2024.05.31 Friday
今日は5月の最終日です。今月を振り返ると、寒暖の差が激しく身体への負担が相当あったように感じていますが、私は来月早々にある個展図録用の撮影が気になって、夏日になろうが涼しかろうが、それに構っていられず、朝から夕方まで工房で制作をしていました。夏のような気温になっても、やはり5月なので湿度が低く、陶彫制作には適した気候だったと思いました。朝9時から夕方5時か6時くらいまで工房で作業が出来たのは、このやや涼し気な気候が関係していたのは言うまでもありません。今月は31日あって、工房にいた日は31日間あり、無休で陶彫制作に明け暮れました。窯入れは5回やりました。焼成期間中は窯以外の電気は使えない状態ですが、自然光の中で作業をやっていました。電池内蔵のラジオから流れてくる音楽で気持ちを保っていましたが、時折ノイズキャンセルを耳に入れてスマホの音楽も聴いていました。今月の美術館には「デ・キリコ展」(東京都美術館)、「走泥社再考」展(菊池寛実記念 智美術館)の他に版画家の「加藤正展」(ギャラリー古家屋)に行きました。映画館は「ゴジラ×コング新たなる帝国」(鴨居ララポートTOHOシネマズ)に行きました。映画は娯楽大作だったためストレス解消になりました。葉書大の平面作品RECORDは毎晩遅くまで自宅の食卓で作っていました。日によっては深夜12時を過ぎることもありましたが、夜の睡眠はしっかりとれていました。読書はシュルレアリスム系の古い書籍を読んでいて、私が生まれる前に書かれた論文ですが、現代にも通じる要素があって、これはかなり興味深く感じながら、毎日楽しんでいます。自宅に関する私事ですが、エアコンの清掃を業者を呼んで行いました。これから炎暑が始まると思うと、その準備だけはしておこうと思ったのでした。
2024.05.30 Thursday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「フロイト主義と現代芸術」について、気に留めた箇所をピックアップいたします。精神分析学の創始者ジークムント・フロイトの代表的な著書「夢判断」を私は既読していて、学術書の中で私には比較的身近に感じられて、本論で説かれた意味をよく理解できました。フロイトとシュルレアリスムとの接点を記載した箇所がありました。「1935年、ブルトンがプラーグでおこなった講演では、シュルレアリスムの目的を明白な精神分析の用語をもって説明している。『シュルレアリスム芸術の利用しうる唯一の領域は、純粋な心的表現のそれであって、しかも単なる幻覚的領域と混同することなしに、実際の知覚領域の彼方にまで拡大されるものである。重要なことは、この心的表現(物体の物理的な存在以外の)がフロイトのいわゆる〈心的機構の最深部に展開するさまざまな過程に関連する諸感覚〉を充足することにある。芸術における諸感覚の追求が、よりいっそう必然的に組織的になりつつあるのは、畢竟、自我のエスへの揚棄にほかならない。』それでもフロイトの理論がシュルレアリスムに完全に適合しないことも取り上げられていました。「芸術自体は複雑な矛盾の合成であり、フロイトの錯綜というような観念や、その他、彼のあらゆる分析に現われた微細な観察資料が、芸術の説明に適切な役割を果たすことはあらそわれない。フロイトのヒステリーの分析が、一種の心理小説を読むような興味を与えるように、芸術の分析、ことに彼のレオナルドの作品などの造形芸術の分析は、その前提の可否はともかくとして、巧緻な推論によって芸術の神秘を解きほぐされるような錯覚を感じさせる。~略~ハーバード・リードはその美術論に分析学の術語を用いるほど、その学説を支持しているが、フロイト学説の限界を認めて、『芸術家をして、そのさまざまな幻想を物質的な形態に変移させる特殊な感受性については少しも明らかにしてはくれない』といっている。(『芸術と社会』)」今回はここまでにします。
2024.05.29 Wednesday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「超現実主義の可能性と不可能性」について、気に留めた箇所をピックアップいたします。「レアリスムという芸術上の用語は、現在ではもはや芸術上の一流派としての専制力を示すことができないのはあきらかである。芸術上の或るものであったひとつの時代的効力は失われている。もしいまだに芸術家の正義!?とでもいうべきものが、漠然とした信念をこのレアリスムに固執せしめているならば、当然、意識の歴史から瓦解を余儀なくされるべき迷蒙である。」本稿は1932年に「新潮」に掲載された記事で、当時はレアリスムが流行していたようです。