Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 「彫刻の呼び声」を読んで…
    表題は峯村敏明著「彫刻の呼び声」(水声社)で、銀色一色のシンプルで現代的な装丁に魅かれて購入しました。彫刻とは何かを問う真摯な評論集で、時間をかけてじっくり読み込みました。一貫したテーマである「存在」を美術界の様々な状況の中で提示されていました。こうした哲学的な思索は、自分の作っているものが一体どうなのかを自問自答する機会にもなって、大変刺激的です。つい職人的な手わざに走る近視眼的な傾向がある自分には、自分の今までの制作を振りかえり、自分なりに彫刻とは何かを自分に問いかける必要を感じてしまいます。というのは彫刻を通した思索とその具現化が、自分をして作品を作らせる動機になっているからです。通勤電車の中で、とつおいつ読んだ数週間でしたが、周囲が気にならなくなるほど没頭していました。
    3年経って歯の治療
    このブログを書き始めた頃に、歯の治療をした感想を載せた記憶があります。彫刻制作の工具と歯の治療に使われる器具が似ているように思われたので、そんなことを書いたように思います。ちょうど3年前のことです。そしてまたしても歯の治療が始まりました。上顎の糸切り歯の裏に違和感があり、歯医者に行きました。虫歯になっていると言われ、彫刻で使うルーターのような電動器具で虫歯を削り取られました。仮詰めをして、また次回。歯が痛かったわけではなかったのですが、早めの処置をした按配です。歯医者は馴染めません。まぁ馴染める人は歯科研修医くらいなものかもしれませんが、自分の歯を大切にしたいと感じた一日でした。           Yutaka Aihara.com
    卒業制作を思い出す
    個展やグループ展の搬入や搬出を手伝ってくれている知り合いの美大生がこの4月で4年生になり、卒業制作をどうするのかという話になりました。今まで大学から出された課題に対し全力で取り組んできた彼女は所謂優等生で、それなりの評価を得てきましたが、今度ばかりは絵画や彫刻やデザインの専攻を超えて、やりたいことをやりたいようにやればいいじゃないかと助言しました。ずっと宙を見つめていた彼女が、何をやればいいのかわからないというようなことをポツンと呟きました。そういえば自分にも同じような経験があります。漠然と非具象彫刻に憧れていた自分が、卒業制作に向けて自分の憧れをカタチにしようとエスキースを始めたのですが、一向にカタチが出てこなくて、自分が一体何がやりたいのかわからなくなってしまったことがあるのです。結局4年間やってきた人体塑造の代表作を展覧会に出した思い出があります。4年間で自分のことが把握できずに卒業した自分を棚に上げて助言していたことに気づいたひと時でした。           Yutaka Aihara.com
    植木畑に広がる空間
    現在開発工事が進んでいる介護施設の建設現場に隣接して亡父が残した植木畑があります。ちょうど自宅の裏になるのですが、自宅のある土地より植木畑はずっと広いのです。そこに倉庫を建てる予定で、父の従兄弟にあたる人が週末のたびに来て、植木畑の整理をしてくれています。ぶらりと見に行くと、植木のほとんどが手入れをされて、さっぱりとした空間が広がっています。これほど空間造形感覚を刺激されることは滅多にありません。土地の広がりと所々残る木々が絶妙なバランスで存在しています。植木が間引きされたことで、残された木々が存在感を示して豊かな空気を漂わせているのです。今制作を中断している自分が空間を感じ取れる唯一の場所であり、じっとそこに佇んで思索をしていたい衝動に駆られるのです。        Yutaka Aihara.com
    プチ歓送迎会
    前の職場の仲間が小さな歓送迎会を開いてくれました。職場全体の歓送迎会は2週間後にあるのですが、気のおけない仲間が集まった歓送迎会は時間を忘れるほど楽しくて午前0時をまわってしまいました。とにかくこの一週間は疲れました。慌しく一週間が過ぎていったという感じです。自分を取り戻す暇がありませんでした。せいぜい夜ブログを書く時とRECORDを描いている時だけ自分の時間を生きている実感がありました。プチ歓送迎会ではそうした自分の創作活動を理解していただいている人たちが多く、その中で自分は自然体でいられるのです。本当に楽しい夜でした。