Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • タウン誌のポートレート
    以前タウン誌の取材を受けました。それが出来上がり1冊頂きました。作品というより自分のポートレートが大きく掲載されて、ちょっと照れます。ルポライターの文章を読んでいると、自分が言ったことで改めて自分の意思の確認が出来て、何故か変な気分になります。書き手は短いコメントの中で上手にまとめるものだなと感心してしまいます。自分の作品は集合体なので、組み立てなければ全体を見せることができません。倉庫には部品入りのダンボールがまるで引越し荷物のように積んであるだけです。そこへいくと数ページ前に掲載されている画家が羨ましい限りです。作品の前で撮影が出来て、しかもカラフルな画面なので写真がとてもキレイです。自分の彫刻の図録を撮影してくれるカメラマンはいつも照明に気を使い、立体の雰囲気作りを大切にしてくれますが、これは自分の作品が黒っぽい立体で、しかも演出という手間をかけなければよく見えない要素を持っているからなのでしょう。時間が限られた取材の中で撮影するとなれば、作品よりポートレートが中心になるのは仕方がないことかもしれません。            Yutaka Aihara.com

    「構築〜解放〜」の柱
    新作は「構築〜解放〜」と題しています。来年早々の完成を目指して今夏から柱を彫り始めました。昨年の「構築〜包囲〜」と同様のテーブル状の作品です。計画している柱は長い柱が19本、短い柱が15本の合計34本になります。長い柱は8月に荒彫りが終わり、あとは細かな彫りと表面処理が残っています。短い柱はようやく今日から荒彫りを始めました。間に合うかどうか。でもいつもこんな感じです。追い立てられると鑿が進んで作品に緊張感が出てきます。一気呵成に出来るものではありませんが、荒彫りが終わっていれば、あとは何とかなるものかなと思います。昨年、短い柱を勤務時間前の早朝に彫っていました。今年は役職が違うので、どんなふうにしてやろうかと考えています。週末だけでは時間は足りません。時間のやりくりをしながら作っていくより方法はありません。とりあえず夏季休暇中の一日ノルマを一週間ノルマに変えて頑張っていこうと思います。         Yutaka Aihara.com

    映画「クリムト」を観る
    芸術家の生涯を描く映画には、芸術家がドラマチックなエピソードを持っている場合と、芸術家の作品を映像表現に置き換えて作る場合があると思います。たとえば「炎の人ゴッホ」は前者、今回観た「クリムト」は後者でしょうか。クリムト自身はドラマチックな人生を送っていた記録はなく、むしろ分離派で発表した作品に対して、賛否両論があったことをこの映画ではイメージを交えて取り上げていました。病院で死の床にあるクリムトを弟子のシーレが見舞うところから映画は始まります。そこからクリムトの作品に描かれた女性たちのセクシャルな世界が広がり、当時の批評が飛び交い、イメージ映像が次から次へ登場してきます。クリムトの臨終でこの映画は終わりますが、米・仏映画を見慣れている自分にはオーストリア映画の雰囲気に戸惑うこともありました。                        Yutaka Aihara.com
    ウィーンの記憶再び
    台風が過ぎても、相変わらず湿気のある日が続いています。早く空気が乾燥して澄みわたる日が来ないかなと心待ちにしています。昨年のブログをもう一度読み返すと、やはり20数年前に住んだウィーンに思いを馳せている自分がいます。ウィーンは9月には紅葉が始まり、黄色く色づいた並木が街に郷愁と憂いをもたらし、その雰囲気は(独身の頃はかなり応えましたが)芸術を勤しむのに絶好の機会と感じていました。秋になると必ずウィーンの情景が目に浮かぶのです。でもその頃の自分は迷ってばかりで、作品も納得がいかず、ヤル気が空回りしていました。今思えば充電期間。情報を集めつつ感覚を磨く時代。素敵な環境にありながら何も出来ない虚しい時間。そんな記憶まで甦ってきます。これは遠い記憶とは思えません。今ウィーンにいたらどうなのか。乾燥して澄みわたる空気の中で、何をやっているのだろうか。そんな思いに駆られながら、湿気の多い作業場でひたすら制作する自分がいます。 Yutaka Aihara.com
    台風で作業中断の日
    今年は台風が少ないと思っていましたが、強い台風9号が関東甲信越地方に接近しています。そこで今日は早めに作業を切り上げました。TVに映し出される状況は、なかなか凄いものがあって、野外彫刻が被害にあうことはないのだろうかと思ってしまいます。家が潰されたりする状況の中で、そんな彫刻のことなど考えていられないというのが実感でしょうか。風や雨が吹きつける音を家の中で聞いていると、自然の脅威を感じてしまいます。震災もまた然り。人の無力さを考えされられます。              Yutaka Aihara.com