この時代にフランス発祥の超現実主義を日本の芸術界に理解させようとする著者の奮闘が読み取れます。「超現実主義が最初にとった態度は、あらゆる合理主義への反抗、無意識の世界の探求などであった。~略~超現実主義は、ヘーゲルの哲学から出発する点において、史的唯物論との向動力の類似を示すものである。ブルトンによれば、結局否定に、否定の否定に向かう或る思想の実行は、かならずしも経済の範囲だけに限界を決定することはできない。超現実主義が愛、夢、狂気、芸術などの諸問題に対して、革命的角度から直面する態度をけっして観念主義ということはできない。まず超現実主義のひとつの発展、道徳・政治・科学への新しい認識の発展はひとつのヘーゲリアニズムから出発したとはいえ、けっしてヘーゲルの弁証法がそのまま適用されたものではなかった。」今回はここまでにします。
2024.05.28 Tuesday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「物体の自発性」について、気に留めた箇所をピックアップいたします。本稿は美術文化協会展について書かれたもので、既に80年も経った当時の日本の現代美術に在り方について貴重な意見が散見されます。「新しい運動とか芸術思潮とかを行為してゆくことはいっそう困難に見えてくるのであるが、美術文化展はこの意味でも新たな期待のうちに開かれた。しかしその意義が一般的で大きいだけに、その動向を分析し、真に意識化することは、自他ともに大きな仕事である。~略~東洋的という言葉は曖昧だが、ここでは西洋絵画の技術様式から脱出しようとする対蹠的な体系の意味であり、同時に不可知的な神秘思想にも通じることを注意したい。ギリシャ的なものが魅力でありうるわれわれは、東洋的なものさえ異国的に感じられる特殊な位置にいる。従来、日本画的方法とは別にこの後者の伝統には無関心が示されていた。しかし油絵を通して、輻射的にもしろ探究の緒が与えられることは偶然とはいえない。」本論は具体的な芸術家の作品を複数取り上げていますが、ここでは2人に絞らせていただきます。「福沢一郎の『山西図』等は支那に取材された従来の諸作家のもののなかでは独自な遥かに高い位置を占めるものである。この種の作品は風土的興味に制約されるのみならず、時局の直接な要求が絵画的解決に間暇あらしめない憾みはあるが、国家的見地からも、芸術的な対象としての支那大陸が、いつまでも即興的な卑俗さにとどまるべきではあるまい。(現在は支那を中国に改めています。)~略~純抽象的傾向の作品はここでは比較的に少ないが、その質は悪いものでない。斎藤義重のレリーフ的作品は、態度の純粋さを尊重したい。アルプのユーモアはないが、日本人らしい一種の几帳面さが長所とも短所ともなっている。材料と技術の規格的な制限がそれに関係するであろう。」今回はここまでにします。
2024.05.27 Monday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「シュルレアリスム十年の記」について、気に留めた箇所をピックアップいたします。この原稿は1940年に美術雑誌「アトリエ」に掲載されたもので、時代の古さは拭えませんが、当時の画壇を知る上では貴重な記録になっています。「シュルレアリスム美術は、種々の意味で詩とは無関係であり得ない。それはシュルレアリスム美術が文学的であるという特殊な意味とはまったく別の問題なのである。キュビスム運動でさえ、詩人と密接な関係があった。こうした現代美術のミリュは、日本では極度に不完全で不毛ではあるまいか。詩人が美術の世界に入るということはしばしば一種の闖入と見做される。しかし闖入と見なさざるをえないような事情が実際に起こりうるというのも、多くは変則な社会事情によるのだろう。」日本では乱立する美術団体があって、その弊害が他の領域との交渉を拒んでいたようです。「昭和12年の『みずゑ』主催海外超現実主義展は小規模ながら、資料的に全貌を伝えるのに役立った。その成果である『アルバム・シュルレアリスト』、それと期を同じくして出した『アトリエ』の前衛芸術特輯号は、前者は資料の点で、後者は批判や主張の反映とで、シュルレアリスムの主要な一時期の文献として挙げておかなければならぬ。~略~わたしの警戒しておきたいことは、従来の既成画壇的集団に見られたように単なる画壇政治的な意志によってのみ動向を決してほしくないという点である。従来の公募展は、しばしば綜体的な芸術意欲と小政治意欲を混同しがちであった。この二つのバランスをとることは、画壇の現実しては、はなはだ困難なのである。多くの場合、芸術的な綜合意志に到達しえない結果に陥っているからである。」今回はここまでにします。