2011.01.23 Sunday
7月に発表する新作「構築~楼閣~」の制作が佳境に入ろうとしています。大きな四角錘4つのうち最後のひとつを窯入れしました。小さな四角錘は全部で6つあり、最後のひとつの加飾が終わって、あとは乾燥を待って仕上げに入ります。それらを窯入れするのはまだ先です。そろそろ全体計画の調整をしなければならず、それによってまだまだ部品を作らねばなりません。全体の4割程度が出来上がったと判断しています。今日は来年の新作の成形や加飾も同時にやっていました。来年の新作は細かなイメージがまだはっきりしていませんが、大まかな全体計画で見切り発車をしています。週末の制作時間は本当に短いと感じます。しかも工房内は相変わらず寒くて水を使う作業なので難儀を強いられます。暑くてもつらいし寒くてもつらい…工房は居住空間ではないと改めて思いました。
2011.01.22 Saturday
植木畑で鳴いていたトラ吉は、まだ手のひらに乗るような子猫でした。アトリエにしていた自宅の一室を片付けて飼うことになって、そろそろ1年が経とうとしています。春が来る前に去勢手術をした方がいいと知り合いからアドバイスを受けて、昨日家内がかかりつけの動物病院に預けに行きました。今朝引き取りに行ったのですが、とくに変化もなく返されてきました。術後の傷口を舐めないようにとカラーを付けられていましたが、自宅ではカラーを取りました。トラ吉はどこでいつごろ生まれたのかわからないまま自宅に飼われています。何の血統もない野良猫ですが、じっと人のやることを見ていて興味を示します。鳴き声が喋っているように聞こえます。人格ならぬ猫格があるように思えます。猫を題材にした小説や芸術作品が数多くあるのがわかるような気がします。
2011.01.21 Friday
週末だけ彫刻制作をしている自分は、今は「作らない」も「作れない」もなく、ひたすら作り続けることのみです。二束の草鞋で制作時間が充分に確保できないので、流暢なことを言っていられないというのが本音です。毎日創作活動に埋没していた若い頃は、慣れのせいかモノ作りに感動を失い、「作らない」と決めた時期がありました。意図的にモノ作りから距離をおいて、自分を見つめ直そうとしたのです。それでもずっと「作らない」宣言をしていたわけではなく、安易に再開して再びスランプに陥ってしまったこともありました。海外の美術学校に入ってから「作れない」時期がありました。何を作っていいのかわからない、本当に自分がモノ作りをしたいのかわからない、という経験は彫刻家としては危機的状況でした。自分を失いつつあった時には散歩ばかりしていました。意図的に「作らない」と自然発生的に「作れない」、どちらも苦しいのです。創作活動に関わらない人にとっては、どうでもいいような拘りですが、人生の意義をそこに求める自分は「作れる」という現在を大切に生きたいと願うばかりです。
2011.01.20 Thursday
職場に行く時は、朝5時半に起きて、背広を着てネクタイを締め、いつも同じ時間帯のバスや電車に乗ります。帰りの時間はまちまちですが、どんなに職場で右往左往したことがあっても、帰路の途中で気分も落ち着いて自宅に辿り着きます。日常化したものがそこにあって気分的には楽だと思うことがあります。公務員の中の管理職という立場は、民間経営者とは違って、利益に絡まないところで人的な服務管理や施設管理をしているわけです。自分自身と向き合うことも多々ありますが、組織の中にいるため週末の創作活動のように常に自分自身と向き合っているわけではありません。公務員と彫刻家とではまるで異なる世界を持っていて、それだからこそ二束の草鞋と割り切れるのかもしれません。ただ、公務員の自分に通勤社会があるように、彫刻家としての自分にも時間的な制約を自ら与え、まるで職場に居るように創作活動を行えたらいいなぁと考えています。創作活動の日常化。公務員とは内容は違えども同じ時間帯に工房に出勤し、また退勤する習慣ができることを理想としています。
2011.01.19 Wednesday
職場から帰宅してから工房に出かける時があります。当然夜になっていて、植木畑に建っている工房の周囲は真っ暗です。懐中電灯で前を照らしながら、大きくなった植木の合間を縫って工房に辿り着くのです。工房に入ると、やはり倉庫として建てたものなので、ひんやりとした素っ気ない空間があるだけです。作業台や窯、無造作に置いた作りかけの作品。ガランとした空間には生活臭を拒絶する厳しさがあります。のんびりとお茶を飲むような余裕を与えてくれない雰囲気です。自宅とは正反対の異空間。自分はこれを求めて、こんな工房を建てたのだと自分に言い聞かせています。夜を通して制作をするには、あまりにも厳しい環境です。音響ではラジオだけが備えてあります。くつろぐところは自宅の生活空間、自分自身と向かい合うのは工房の制作空間、こんな使い分けをしているのです。工房にも一箇所くつろげる空間を作ったらどうかと家内に言われたことがあります。定年までは今のままでやっていくと答えました。工房にいる時間が少ないので、このままの状態でやっていきたいと思っています。