Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 週末のひとりごと
    週末で時間があるというのに制作は思うように進まず、ボランティアの子が土錬機を動かしている間中、自分はウロウロしてしまいました。RECORDをやってみたもののやはり乗らず、結局木彫の仕上げ彫りは出来ませんでした。10月も半ばになり工房内が涼しかったせいか疲れが出たのかもしれません。それでも工房内で過ごす時間は珠玉の時間です。FMラジオから流れる音楽を聴きながら、ぼんやりしているのもいいものです。公務員を退職したら、ずっとこういうふうに過ごすのかなと思っていますが、まだ実感は沸きません。ずっと工房にいるのなら、長椅子があった方がいいかな、作品棚はもっと必要かな、書棚もあった方がいいかな、簡単な料理ができるようにすればもっといいかな、などなど頭の中で想像が膨らみ、ひとりごとを呟きました。でも場所は農業用倉庫として建てたものなので、とてもカッコいい空間にはなりません。なんだか中途半端に過ごした時間が嫌になって、夕方近隣のスポーツクラブへ行って、ひたすら泳いできました。緩んだ気持ちを吹っ切って明日の制作に臨みたいと思います。            Yutaka Aihara.com
    芸術家宅を訪ねる随想
    「瀧口修造全集1」に収められている「ヨーロッパ紀行」の中に、ダリを訪ねた時の随想が載っています。アトリエの中の描写やダリの人柄に、ほんの少しばかり親近感が持てるような気になります。スペインの海辺のアトリエは理想的な環境だろうと思いつつ、大きなカンバスが立てかけてある部屋の様子から言えば、日々制作に励む日常が垣間見えます。「見えない彫刻」の著者飯田善國も同書の中で、ココシュカを訪ねた時の随想を載せています。ダリやココシュカのように美術史に名を刻んだ巨匠を訪ねた時の印象は、一生忘れない思い出でしょうし、何かに留めておきたい気持ちが湧くのではないかと思います。自分もウィーン国立美術アカデミーに在籍していた20代に、同校でマイスタークラスを持っていた画家フンデルトワッサーに会って話をしたことがあるのです。内容はよく覚えていませんが、「色彩が欲しい」と私の版画作品を見て言っていたことだけは記憶にあります。もっとゆっくり話せばよかったと今では後悔していますが、当時自分はまだ20代で、会えただけで有頂天になってしまったようです。それだけに芸術家の自宅やアトリエを訪ねた随想を見つけると、ともかく読んでみて、自分なりにあれこれイメージしてしまうのです。
    蓄積という安心を得る
    自分が制作に没頭できるのは週末だけです。それこそ週末は朝から晩まで作業に打ち込んでいます。ウイークディは横浜市公務員という身分なので、制作に没頭はできません。その代わり、僅かの時間でも制作を続けるという自分に課したノルマがあって、小さな平面作品を毎日作っています。このブログも同じです。心が浮き足立って楽しい時もあれば、仕事に疲れて制作なんてやっている場合じゃない時もあります。それでもそこだけは自分に厳しく、制作が乗ろうが乗るまいが継続あるのみです。一日のうち多少でも創作活動に関われば、ずっと先になって後悔することはないと思うからです。以前のブログにも書いた記憶がありますが、これは塵も積もれば山になる例え通り、蓄積していく創作活動です。蓄積によって心の平穏を保ち、安心を得ることにも繋がっていきます。この塵のような蓄積はRECORDというタイトルでホームページにアップしているので、発表する場所があります。不特定多数の人に見られるという意識が、自分にとって大変プラスです。毎日作って、インターネットに乗せる、この方法により塵のひとつひとつが意味のある塵になっていくと思っています。                Yutaka Aihara.com
    ひらがなの詩
    ホームページを持つようになって、アップした画像の合間にコトバを書いています。学生の頃から詩が大好きで、自宅の書棚には今も学生時代に集めた詩集が眠っています。埃を叩いて、たまに頁をめくって、今の気持ちに合ったコトバを探します。書店の立ち読みでも同じで、コトバが気持ちに寄り添ってくると、つい購入したくなります。学生時代のバイト代のいくらかはそれに費やしています。ひらがなだけで書かれた詩集にコトバの面白さを感じる時があります。ひらがなや漢字やカタカナが共存している日本語に慣れた眼には、ひらがなだけのコトバが飛び込んできて、意味が瞬時に掴めないもどかしい面白さがあるのです。ひらがなだけで辿る日本語は不思議な感覚に襲われます。じっくりと、そしてフワフワと、心に直に響くように入ってくるのです。「ひとりでるすばんをしていたひるま きゅうにはだかになりたくなった あたまからふくをぬいで したぎもぬいでぱんてぃもぬいで くつしたもぬいだ よるおふろにはいるときとぜんぜんちがう すごくむねがどきどきして…」(「はだか」谷川俊太郎)幼くて乾いたエロティシズムを感じる詩です。自分は今やひらがなの持つ不思議な魅力に憑かれつつあります。
    「起源」HPギャラリーにアップ
    今年の7月の個展に発表した「構築〜起源〜」がホームページのギャラリー・ページにアップしました。ちょっとフランスあたりの白黒映画のような、またはアンティックショップで売っているような写真に仕上げてあります。抽象形態でまとめた彫刻作品が、詩情を醸し出しているミスマッチが何とも愉快です。これがヨーロッパの街角で人物や背景を捉えた写真であれば、ごく普通の写真になってしまいますが、被写体が抽象彫刻というのが面白いのです。ずっと自分の作品を撮り続けているカメラマンの遊び心によるもので、毎回こんな演出を考えてくれています。自分のホームページにあるギャラリー・ページは、作品を作る自分と、それを演出するスタッフ(カメラマンやHPアートディレクター)の協働によるもので、自分としては大歓迎なのです。自分は彫刻を見る一方的な眼しか持てず、そこに映像という別な眼が加わることで、自分の気づかない世界を知ることができるからです。これは自分にとって大変幸運なことで、彫刻家とカメラマンのコラボレーションをいつもホームページ上でやっていることになり、日々の制作とは別の世界が生まれていると言っても過言ではありません。なお、自分のホームページはこの文章の最後にあるアドレスをクリックしていただけると入れます。ホームページに入ったらGALLERYのページをクリックしてください。ご高覧いただけると幸いです。                  Yutaka Aihara.com