2009.09.14 Monday
スポーツではオリンピックやワールドカップ等で心が高揚し、選手の輝く一瞬を感じ取って、自分も爽やかな気分になります。でも今日ほどの気分は今までにありません。米メジャーリーグでイチローが打ち立てた9年連続200本安打という途方も無い記録に感動を覚えたからです。自分は一生続けていくであろう創作活動でも一気呵成はなく、常日頃からコツコツ制作に励むことを信条にしてやってきました。一歩一歩が自分にとって大切なのです。休まず焦らず力まず、そして楽しみながら…これはその活動が本当に好きでなければできないことです。身体的にも精神的にも長く続けていくには紆余曲折があります。気力が萎えてしまうことがあるかもしれません。持続する力はどこから芽生えてくるのでしょうか。自分はいくつになっても不惑の歳がやってきませんが、諦めないで続けることの素晴らしさを、今日イチローが教えてくれたことは確かです。勇気をもらいました。
2009.09.13 Sunday
倉庫の片づけが一段落し、ついにと言うべきか、ようやくと言うべきか、新作に取りかかることになりました。前のブログに書いた陶彫の瓦礫の山から突き出ている数本の柱。まず、杉材の柱を購入してきました。節や裂け目の多い間伐材です。「構築〜起源〜」で使った柱より、やや太いものを選び、長さを1500mmにしたので、がっしりした印象です。先端はかなり細くする予定です。題名を「構築〜瓦礫〜A」にしました。AがあるのだからBもあるのかと問われれば、その通りBもあります。構想の上ではAB一対になるのがいいのですが、表現の上からは「構築〜包囲〜」と「構築〜瓦礫〜A」が対応し、「構築〜解放〜」と「構築〜瓦礫〜B」が同じように対応する形態になります。来年の「構築シリーズ」では「包囲」と「瓦礫A」を発表し、再来年の「構築シリーズ・2」では「解放」と「瓦礫B」を発表するつもりでいます。ともかく例年よりかなり遅く新作のスタートを切りました。また適度に緊張が続く毎日になります。
2009.09.12 Saturday
自分の作品をずっと撮りつづけている2人のカメラマンが自宅に来ました。完成した倉庫を見せた後、いつものように楽しい会話になりました。彼らは今年の個展に出品した「構築〜起源〜」「発掘〜赤壁〜」の写真ファイルを届けに来てくれたのです。いつも写真をアレンジしてファイルにしていて、これは図録とは別の世界が広がっています。写真の持つ独特な陰影の世界が自分にとっては大変刺激的で、いつもながら写真の魔術に魅了されてしまいます。彫刻ではありえない自由な発想・構成があって、作品がデザイン化していく過程を見ることになると言っても過言ではありません。素材と格闘している自分には、ふいをつかれるような気分です。その演出の楽しさがいいのです。写真の持つ遊戯性と言うべきか、遊び心いっぱいの作品写真をもっと見たいと思ったひと時でした。
Yutaka Aihara.com
2009.09.11 Friday
何年か前に横浜市民ギャラリーに作品を並べていた時、ひとりの鑑賞者から「これはテロに対する抗議か?」と聞かれたことがあります。爆風で半分壊れたような陶彫による都市は、あるいはそんな捉え方ができるのかもしれません。9月11日になると、そんな一言が頭を掠めます。もちろん自分の作品は政治や社会性をテーマにして作っているわけではありません。ただし、発想はどうであれ、観る人がそう感じ取ってもらえるならそれで構わないと思います。自分が思いもよらなかったことを感想として言ってもらえる事があります。驚きとともに嬉しく感じることがあります。様々な解釈が可能な作品であればこそ、観る人が自由に想像してくれるのだと思っているからです。作品に説明の要素はいらないというのが自論です。それは抽象に限らず、やや具象傾向であっても、多様な解釈ができるものがいいと自分では思い込んでいるのです。嬉しいのは自分の作品に上手下手というテクニックに関する感想はなく、これはこんなものを表現したのではないかと同意を求められることです。そうだそうだと否定しないでいると、本当のところはどうなのさと詰め寄られます。作品が醸し出す多様性。これが自分の作品の命です。
2009.09.10 Thursday
去年の今頃は何をしていたのか、2008年のブログを開けてみると、眠さに誘われてどうしようもないようなことが書いてありました。さらに2007年のブログはどうか、ここにも頑張らないでやっていこうというようなことが書いてありました。最近は眠くて仕方がないので、過去のちょうど今頃はどんな思いでいたのか、ひょっとして果敢に創作に立ち向かっていたのではないか、そうなれば今の自分を叱咤して頑張らねば…と思っていたのですが、2年前も昨年も似たり寄ったりで拍子抜けしてしまいました。空気が澄んでくる秋はやはり眠くて、今ひとつ盛り上がれず、何だかホッとしたような気分です。ただし、ここ数年と今年が異なることは、未だにまだ思い切った作品が作れずにいることです。これは由々しき事態です。そうは言っても眠い時は眠いので、蕩けていく意識と葛藤しながら毎日を過ごしています。
Yutaka Aihara.com