Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 陶彫ランプシェード継続
    今日は作業場に行き、木材ではなく土を練る準備をしました。明日から三連休になり、「構築〜解放〜」の仕上げやら「RECORD」の最終的な額装をやらなければならないのですが、そんな忙しい中でさらに次のイメージに取りかかろうとしています。ひとつ終わって次のものを作り始めるのではなく、今作っている作品が終わる前に、併行して次の作品をスタートさせるつもりです。まず昨年の夏に作った陶彫ランプシェード。これをシリーズ化して展開した作品を生み出そうとしています。住居が連なるイメージで作った作品が2点、壁を照らす作品が1点あるのですが、これをさらに広げていこうと思います。明かりが入った陶彫は思いのほか美しく大変気に入っています。自分の作品に取り入れる要素としては最高の演出効果をもたらせてくれると信じています。                         Yutaka Aihara.com
    新しい印を考える
    「RECORD」が今月31日で終了し、来月1日から次の「RECORD」がスタートします。それに伴い、また落款を作ろうと思っています。自分は立体作品にも落款をつけています。作品が集合体なので、それぞれの部品に落款が必要なのです。「RECORD」の印は立体作品より小さめのものになります。365点(次は366点)いずれの作品にも押印するので、結構大切なものです。今回は陰刻でいこうかと思っています。今までは陽刻が多いので、彫る部分を変えて見たほうが新鮮になると考えました。次の「RECORD」は画面をやや変形させてみようとしているので、印も邪魔にならない程度のものをイメージしています。             Yutaka Aihara.com
    大きめのマッサージ機
    公務に創作活動、夜は時折スポーツクラブへ行っていて身体を休める余裕がありません。そんなことに原因があるのか、自分はマッサージが大好きなのです。保養施設に行くことは時間的に無理なので、たまに家内にマッサージをお願いしています。でも大抵は自宅にあるマッサージ機を使って疲れを和らげます。「リアルプロ G2」という大きめのマッサージ機を2年ほど前に購入しました。場所をとるのでリビングが狭くなって嫌だと思っていたのですが、マッサージ機が運送されてくるなり日課になるほど使うようになりました。このマッサージ機にかかっている時のうつらうつらとした気分は最高です。些細な楽しみがないとやっていられないと思う日があります。自分の好きな創作活動やスポーツをやっていてもそう思うのです。仕事一筋というのは自分の性に合わないのかもしれません。
    ドイツ映画「メトロポリス」
    フリッツ・ラング監督の残した近未来映画で、現在でもレンタルビデオショップにあります。昨日のブログに書いた「カリガリ博士の箱」と同じドイツ表現主義を代表する映像作品です。20数年前に滞在したウィーンの映画館で初めて「メトロポリス」を見ました。「カリガリ博士の箱」も「メトロポリス」も無声映画でしたが、見た当時は説明の字幕が全て理解できず、映像でしかストーリーを捉えることができませんでした。それでも地上に住む資本家と地下で働く労働階級の矛盾を描いたものであることはよくわかりました。とくにこの映画のもつ映像の美しさ、ビジュアルデザインは自分の心に響きました。都市空間や工場の歯車に至るまで現在自分が制作している陶彫「発掘シリーズ」に通じるものがあります。機械的な美しいカタチをもつ女性ロボットの登場はとても印象的でした。資本主義VS共産主義ともとれるこの映画の主題は大きな波紋を呼んだと何かの本で読んだことがあります。
    ドイツ映画「カリガリ博士の箱」
    20数年前オーストリア滞在中に見た映画に「Das Kabinet des Dr.Caligari」(和訳:カリガリ博士の箱)があります。ドイツ表現主義の有名な映画で、渡欧前から見たかった映画のひとつでした。当時ウィーンの下宿には小さな白黒テレビがありました。自分が譲り受けたものでしたが、もう記憶が定かではありません。「カリガリ博士の箱」はこのテレビから流れたもので、表現主義の絵画を思わせる画面を食い入るように見ていました。ストーリーはドイツ語の力が乏しかった自分にはよくわからないところがありましたが、精神病院に入院中の青年が夢想した出来事としてカリガリ博士と相棒の夢遊病者が登場する場面が描かれていました。全編を通じて怪奇な感じにまとめてあり、遠近法を無視したギクシャクした背景が不思議な心理状態を表していました。日本ではマニアックな映画と捉えがちですが、映像表現の様々な実験が盛り込まれていて、現在にも通じるものがあるように思います。