2011.06.27 Monday
夫婦で人間ドックに申し込んでいて、少しでも健康を維持したい願望があります。自分は市の管理職&彫刻家、家内は胡弓奏者&宝飾デザインの仕事をやっていて、しかも50代ともなれば身体に支障が出てもおかしくない年齢です。さらに相原工房の運営資金もあって今倒れるわけにはいかないと思うこの頃です。普段の料理にも影響して、これはいいと思うものは何でも試しています。最近はタジン鍋の料理に凝っています。タジン鍋は北アフリカのモロッコやチュニジアで伝統的に使われてきた食器で、水が貴重な国ならではの特徴があります。デザイン的にも楽しいカタチをしているタジン鍋は、野菜から出る水分を使って蒸すように工夫された土鍋です。野菜を鍋に盛って蓋をしてしばらく熱していると出来上がってきます。鶏肉等も一緒に入れて香辛料を使うと、まさに北アフリカ風料理になって美味しいのです。和風にアレンジも出来ます。これだけ野菜を多用するので健康維持には便利な道具だと思います。しかも簡単レシピ。我が家はしばらくタジン鍋に依存した食卓になりそうです。
2011.06.26 Sunday
新作のための陶彫部品を作り始めました。昨日と違ってほんの少しばかり気温が低いのが救いでした。美大生ら3名の子たちもそれぞれの制作に勤しみ、相変わらず工房に真剣な空気が流れていました。自分の作っている陶彫部品はかなり大きな円形擂鉢上のものです。もちろん単体では窯に入らないので、いくつかに分割して作っています。昨日土練りした陶土をタタラにして、すぐに成形に入りました。今回は陶彫に高さがないのでタタラを固めなくても大丈夫と判断しました。円形部品は時間の関係でまだまだ揃わず、また来週末に持越しです。若い頃に、ギリシャやトルコで見た古代の円形劇場が発想のベースにありますが、イメージを辿る中で最初の発想から次第にカタチが遠のいていき、今は完全な抽象形態に至っています。でもあの頃、多少無理をしてもエーゲ海に残るさまざまな円形劇場を訪ね歩いて良かったと思っています。円形劇場の真ん中に立って360度回りながら体験した記憶が、今になってみれば作品作りの動機になり、また尽きぬ制作欲がもてるのだと考えます。記憶にあるイメージを昇華し、作品として結晶するのに随分時間がかかりましたが、案外創作とはそんなものかもしれません。
2011.06.25 Saturday
今日の工房は真夏並みの温度になりました。新作のための陶土が必要になり、久しぶりに土錬機を回しました。管理が悪かったため土錬機内部に残っていた陶土が固まってスクリューが動かず、結局分解掃除をすることになりました。力仕事と気持ちの焦りのせいか身体中から汗が吹き出てシャツを何枚も替えました。例年夏の時季は、汗が滴る中で作業をしています。今年になって夏向け作業の第一日目が今日から始まり、これから9月ごろまで灼熱天国との付き合いになります。それにしても工房は蒸し暑く、大型扇風機2台を稼動させていました。若い世代の子たちもそれぞれの作品を作りに来ていましたが、工房の暑さに辟易していました。工房は農業用倉庫として建てたものなので当然人は住めない状況ですが、熱中症にならないように水分補給を心がけていきたいと思います。明日も作業続行です。
2011.06.24 Friday
短い通勤時間の中で読書に勤しんでいます。このところシュルレアリスム関係の書籍ばかりで、ついにその提唱者であるアンドレ・ブルトンの人となりの伝記に辿り着きました。どんな人物だったのかイメージしながら読み進んでいますが、当時ブルトンの周辺にいた詩人や芸術家との交遊を通して、しだいにシュルレアリスムに近づいていった過程に興味が沸きます。今のところまだ前半の部分なので、ダダイストA・ブルトンの言動が語られています。医学生であったブルトンが医学より詩作を選んで、困難な道を歩みだしたくだりがあります。医者になってしまえばシュルレアリスム提唱者A・ブルトンは生まれていなかったかもしれません。人生の岐路に立たされたときに、選択によってはまるで違う自分になる可能性があります。ブルトンの辿った道を思い描きながら、自分の人生選択はどうだったのかを振り返る機会にもなっています。今後読み進む中で、ブルトンはどんな人物と出会い、どんな思索に耽るのかこれからの展開が楽しみです。
2011.06.23 Thursday
美術の専門家になると決めたときに、まずデッサンを行いました。自分が高校生の時で、ギリシャ彫刻を模した石膏像を木炭で描きました。その頃は美術という大枠の中にいて、美術で何を専門に選ぶべきか決めていませんでした。そのうち工業デザインに希望が絞られてきて、デッサン用具は木炭から鉛筆に変わり、モチーフも説明的な要素の多い静物になりました。壜は壜らしく缶は缶らしく質感まで描く行為に相当な時間を費やしました。平面や立体構成という方法も教わりました。当時は描く行為が8割、描かぬ行為(構成)が2割くらいの比率で自分は捉えていました。結局、最終的には彫刻を専門にするようになり、描く行為と描いたものを作る行為に移っていきました。描かぬ行為は大学では置き去りにしたまま、常に紙に鉛筆でデッサンし、空間に粘土でデッサンする、いわば描く行為が主流を占めていきました。現在の自分はどうでしょう。発掘シリーズや構築シリーズは描かぬ行為によって作品化を図っています。描かぬ行為のほうが描く行為よりずっと長く付き合っていることになります。エスキースは描くというより設計や寸法をメモする程度で済ませています。でも描く行為をある時期徹底して行っていたことが決して無駄ではないと感じています。イメージを捉えやすくなっていること、完成図を描写表現できることが大きいと思います。描く行為と描かぬ行為、双方に有機的な繋がりがあると感じています。