Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 創作姿勢を省みる
    何回かブログに書いてきたことですが、自分は決まった時間に彫刻等の作業を行うのを習慣としています。週末は必ず工房に行って、朝から夕方まで作業をしています。イメージが出てくるの待ったり、気が乗るのを待ったりしません。天才肌ではないと自覚しているのです。職人のように坦々と仕事をするのが、自分にとっては一番楽なのです。自分は一気呵成に創作に没頭することはありません。自分に課題を与えて、その中であれこれ悩んで作品を作り上げていきます。今は横浜市公務員との二束の草鞋ですが、退職後も勤めている現在と同じように、あたかも勤務時間があるかのように朝から作業を続けるだろうと思います。自分の創作姿勢を省みると、退職して時間が出来ても、そんな姿勢をずっと変わらず持ち続けているような気がしてなりません。それが自分らしさなのかもしれません。
    週末 陶彫の仕上げ
    先日まで工房にストーブが欠かせなかったのですが、季節は変わるものです。本当に過ごしやすくなりました。春が香る日曜日です。亡父の残してくれた植木畑にも様々な花が咲いています。工房では、新作「構築~瓦礫~」の陶彫2点の仕上げに入りました。新作がどういうものになるのか、イメージ通りになってくれるのか心配なところもありますが、これで決着をつけなければ、7月の個展に間に合わなくなります。ここにきて例年のように次の作品のイメージがぼんやり湧いてきました。自分はいつも新作が終わらないうちに、次の作品に気持ちが移行してしまいます。イメージと言っても、以前から温めていたカタチが見えてきたといったところでしょうか。「構築~瓦礫~」が決着したら、いくつかのイメージの具現化に向けて、併行して作品を作っていこうと考えています。先行きはともかく、今の作品の焼成での成功を祈るばかりです。
    週末 柱の炙り作業
    新作「構築~瓦礫~」のパーツである杉の柱8本を、バーナーで炙って炭化させる作業を行いました。野外工房が出来ているなら、こういう作業はそこでやりたいところでした。今日は工房の外の植木畑で作業をしました。日が照り付けて汗が身体から噴き出してきました。頭に巻いたバンダナも汗でびっしょりでした。気候が春めいて暖かくなりましたが、これからの彫刻の作業は汗をかきます。柱の半分程度を炙って、煤を金ダワシで落としました。いよいよ残り成形2点を仕上げて窯に入れると、「構築~瓦礫~」は完成になります。明日は成形の乾燥の具合を見て、仕上げに入りたいと思います。
    記憶の底から…
    昨日はエルンスト・バルラッハのことについてブログに書きました。今読んでいる「バルラッハの旅」(上野弘道著)で、自分の記憶の底に眠っていた滞欧生活のことが甦り、ウイーンの美術館にあったバルラッハの「復讐者」という作品が鮮やかに思い出されてきたのです。同じ美術館にグスタフ・クリムトやエゴン・シーレの絵画があった記憶があるので、きっとそれはベルベデーレ宮殿にある美術館だったのかもしれません。「復讐者」は着衣の人物が前向きの姿勢になり、着衣が風に靡いているような彫刻でした。人物の風を切る風体や衣類の鋭い面取りの感じが印象的な小品です。具象でありながら、何か抽象的な塊を感じさせる存在感がありました。ウイーンの冬の寒さが、「復讐者」によって記憶の底から甦り、自分が生育歴の環境によって身につけていた日本的な情緒など吹き飛ばされてしまうような堅牢な造形を感じずにはいられませんでした。ましてやバルラッハはウイーンよりさらに北方のドイツに生まれた彫刻家です。造形が風土と密接に関わっていることを改めて感じた彫刻作品でした。
    ドイツの近代彫刻家
    数年前、東京上野にある東京藝術大学美術館で、ドイツの近代彫刻家エルンスト・バルラッハの大掛かりな展覧会がありました。春爛漫の季節に美術館を訪れて、バルラッハを堪能したのですが、自分が初めてバルラッハの彫刻と対面したのは、1980年から85年まで滞欧していたウイーンの美術館で見た時に遡ります。真冬の寒々とした一室にバルラッハの小品があって、何回見ても心が引かれ、それでバルラッハの名前を覚えてしまったのでした。上野で見たバルラッハは、日本とヨーロッパの気候の違いのせいなのか、妙な気分になってバルラッハの彫刻と再会したのです。バルラッハは北方ヨーロッパが生んだ芸術家です。きりりとした造形感があって、日本の風土では理解できない精神性もあろうかと思います。一度ブログにもバルラッハのことを書いた記憶がありますが、コルヴィッツと並んで、自分にとっては滞欧生活の中で、忘れられない芸術家の一人なのです。