2009.11.23 Monday
昨日、身体を冷やしてしまった影響からか今日は体調が優れず、だるい状態が続きました。それでも午前中2時間陶彫の修整をやって、昼ごろ職場に出かけて、先週金曜日の終日出張のため出来なかった仕事を片付けてきました。2時間くらい職場にいて、午後工房に戻ってきました。また2時間作業をしていたところで、どうにもだるさが取れず、これは寒さ対策をしなければならないと考えました。今日は晴天で工房内の温度はさほど厳しくはなかったのですが、寒くなるたびに体調を崩していては仕事が進まないと思ったのです。家内を誘って近くの家電量販店に行きました。業務用のストーブはなかったものの24畳対応の大きな暖房機を見つけました。こんな大きなものを買う人がいるのかどうか、ともあれ在庫は無いというので、店に出ていた展示用のものを買いたいと申し出ました。つや消しの黒いファンヒーターで「アンティック」と書いてあるのが気に入りました。たしかに懐古趣味なデザインです。自分は自家用車もクラシックなデザインが好きなので、これは巡り合せのようなものです。車に乗せるのに苦労して、すぐ工房に持って行きました。これで充分とは思えませんが、来週末に試してみたいと思います。
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2009.11.22 Sunday
陶彫の制作をやっている工房は、農業用倉庫として建てたもので、内装がありません。断熱材もなければ天井板もありません。真夏は空調設備がないことで、汗の滴る環境に根を上げましたが、今日は寒さに身が縮む思いをしました。着込んでも寒さは改善されず、どうやら身体全体を冷やしてしまったようです。身体の動きが緩慢になり、頭がボーとしてきました。これはまずいと思って、自宅にある家庭用の石油ストーブを持ち込んだのですが、広い空間を暖めることにはなりませんでした。今日は真冬の寒さで、こんな時に寒さ対策をどうするか、業務用のストーブが必要になるのかを考えたいところです。これだけ遮るものがないと熱効率は極めて悪く、費用もかかりそうです。明日はまたいっぱい着込んで工房に出かけたいと思います。陶彫は水を使うので手も悴んできます。倉庫として建てたことで、予めわかっていたことですが、なかなか厳しいことがあります。昨日はあんなにいい環境と思っていたのに…。
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2009.11.21 Saturday
今日から三連休です。月曜日はちょっと職場に顔を出さなければなりませんが、ともかく制作三昧の三連休がやってきました。今日は晴天で、工房の周囲にある木々は紅葉していて、青空に深紅や黄色の葉が映えていました。快い環境の中で、制作が出来る幸せを感じています。自分にとって今は時間が貴重です。公務に追われる日常を離れて、自分がやりたいことをやれる時間が何より大切なのです。自分は作っている時間が大好きです。彫刻家としては、あたりまえのことですが、制作に打ち込む基本的な姿勢を忘れてはならないと思います。でも自分は忘れるも何も好きなことがやれる時間を精一杯生きているわけですから、これは一生やっていける自信があります。タタラをもとに陶土を立ち上げて成形する工程は、造形的な意味で一番面白い仕事です。そこから仕上げていく仕事は言わば職人的な仕事で、別の心地よさがあります。「構築〜瓦礫〜」の瓦礫の部分は10点ほど成形が終わっています。工房のテーブルでは狭くなり、明日は成形された作品群をコンクリート床に板木を敷いて置こうと考えています。
2009.11.20 Friday
今日、神奈川県公務員の管理職研修がありました。横浜から座間に出向き、終日職場を離れて研修に参加させていただきました。午前中は講演会がありましたが、職場とはまるで関係ないと思われた講演が、大きな視野で捉えれば、決して無関係ではないことに気付きました。講演では、人類学者が人類の進化を現在の調査を踏まえて、わかりやすく解説してくれました。猿人→原人→旧人→新人に至る進化は、様々な環境の下で枝分かれし、数々の種が誕生して、食物資源をめぐって競合し、大部分は絶滅し、現在では我々ホモ・サピエンスだけが生存しているというものでした。人類の辿ってきた壮大なドラマに、しばし仕事を忘れて聞き入りました。骨の変遷史という視点では、現在の若者は顎の骨が退化しているらしく、これは日頃の食生活が大いに影響をしているようです。そういえば、自分の滞欧中に食べていたバゲットや黒パンは顎が疲れるほど硬くて噛み砕いて空腹を満たしていたように記憶しています。帰国して感じたのは、日本の食物の柔らかさと口あたりの良さでした。これが顎を退化させ、それが原因となって起こる障害もあると聞き及びました。大きな視点から捉えた人類の未来像。そんなことを考えながら過ごした一日でした。
2009.11.19 Thursday
「瀧口修造全集」を相変わらず読んでいます。瀧口修造は詩人と認識して久しかった自分には、全集に掲載されていた自己を振り返る文章の中で、詩集を一冊も出版していない詩人だと自身を語っていられるのを読んで、職業人としての詩人とはどういう存在なのだろうと思ってしまいました。詩を作る人が即ち詩人です。ただ詩らしきものを作る人は大勢いて、自分もその真似事くらいはやっていると自負しています。詩らしきものが巧いか下手かは別として、コトバとコトバを繋いで、そこにイメージを作り出す作業は、義務教育で習う程度の語彙があれば誰にも出来るのではないかと思うのです。コトバの組み合わせ次第で、不思議な雰囲気や不可視な世界が出現したり、それが自分の求める座右の銘になってしまったりすることだってあると思います。そうしたコトバを媒体にした心象を作り出す人が詩人で、詩を生業にしているならば職業人としての詩人なのかもしれません。ただし、職業的詩人であろうとなかろうと、詩という分野は自分にとって精神の栄養であり、感情や感性の襞に触れる表現であるため、自分がよりよく生きるために必要なものだと感じています。
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