Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • ギャラリーへDM持参&友人の展覧会へ
    昨日、窯入れの準備をして夕方になって焼成のスイッチを入れました。窯を稼働している時は、窯以外のブレーカーを落としているために工房の電気は使えず、今日の午前中は自然光の中での作業になりました。今日は昼頃に近隣のスポーツ施設で水泳をやってから、午後はギャラリーせいほうへDM(ダイレクトメール)1000枚を届けに行きました。愈々個展が近づいてきた感覚になり、私は焦りを覚えています。ギャラリーの田中さんに会うと、何故かホッとしてしまうのは、もう20年近く個展を企画していただいている恩もあるのかもしれません。久しぶりの銀座は外国人観光客が目立っていました。ギャラリーの真向かいにあった天國の赤煉瓦のビルがなくなっていて、工事の音が響いていました。銀座も変わりつつある中で、ちょっと驚いたのは昭和レトロのビルをそのまま残して画廊を営んでいる場所があることを知ったからです。ギャラリーせいほうを後にして私が向かったのは、銀座1丁目にあるギャラリー巷房で、ここは敢えて観光資源として古いビルを残しているのかもしれません。ここで高校時代の同級生で俳優の竹中直人さんが個展をやっていました。彼とは高校の時に美術系大学受験のために予備校に通っていました。彼はグラフィックデザイン科志望、私は工業デザイン科から途中で彫刻科に転向していて、2人ともデッサンや専門の受験科目などを熱心にやっていました。彼は多摩美術大学を卒業してから役者の道を歩み始め、映画監督もやり遂げて、ベテラン俳優と称されるほど有名になりました。個展のことは彼からラインがきて知りました。ギャラリーの3階と地下1階を使って、さまざまな人物の風貌を細い線描で何気なく描いた多くのスケッチと、写真や映像も発表していて、素の竹中直人という人物が全面に出た展示内容になっていました。素の自分を出さないのが俳優業であるならば、作品展示は自分の内面をオープンにして、人に鑑賞してもらうのが個展です。彼は意外にシャイなので、その照れくささがあるらしく、それでも人物のちょっとした仕草を即興として描いたのは役者魂によるものなのか、細かい感想は後日改めて書きたいと思います。
    「絶対への接吻」について
    「瀧口修造 沈黙する球体」(岩崎美弥子著 水声社)の第2章「絶対への接吻」の気になった箇所をピックアップしていきます。「『絶対への接吻』(1931年)は、長編の詩的実験では最後の作品にあたる。~略~一文には『惹きつけられた』『魅入られていた』『思い焦がれていた』などの恋愛感情を表現するような言葉があり、これが『絶対への接吻』が恋愛詩であるとする決め手となっていった。だが、その『絶対に魅入られていた』という言葉によって、『絶対への接吻』は恋愛詩であると同時に解読不可能なテクストとされるようになったのである。」さらにシュルレアリスムとの関連も述べられていました。「シュルレアリスムの自動筆記とは、無意識から浮かび上がってくるイメージを意識からの統制を可能なだけ弱めて書き写そうとするものであるから、話の筋もなく、原則として起点も終点もない。『絶対への接吻』の場合ははっきりとした話の終わりはないものの、ぼくが純粋直観の女性から襲来されたところから始まるという明確な起点がある。瀧口は自動筆記法を方法としてではなく、テクスト内の物語りのなかに組み込んでしまっているのである。」純粋直観の女性についてはこんなふうに述べられていました。「『絶対への接吻』のなかで中心的に描かれていることは、純粋直観の女性の姿形がどんなものであるのかということである。ぼくの存在はあまり感じられず、圧倒的な存在感は彼女のほうにある。それは『絶対への接吻』=純粋直観の女性、と言ってよいほどである。」最後にこんな文章も添えられていました。「超実在から超現実へとシュルレアリスムの訳語をひそかに正した後、瀧口は美術批評家へと転身する。実在を越える対象であったはずの純粋直観の女性を逃したことによって、実は瀧口は自分が抱え続けた矛盾を結果的に解消することができたのではなかったか。」詩の洞察は自分にとって難解極まりないと感じていたところに解説が与えられて、私はちょっとホッとしていたのでした。今回はここまでにします。
    週末 DMの効果について
