Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • グロピウスの建築
    「バウハウス」はドイツの都市ヴァイマルの工芸大学と美術大学を統合して作られたと本で読んだことがあります。国立の学校でした。初代校長は建築家のグロピウス。ドイツ工作連盟を調べていくうちにグロピウスの存在を知り、その機能的な鉄とガラスによる彼の建築を写真図版で見ました。今でこそこれは集合住宅に見られる工法ですが、中世から脈々と続く石作りのバロックやゴシック建築の中にあって、出来た当時はシャープさと軽さをもった画期的な建築物だったはずです。「バウハウス」はヴァイマルを閉鎖してデッサウに移転しますが、このデッサウ校舎がよく紹介されるグロピウス設計のものです。この時は市立の学校になっていました。ともあれグロピウスは近代建築に並々ならぬ影響を与えた人だったように思います。建築がモダニズムに動いた時代で、これで現代の建築工法が始まったとも言えます。
    「バウハウス」の魅力
    自宅の書棚に「バウハウス」について書かれた本が結構あります。ドイツ語による原書もあるのですが、もうオーストリアから帰って20年経ち、とてもドイツ語を読む気になれません。写真図版を見てちょっとしたコメントに眼を通すだけです。ドイツ表現主義を学んでいく上で、表現主義が時代遅れになる時期に組織された教育機関、そこで表現主義から構成主義または生産性を高める機能主義へと変換していく歴史の流れを体験した教育機関として「バウハウス」は避けて通れぬ存在です。自分にとって魅力ある芸術家であるカンデインスキーやクレーが教壇に立ち、すべてが建築に総括される学校が「バウハウス」です。建築やデザイン、表現主義や構成主義などこれほど魅力的な学校はありません。時間があると書棚に手を伸ばし、何冊かある「バウハウス」の本の頁をめくっては眺めています。自分の造形の原点になっているように思います。
    成人の日に思うこと
    三連休の最終日は成人の日でした。外はかなり寒く曇っていましたが、教え子たちは式典に出かけたはずです。自分の時の成人の日はどんな過ごし方をしたのか覚えていません。着飾って出かけた記憶がありません。彫刻をやっていたのかも…。周囲から大人といわれても実感がなく、突然成長するものでもないと思っていたことは覚えています。ただ今日という日は大人を自覚をする契機になればよいと思います。大人って何だろうと考えるのもよいと思います。自分にとって大人とは社会を意識することでした。社会の中で生きていくこと、自分が中心ではなく他者の存在を認めることが即ち大人でした。自分にとって大人とは何かを自分のコトバで自分に言い聞かせることだと思います。他人の受け売りでは当事者意識は芽生えません。ただし、自分はこの歳になって逆に「コドモゴコロ」を忘れずにいたいと考えています。すべてを先入観や固定観念で見てしまいがちな大人ですが、そこのところだけは新鮮な視点をもつべきかなと思います。              Yutaka Aihara.com
    久しぶりの菊練り
    陶彫ランプシェードを作るために今日は久しぶりに土に触れました。まず2種類の土を割合を決めて混ぜあわせて菊練りをしました。最近は木を彫ることが多くて陶芸をする時間が減りました。でも土を練っていると陶芸の面白さが湧き上がってきて、まだまだ作りたいものが溢れてくるような感じでした。彫刻に陶土を利用することは彫刻がもつ塊からカタチを解放して、軽さを与えることにあります。たたら状にした陶土を立ち上げ、立体化することで中身ががらんどうになり、実際の重量はかなり軽くなります。そんな陶彫が大好きですが、自分がブレンドした土を焼くと錆鉄のような重量感が生まれます。でもこれは重量感であって重量ではありません。そこが面白いところです。鉄ではなく鉄のように見える陶土。この錯覚を得るために土練りをした一日でした。                          Yutaka Aihara.com
    制作真っ最中の朝時間
    今日から三連休になり朝から作品を制作しました。今日は「RECORD」の今日の分と額装からまず始めました。外は曇って肌寒い日でしたが、制作に入った午前中の時間帯は何とも気持ちがよく、これからしばらく自分のために時間が自由に使えると思うと嬉しくなりました。作品はさほど進むことはなく、何時間もやっているのにこんなものかと思ったほどですが、まだ2日あるので今日は焦ることはありませんでした。ただ制作を始めると新鮮な感覚を取り戻すことがいいと感じています。アクリルガッシュの色彩が妙に美しく見えたり、切り取った木材のカタチにちょっぴり感動したりするのは幸せなことだと思いました。日常の中にある美の要素。朝のちょっとした時間帯にそんなことを発見した一日でした。               Yutaka Aihara.com