Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 冬ざれの公園で…
    昼の時間帯に横浜市港南区の公園に立ち寄り、しばし時を忘れベンチにいました。読書をしていたら寒くなってしまいましたが、周囲の枯れた木々を見ながら、よい時間を過ごすことができました。読んでいる書物はドイツ表現主義に関するもので、この季節にぴったりです。横浜は晴れた日が多く、また乾燥していて散歩には最適です。また仕事の合間という時間帯が何か贅沢な感じがしました。このくらいの体感温度で過ごす公園は、昔住んだウィーンでよく散歩した公園を思い出します。当時は時間がいっぱいあって、何をしていいのかわからず情緒不安定でした。現在は時間に追われ、やりたいことが山ほどあるのに思うように出来ません。すべてが満たされた人生は未だやってきません。書物の文字を拾い読みながら、こんなことを考えていたひと時でした。                            Yutaka Aihara.com
    Stollenの美味しさ実感
    昨年のブログに「嗜好品ないものねだり」(06.8.5)という文章があります。海外から帰ってきた当時から、海外で食べていたものが懐かしくなり、それを求めている話です。その中でStollen(シュトレン)のことを書いています。シュトレンとはクリスマスの時期に売り出される木の実やドライフルーツの入ったパンのことで、白い粉砂糖がまぶしてあります。店によっては酒に漬けたフルーツが入っていたり、シナモンが入っていたりします。パンは固く、どっしりとした重みがあります。それを薄く切って食べます。今日は制作を早めに打ち切り、このシュトレンを買いに川崎市麻生区新百合ヶ丘にある「リリエンベルグ」というウィーン菓子専門店に出かけました。日本では高価なパンで、しかも中に入っている木の実やフルーツが厳選されていて、とても美味しいのです。海外ではもっとクセのある味がしたのですが、日本人パテイシエの力量には驚くばかりです。
    あっという間に時間が過ぎて…
    また週末がやってきて制作に集中しています。どうしてこんなに時間が経つのが早いのか、制作しているとあっという間に時間が過ぎていきます。ついこの前は汗をかきながら柱を彫っていたというのに、季節は夏から秋を経て冬に変わっています。ここまで一体どれだけの思考をし、作業をこなしてきたのだろうと振り返ると牛歩の如く進まない仕事ぶりに苛立つこともあります。この最終段階を迎える時が結構つらいのです。作品に意味を感じなくなったり、すべてを壊してやり直したくなったりします。「RECORD」も毎日まとめすぎる嫌いがあるのではないかと思いを巡らせています。坦々とした作業によって出来たものに退屈を覚えることもあります。気分転換をした方がいいかもしれないと思いつつ、完成まで余裕なく組まれたスケジュールを見ています。                          Yutaka Aihara.com
    ゴーギャンの木版画
    自分が中学生の頃に親しんだゴッホよりだいぶ遅れて、ゴーギャンを理解したのは高校時代でした。ゴッホとゴーギャンの同居は有名な話ですが、自分が作品を理解した過程からすると、キュービズム時代のピカソがアフリカの仮面から発想を得たことと前後して、タヒチで平面性をもった絵画を描いていたゴーギャンにようやく辿りついた感じでした。ゴーギャンもピカソ同様原始的なモチーフを扱っていたことが興味を感じた理由です。ゴーギャンにはその頃作られた木版画があって、それが何とも新鮮に見えました。彫り跡を大胆に残した木版画は、命の逞しさを謳いあげているようで、また原始的な宗教性も感じられて印象的でした。それがいづれドイツ表現派の木版画に興味を移す契機になるのかなと自分なりに自分の絵画学習史を考えてみました。Yutaka Aihara.com
    見慣れたゴッホの絵
    中学時代に知ったゴッホの絵画。うねるようなタッチに魅了され、それを真似ると劇画のようになってしまい、私はついぞ自分の絵が気に入ることはありませんでした。それでもゴッホの骨太のデッサンが大好きでした。高校に入って油絵を描き始めた頃には、私はもうゴッホを卒業していましたが、フォーヴィズムやキュービズムや表現派に心酔していても、ゴッホには親近感を持っていました。20代後半ヨーロッパに暮らすようになって、アムステルダムにあるゴッホ美術館に行ってきました。昔慣れ親しんだ絵画やデッサンの数々を見て、懐かしい人に会えたような気がしました。自分の精神状態がまだ幼かった頃の香りがしました。ゴッホの絵画史に残る斬新な表現や精神性の深さは知識として、また感覚としてわかっていても、自分の辿った美術の道と照らし合わせると、自分の拙い中学時代が甦ってくるようでした。Yutaka Aihara.com