2010.01.22 Friday
月曜日になると、夜の明けぬ朝6時に家を出て出勤していきます。これから5日間は公務員としての仕事があると思うと、何とも言えない気持ちになります。多忙極まりない職場のためか5日間は、あっという間に過ぎていきます。朝早く起床して出勤することが大きな仕事で、職場に入ってしまうと、何が何でも仕事をしなくてはならない環境に身を投じてしまうので、自分を振り返ることもなく時間が過ぎてしまうのです。この5日間を長いと見るか短いと見るか金曜日になるとつい考えます。実は週末もあっという間に過ぎてしまいます。だからこそ明日から創作活動ができるとウキウキしている金曜日の夜が一番楽しい瞬間なのだと思います。のんびり休息することは今は要りません。ちょっと楽しいと思える瞬間があれば満足です。ウイークディの5日間はそういう瞬間が残念ながらやってきません。いつも月曜日になると何とも言えない気持ちになるのは、金曜日のようなウキウキ感が見つからないからです。暦通りの仕事に従事しているほとんど全員がそうかもしれませんが、ウイークディにウキウキ感を持てるような意識改革が出来るといいなぁと感じます。
2010.01.21 Thursday
20世紀アメリカで活躍した女流彫刻家ルイーズ・ニーヴェルスンをどこで知ったのかよく覚えていませんが、それほど昔ではないような気がします。自分が大学で彫刻を学んでいた頃、ギャラリーせいほうが「現代彫刻」という雑誌を発行していて、自分は定期購読をしていました。その雑誌にニーヴェルスンの作品が載っていて、それを見て衝撃を受けたことは今でもよく覚えています。あるいはその時が初めて見たのかもしれません。縁あってギャラリーせいほうで、ここ数年自分の個展を企画していただいています。ニーヴェルスンの実際の作品に出会ったのは、千葉県にある川村記念美術館に行った時です。それは黒い祭壇のようでもあり、棺が並んでいるようにも見えました。木の廃材を寄せ集め、それらを箱の中に押し詰めて、全体を黒で塗装する作風は、木材の材質感を別のものに変容させてしまいます。ニーヴェルスンの彫刻は異様な世界を創出し、その存在感は圧倒的です。自分の陶彫が黒を基調としているのもニーヴェルスンの影響があると思っています。自分の脳裏のどこかにニーヴェルスンの黒い箱が潜んでいるのです。
2010.01.20 Wednesday
高校時代、美大受験のため通っていた予備校で、スイス人造形作家マックス・ビルの作品を知りました。自分はその頃、大学で工業デザインを学びたくて、受験用のデッサンや構成の勉強をしていました。バウハウスやその思想を継承したウルム造形大学を知ったのもその頃です。昨日、モンドリアンの幾何学的抽象絵画についてブログに書きましたが、その先端たるマックス・ビルのことを思い出し、今日のブログに書いている次第です。マックス・ビルは数学的な造形思考を推進したマルチアーティストで、彫刻作品は箱根の彫刻の森美術館で見ることができます。それは石の角柱を組み合わせた巨大な作品で、野外の木々の間に置かれています。感情的表現を一切排除した作品は、自然の中で人間の理知を主張しているかのようです。マックス・ビルの仕事で知名度が高いのは時計のデザインです。簡潔で機能性を重視したデザインは現在でも古びることがありません。「我々は今、原点にもどり、創作による機能を追究するのだ。」というマックス・ビルの言葉通り、彼は必要最小限のデザインの製品化を実践したのです。
2010.01.19 Tuesday
オランダ人画家ピエト・モンドリアンの絵画との出会いは、中高生の頃に美術の教科書に掲載されていた図版です。たしかカンディンスキーが「熱い抽象」、モンドリアンが「冷たい抽象」との記述がありました。そこには木の枝を描いたモンドリアンの絵画がしだいに時と共に抽象化をしていって、最後に太く黒い直線と三原色による単純な幾何学的抽象絵画になるまでの過程が載っていました。同じオランダ出身のファン・ゴッホが、モンドリアン18歳の時に若くして悲劇的な死を迎えたことを考えると、近代を代表するゴッホと現代の象徴のようなモンドリアンに、たいして世代の違いがないことにちょっとした違和感を覚えます。モンドリアンはピカソの10歳年上と考えると、モンドリアンの革新さは一層光ります。モンドリアンは当時の立体派ではなく、完全に絵画的空間を壊そうとした言わば前衛だったように思います。大学時代に版画雑誌でモンドリアンの「ブロードウェイ・ブギウギ」を知りました。そこには黒い線はなく、小さな色とりどりの矩形が並んでいました。そのグラフィック的な表現は、絵画とデザインのボーダレスの時代を生み、芸術が建築の世界にも広がる契機を作ったと思っています。モンドリアンの矩形の美は、永い追求の果てに見出されたもので、それ故画面に配置された複数の矩形の絶妙なバランスに魅せられてしまうのではないかと思います。
2010.01.18 Monday
「ノグチは陶器を彫刻として焼いている。すくなくとも彫刻家でなければ興味をもたない仕方で焼いているといってよいだろう。もちろん西洋流にいえばテラコッタ彫刻の伝統があって、そこから彼は一跨ぎで日本の陶器の世界にはいってきているのである。だからこれらの作品の多くが、生地をいかした焼き方であるのも自然である。ところが日本人のいまの概念からすれば、陶器は焼成技術による色彩と質感の洗練とともに形態も完成の域に達して、ほとんど固定してしまっているし、彫刻もまた東洋的なものであれ西洋的なものであれ、様式としては固定してしまっているといってよい。要するにジャンルとして発達し独立してしまった両者の正統的な立場からすれば、ノグチの作品は陶器でもなく彫刻でもないという不安定な状況に見えるかも知れないのである。」(「瀧口修造全集2」より)自分が彫刻の一素材として取りあげた陶による造形は、京都の走泥社より遡って、イサム・ノグチによって初めて表現されたものであることが上記の評論で知ることが出来ました。ノグチは埴輪を発想の源として、数々の陶彫を作り、独立して固定してしまった2つの領域に革新を与えたと自分には思えます。