにも工夫を凝らしました。自分が書いたラフスケッチがこのような画像になるとは、ちょっとした驚きです。つき合いの長いカメラマンとアートディレクターだからこそ出来る妙味に富んだ図録です。明日細かいところをもう一度確認したいと思います。
    週末 悠々制作日
    昨日が出勤日だったので、今日は待ちに待った制作三昧の一日でした。美大生たちもやってきて、工房では密度の濃い時間が流れました。今日は新作屏風の板材を加工する作業をしました。新作屏風では「断層」のイメージが付き纏っていて、イメージどおりになっていけば、「断層」というタイトルにしようかと思っています。畳サイズの直方体の中に凹む空間を作っていて、陶彫による突起が現れるようにしたいと考えています。全体の工程のうち現在は100分の5パーセントしか出来ていない現状で、まだ何がなにやらわからないのですが、イメージを探りながら作るこの時期が楽しいと言えば楽しいのかもしれません。午前中は天気が良く工房内は暑くなってきましたが、午後から雲が立ち込め天気予報通り雨が降ってきました。傘のない美大生たちを家まで車で送り届けて今日の作業を終えました。
    週末 通常出勤日
    1年間のうちに何回かは休日出勤があります。施設を他団体が使用する理由で自分だけが出勤する時もありますが、今日は職場全体での出勤日になりました。勤務時間も通常通り。月曜日は代休ですが、自分は出張があって月曜日も出勤になります。この役職になって思うことは休める日が減ったことです。週末は制作をしていたいと常々思っていますが、こればかりは自分で選んだ役職なので仕方ありません。それにしても今日は真夏日になって、職場が暑いせいか仕事が緩慢になってしまいました。節電をやっていると、この夏はどうなってしまうのか、熱中症対策を含めて考えていかなければなりません。
    美的価値の転換
    今まで稚拙と思われた表現が説得力のある評論により、ある日突如として生命力の溢れる豊かな表現と認識されることは、現在までの美術史を見ると起こりうる事件です。幾世紀にも亘って民衆に支持されてきた美的価値が転換期を迎える時は、その反発たるや筆舌に尽くし難いものがあります。印象派が登場した時代や頽廃芸術と烙印を押された表現主義、また破壊と創造を繰り返してきた20世紀の美術界を見ると、現在まで美的価値の転換が次々に起こってきています。何が新しい表現なのか、何が前衛と呼ばれるものなのか現在では見えにくくなっているようにも思えます。映像、建築、環境等の大掛かりな表現が現在の国際的な規模の展覧会を賑わせているようですが、全体の価値を揺るがすような事件には至っていないようにも思えます。ファッション化する文化は、その表面性や虚飾で新しい価値基準を持とうとしているかのようにも思えます。芸術運動というモノはもう旧世代のモノなのでしょうか。自分も工房に籠もって美術情報とは一線を引きながら自分の世界に没頭していますが、こうした個々の引篭もりがいろいろな意味で現代を象徴しているのかもしれません。
    実材としての土
    20世紀の近代美術が写実から心象へ、その表現が求めるモノが変化していったのは近現代美術史を紐解けばよくわかります。モンドリアンの抽象絵画も写実を純化した結果見いだされた表現です。自分は学生時代は大学のカリキュラムに従い具象表現をやっていました。彫塑によって立体把握が容易に理解できる方法だからです。現代を生きる者として、さまざまな表現が当時も美術館やギャラリーで試みられていたのは知っていましたが、自分は習作という名の下で旧態依然とした表現を敢えてやっていたのでした。習作的なモノから解放されたのはいつ頃だったのか、よく覚えていませんが、自分の場合は徐々に抽象表現に接近したわけではなく、何となくカタチと遊んでいるうちに自分のやりたいことが見つかったように思います。でも塑造から離れることはなく、常に具象的なイメージを残したままモデルを写し取る表現から脱皮していきました。その時、土という実材を初めて意識しました。モデルを写し取る素材としてではなく、土そのものを捉える表現に移行して、土による抽象化が芽生えたのかもしれません。