Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 農耕タイプの生活
    現在の自分の生活は横浜市公務員としての勤務が中心となっています。創作活動はもっぱら週末で、限りある時間の中で集中して発想を巡らせ、素材に向う作業をやっています。10年も経たないうちに定年を迎えると、きっと自分は創作活動一本になります。その時のスローな生活がどんな展開を見せるか自分には実感がありません。かつてブログにも書いた記憶がありますが、自分は多忙な中で創作を続けてきました。忙しいからこそ多面的な仕事もこなせると感じています。自分は朝から晩まで決まった時間の中で何かをやることが好きなタイプです。たまに変化を求めますが、ほとんど習慣化した中で創作をもやっていける性格です。いわば農耕タイプなのかもしれません。きっと定年を迎える時には、創作活動と併行してスポーツやボランティアをやって、きっと自分なりにリズムを作って多忙さを保ち続けるのではないかと想像しています。                       Yutaka Aihara.com
    「瀧口修造」の周辺
    以前読んだ白倉敬彦著「夢の漂流物」(みすず書房)や現在通勤中に読んでいる巖谷國士著「封印された星」(平凡社)に登場する瀧口修造という人はどんな人だったのか、美術家とのつきあいが多かった故人だけに、その周辺から発せられるエッセイで偉業を知ることができます。瀧口修造はシュールレアリスムの詩人で、ジョアン・ミロやアンドレ・ブルトンとの交流があった人くらいしか自分は理解していませんでした。当時、知り合いたくても、自分が幼すぎて、縁に恵まれなかったと感じています。周辺の作家や美術家の書いたもので瀧口修造の仕事を推し量り、いずれ全集を読もうと決めています。あと10数年早く生まれていたなら…と思うこともありますが、本人でなくても残された詩や評論や作品を通して、その人に近づくことはできるのではないかと思います。瀧口修造は気になる巨匠のひとりです。     Yutaka Aihara.com
    個展用図録の見本
    7月20日から開催するギャラリーせいほうでの個展。今年の個展用図録が出来上がってきました。自分にとっては4冊目の図録になります。一番気に入っているところは表紙です。自分が描いたラフスケッチをもとにカメラマンが映像を合成し、陶彫と木彫を組み合わせた表紙に仕上げてくれました。2点の異なる作品を組み合わせて表紙に使ったのは初めてです。作品が持っている色彩が暗いため図録も渋い色調になりました。陶彫は黒陶に近い色が焼成で出てしまい、また木彫は柱の下半分を炙って炭化させているために、作品は明度の落ちた暗い印象になります。ただ黒っぽい中に微妙な色調もあるので、それを捉えて図録に変化をつけています。これはもうひとえにカメラマンの努力によるものと思っています。図録の文章は今回書きおろしではなく、このブログから引用しています。今年の個展に関わるところを3日分採用しました。図録は個展会場で配布いたします。           Yutaka Aihara.com
    「死と生の遊び」を読んで
    表題は酒井健著「死と生の遊び〜縄文からクレーまで〜」(魁星出版)で、書店で本の中を捲ると自分の好きな作品ばかり集めた評論集だったので、早速購入しました。扱っている作品は絵画や建築や工芸など多岐にわたっています。それら作品を貫くものが全ての作品にある「死」の存在。それ故「生」が際立つことを論じています。自分の中には無かった死生観ですが、論じられている作品が自分の傾倒する分野と一致するのは単なる趣味の一致ではないような気がしています。自分の心の奥底にもそうした闇があるのかもしれません。自分はまだ頭で解っていても、感覚がそこまで到達し得ないのではないかと考えます。近代西洋から渡来した啓蒙思想が近代日本にも浸透し、自分もそうしたモラルを教育された一人として、その範疇を超えない生き方が身についていて、自分の中に眠る不可思議な憧れに似た何かに近づくことが出来ないと感じる時があります。あるいは、創作行為によってその何かが解き放たれる時を待ち望んでいるのかもしれません。そんな思いに掻き立てられた一冊でした。                      Yutaka Aihara.com
    「ゲルニカ」を考える
    通勤の車内で読んでいる美術評論集にピカソの「ゲルニカ」に関するこんな記述がありました。「ロルカ(スペインの劇作家・詩人)がもしもあと数年生きていたならば、[ゲルニカ]を「死の国」への哀歌として公表したピカソに対し、どのような思いを持っただろうか。とりわけ、絶叫の光景を見入る雄牛の姿をどう思っただろうか。めざとくそこに欺瞞を見出したにちがいない。国外で正義の人として活躍する強かさの裏に、道徳上の不安を解消し英雄的な画家として生き延びてゆきたいとするピカソの弱さがあることを見てとったにちがいない。(略)」(酒井健著「死と生の遊び」より)自分が「ゲルニカ」に感じていた単純な感想とは違い、こんなふうな洞察があるんだと思い知り、歴史が認めた偉大な絵画が描かれた背景や画家の置かれた社会環境などを調べると、幅のある解釈が成り立つことに驚いています。そこにこうした評論の面白さがあると言えます。              Yutaka Aihara.com