2011.06.07 Tuesday
一日1点ずつポストカード大に切断した厚手のケント紙に作品を描いて4年目になります。描写や幾何抽象や自動記述に至るまで、その時その時の状況で作品の表現は右へ左へ揺れています。作品は5日間をシリーズにして展開する方法を採っていますが、それでも気分によって作品が変わってきます。気に入ったものがある一方で、頑張った割にはうまくいかなった作品もあります。最近は月毎にベースになる画面を決めてやっています。6月は6つの同じ正方形を画面いっぱいに配置して、そこに造形要素を加えていくことにしました。色彩は淡いイメージです。梅雨の湿った陽気が淡い色彩に合うと思います。カタチは湿ったイメージではありませんが、気候も作品の展開に影響すると感じ始めています。今月のRECORDこそ頑張りたいと毎月思っている次第です。
2011.06.06 Monday
職場とは異なる環境の中で過ごした3日間はとても貴重でした。研修に参加した全員で樹海や洞窟といった非日常空間を共有できた喜びがありました。都会に住む私たちは、常に自然に畏怖の念を抱きながら、また自然と触れ合う機会を持ちながら生活していくべきと考えます。我が国では3月に大震災に見舞われ、多くの尊い命が奪われました。これは自然がもつ脅威です。私たちの想定を超える自然の力と、どう向き合っていくのかが未来に課せられた大きな課題です。自然を開発し、また自然の生態系を破壊しながら、人間の利便性を追及した結果として、私たちは大きな犠牲を払ったのではないかと私は考えます。人間の奢りとも考えられる行為に自然が牙をむいたようにも感じられます。私たちはこれから自然の刻む悠久な時に耳を傾け、多くの動植物と共存していく方策を探るべきです。効率や打算ではなく、多少の回り道をしても地球が営む自然の生態系にダメージを与えず暮らしていけたらと思いました。研修の最終日にそんな思いに駆られました。
2011.06.05 Sunday
昨日から山梨県に2泊3日の県外出張にきています。今日は樹海の中を歩き、観光化されていない洞窟に入りました。富士山の噴火によって流れ出した溶岩の上に僅かな土が積もって生まれた樹海。鬱蒼とした木々の間を歩いていると雄大な自然の懐に抱かれた気分になります。巨木が大地に幾重にも張り巡らせた根が美しく、迷路のような景観を描いています。節くれだった部分とスラリと伸びた部分のバランスに絶妙な美を感じます。巨木に巻きついた蔓にも美しさを感じます。共生と繁殖による占有。命を全うして倒れた巨木が土化して、そこに新しい芽が育つ場面はさらに美しい景観です。人為的な造形は何ともちっぽけなものなんだろうと感じた一日でした。
2011.06.04 Saturday
例年この時期は2泊3日の県外出張があります。山梨県の富士山の麓にある宿泊施設を借りて研修を行うのです。週末に当たったため土日の制作はなしです。土日の代休が火曜日と水曜日にあるのですが、ウィークディは仕事が滞るため自分は完全に代休は取れません。ただし、休みは取れなくても環境の良いところで研修をすることは楽しく、得るものもあって有意義です。明日ホールアースのガイドさんと出かける樹海散策は、自然環境を考える絶好の機会です。木を彫る者にとって、樹海で見る木々は造形的な示唆を与えてくれるし、木のもつ生命力を感じ取れる場でもあるのです。この3日間を楽しんで過ごせればと考えます。
2011.06.03 Friday
やっと「シュルレアリスムと絵画」(A・ブルトン著 人文書院)を読み終えました。随分長い間鞄に入れて持ち歩いていました。以前、A・ブルトンの「魔術的芸術」を読んで、芸術史全体を解釈しなおす壮大な論文に魅了されました。今回も同じ昂揚した気分があります。本書の解題に次のような一文があります。「~略~それは、シュルレアリスムという大規模な文学・芸術運動に加わった多くの画家たちや、その前後あるいは周辺にあった多くの画家たちの作品を、当の運動の指揮者・体現者として愛しつつ語り、鮮烈な言葉で称えつつ位置づけているからだけではない。現代社会とのかかわりにおいて芸術家の真の生き方を探りながら、またときには美術史・文化史をさかのぼって新しい『眼』で過去を読みかえながら、二十世紀芸術そのものの方向を明らかにしている書物だからである。~略~」単なる作品の解説や批評だけでなく、作品のもつ新しい価値や昂揚感を詩的イメージとして構築しなおしているところがブルトンたるところで、一文一文拘りをもって読まなければならなくなります。理由はその背後に潜むブルトン流の詩的世界が、対象とする作品と共生しながら、読者である自分の感性に謎めいた何かを投げ込んでくるからです。評論と言うより独特な文学作品として接したほうがよさそうな、そんな読後感を持ちました。