    日曜日になりました。今日は創作活動に関わる事柄を書いていきたいと思います。40年も前のことになりますが、私はオーストリアに住んでいて、ウィーン国立美術アカデミーに通っていました。その頃私はハウズナー教室に籍を置く画学生と仲良くなっていて、彼の描画方法に興味関心を抱いておりました。日本の美術専門教育で習った描画方法とはまるで異なる彼のやり方は、そこが日本であれば教授から否定されるような方法で、画面の隅から緻密に描いていました。日本なら全体の構図を見て大雑把なカタチを取り、徐々に細かくしていくところを、彼はいきなり細かい処理をしていたのでした。それでも画面全体は辻褄が合って見事にモチーフが画面に収まっていたところを見て、私のデッサンの方法論は揺らいでしまいました。さらに驚いたのは緻密に描かれた絵画の途中段階で、何度も写真撮影をして個展のDM(ダイレクトメール)に作品がどう映えるかを常に気にしていたところでした。今でこそスマホで撮影をする人が多く、写真映えのする画像を残すことが日常になっていますが、撮影された画像を見ながらオリジナル作品に手を加えていく行為が40年も昔に行われていたことに私はショックを受けました。彼曰く、個展に人を呼ぶのはDMが重要なアイテムで、オリジナルよりもDMにどう作品が効果的に写っているのかが個展成功の決め手になるのだというのでした。DM(ダイレクトメール)は個展案内状で、確かにそれを見て個展に足を運んでくれる人がいるのは確かです。私にとってもDMは重要で、図録撮影の時は、DMに関しても気を留めます。そのDM1500枚が今日工房に届きました。1000枚はギャラリーせいほうに持っていきます。残りの500枚は自分や家内の知り合いに出す予定です。
    週末 陶土搬入&木箱作りの1週間
    週末になりました。今週を振り返る前に、今日の昼頃、栃木県益子町にある明智鉱業から陶土800㎏が工房に届きました。これは種類の異なる陶土全部の重量ですが、当然来年作る陶彫の分も含まれています。作品の素材が陶彫である以上、陶土は絶対に必要なもので、現在焼成された陶彫作品に達するまでは、さまざまな陶土を混合し、自分のイメージと立体に立ち上げた時の強度を得るために実験を繰り返してきました。今週の木曜日に明智鉱業にFAXをして陶土の注文をしましたが、僅か数日で郵送されてきました。陶土が十分あると私は安心します。積まれた陶土を見て、意欲が湧くのは私としても良い具合に気持ちが入っている証拠だろうと思います。来年の新作をどうしようかと思い迷っている時に、陶土の搬入は良い気分を齎せてくれました。今週は来月の個展搬入に向けた木箱作りも始めました。陶彫作品は外部の刺激で割れることがあるので、木箱で保護する必要があります。木箱には8点ずつ陶彫立方体が入りますが、計算するとかなりの数の木箱が必要です。これは創作活動ではありませんが、毎日時間を決めてコツコツ作っていくつもりです。そんなわけで1週間が大変短く感じています。夜になると睡魔に襲われ眠くて仕方がありません。退職した仲間が、ゆとりが出来て夜は眠れなくなったと言っていましたが、私のこの状況は一体何なのでしょうか。読書も時間を決めないと、日々の疲労で蔑ろになってしまいそうです。
    「詩的実験のはじまり」について
    「瀧口修造 沈黙する球体」(岩崎美弥子著 水声社)の第1章「詩的実験のはじまり」の気になった箇所をピックアップしていきます。「瀧口の『遅れて来た』処女詩集は、晩年にまとめられた『瀧口修造の詩的実験 1927~1937』(1967年)である。瀧口の作品集と言えば画家との共同による詩画集が主であり、自身の詩のみによるアンソロジーとしてはこれが唯一のものである。」我が家の書棚にも「瀧口修造の詩的実験」(思潮社)があり、「限定復刻版」となっており、その都度眼を通した記憶がありますが、到底読破など出来るものではないと感じていました。本書はそれに関する解釈があって、有難いと思います。「シュルレアリスム受容の実際は、方法論的にも不確かなものであった。それは瀧口に限ってのことではない。当時シュルレアリスムにならった詩人たちは、実は抽象度の高い表現を用いる造形的な詩を書く者が大半であった。そして詩のモダニズム、前衛主義の旗印として無自覚にシュルレアリスムを掲げたために、詩壇は混乱し論争は絶えなかった。」瀧口のテクストの内容に関する文章です。「一読して内容に一貫性がなく、話の筋と思われるものもあやふやな、『傍注から傍注が飛び出す』独特の書法で書かれた瀧口のテクストは、さまざまな制約から離れた自由な表現がなされる今日の詩や芸術一般から見ても、常識を越えていると言わざるを得ないだろう。それは新たな詩的表現が誕生したという以上に個性的で、他と比較しようのないものである。」単元の最後にこんな文章が綴られていました。「見えてきたものは、硬質的な物質のイメージが求められている詩の世界というよりも、統一を拒む、不確かな、言葉のカオスの状態である。ここでは、『ぼく』=瀧口という主体の立場が何度も覆り、次々に変化していく意識から常に脅かされている。混乱する『ぼく』とおびただしい数の『彼女』。しかし、描かれる現象がたとえ移ろいやすいものであっても、根底をなす世界そのものには大きな原理が見え、生命を持つかのようにそれがうごめいているのである。」今回はここまでにします。