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  • 12月のRECORD
    一日1枚のノルマを自分に課して、ポストカード大の平面作品を作っているRECORDも、今シーズン最後の1ヶ月となりました。RECORD3年目の締めくくりになります。現在1000点を超える作品が手許にあります。今月は前にやっていた縦縞のパターンを少し変えてやってみることにしました。どうしてももう一度スプライトに戻ってみたかったのです。今シーズンのRECORDはパターンの繰り返しをベースにして、それを少しずつ変化させて作品化するものです。ちょうどデザインの基礎トレーニングのようなもので、確かバウハウスのカリキュラムにあったと記憶しています。今シーズンは色彩を多用しました。自分には苦手意識の強かった色彩を、もう一度捉え直して自分なりの色彩感覚を身に付けたいと願っていました。そのおかげか生活雑貨や街で見かけるモノに色彩を感じるようになり、色彩の組み合わせの妙を知らずに学んでいたように思えます。
    「権鎮圭」の彫刻展
    先日「河口龍夫展」に行った際、もうひとつ注目している展覧会が「河口龍夫展」と同じ東京国立近代美術館で開催されているので、併せて見て来ました。それは「権鎮圭展」。韓国籍で日本に留学して彫刻家としてスタートした権鎮圭は、具象彫刻から抽象レリーフまで幅広く制作し、晩年は韓国で活躍していたようです。51歳で自ら命を絶ったこと、時代は違うけれど、自分と同じ学校の彫刻科に学んでいたこと等、作品以外のところで注目をしていました。しかし、実際の作品では人物塑造が気にかかり、その構築性のあるリアリズムに感銘しました。自分を振り返れば、自分は彫刻科で人物塑造しかやらず、ひとつを深めれば、全てに通じると信じて疑いませんでした。権鎮圭の彫刻を見ていると、世代は代わっても脈々と繋がるリアリズムの世界があって、当時自分が無心に取り組んでいた彫刻という表現の何たるかを思い出していました。自分にとって基礎基本はここにあるという認識を持ちました。現代アート、空間造形、インスタレーション等が氾濫する中、粘土で彫刻を作るというアカデミックともいえる表現が、新鮮さをもって自分の前に忽然と現れたという感じでした。
    今年を締めくくる1ヶ月
    12月になりました。毎年多忙な1ヶ月とブログに書いていますが、今年も同じです。新作の「構築〜瓦礫」の完成が見えないので、例年より厳しい感じを持っています。唯一強みなのは自分の工房が出来て、いつでも時間を気にせず作れる環境があるということです。逆に弱みはウイークディの仕事が例年になく多忙を極めていることです。さて、この1ヶ月をどう過ごすのか、どこまで新作が出来るのか、今は見通しすらありません。休庁期間に入っても工房では作業を続けているでしょうし、正月も作業をしているかもしれません。少しばかり常軌を逸した計画が脳裏を過ります。つまり休庁期間が制作に精を出せる最高の期間なのではないかと思えるのです。この期間に本も読みたいのです。夏にアンドレ・ブルトン、冬に瀧口修造。シュルレアリスムを極めた洋の東西の文筆家。制作による体感的な充足感と、読書による精神的な満足感があって、ようやく今年の締めくくりになるように思えます。RECORDも今年のシリーズの最後になります。例年のように、いや例年以上にしっかり締めくくって来年に繋げたいと考えています。
    「河口龍夫 言葉・時間・生命」展
    昨日、陶彫成形に躓いたことで、気分転換に昼頃から東京の美術館に出かけました。横浜の美術館に勤めている知人からチケットを頂いているので、タイミングとしては良かったと思います。出かけたのは東京国立近代美術館で開催中の「河口龍夫展」。「言葉・時間・生命」と副題がついていて、現代美術の旗手のまとまった展示が見られることを期待して出かけました。内容は期待通りなかなか面白く、モノとモノとの関係、モノとヒトとの関係を問うものが様々な媒体を通して提示されていて刺激を受けました。難解のようでいて、よく考えるとこれほどわかりやすいものはないと思いました。電気を使った「関係ーエネルギー」が見えるモノと見えないモノの関係性を浮き彫りにしていて見応えがありました。自分の素材の好みから言えば「関係ー種子、土、水、空気」に感受させられるものがありました。特に鉛はその不透明性ゆえに面白い素材だなぁと感じました。鉛で種子を包んで封じ込める手法は、もっと多義にわたって応用できるように思えます。現代美術は視覚的に、または体験することによって感覚に訴えてくる哲学だと考えますが、作者の伝達センスによって、どうにでも変わるように思います。現代美術の面白さは、あるいはそこにあるのかもしれません。           Yutaka Aihara.com
    陶彫パーツ やり直し
    今朝6時に工房に入りました。昨日から懸念している陶彫のパーツで、木彫の柱を支える土台になるものを作ってみました。2時間半かけて最初のイメージ通りのものをやってみましたが、これで木彫の柱が倒れずに保てるのかどうか不安が残りました。柱には角度がついています。その柱と土台の陶彫はボルトナットで留める計画ですが、土台の陶彫のパーツが少し頼りないのではないかと感じました。土台をもっと広げなければならないように思えました。柱は全部で8本。それが円錐状に中央に向って立ち上がるのです。頂点は1点に交わることはないものの1本1本の角度が正確になるように予め手製定規を用意しました。結局、2時間半かけて作ったパーツは潰す決断をしました。成形段階で潰すのは久しぶりです。乾燥や焼成によって割れて使えなくなったケースはかなりあります。この段階で使った陶土を再生に回すのは、ある意味では無駄が出なくていいのですが、制作の疲労は残りました。「徒労に終わった…」と家内に愚痴ったら、「無駄ではない。これがなかったら、次に繋がらない」と言われました。その通り。午後はどうしても意欲が湧かず、美術館巡りをすることにしました。時は待たないのを知りつつ、今日のところは仕方ないと思うようにしました。