2024.02.20 Tuesday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の「第7章 二点の《洗礼者ヨハネ》の主題 」の「4 ヨハネ=イサク=キリスト」の気になった箇所を取り上げます。「カピトリーノ作品の少年が、イサクでありながらヨハネのような設定で表現されたものであるとすれば、それはこの両者の共通性、つまり、イサクもヨハネもキリストの死とそれによる救済を予告し、象徴するという点からではないだろうか。~略~イサクが背負っていた薪は、キリストが背負った十字架であり、十字架は『イサクの木』であるという。イサクは殺されることを免れ、代わりに羊が犠牲になったが、これはキリストの神性は殺されずにその人間性のみが死んだということを示しており、イサクはキリストであり羊はキリストの人間性である。~略~この少年は、一見『荒野の洗礼者ヨハネ』でありながら、実は『解放されたイサク』であり、霊肉を備えたキリストであるという重層的な意味を持つことになる。」これらの作品が描かれた時の画家の私的事情があったようで、それは次章で扱うテーマですが、そこに触れた箇所があったので取り上げておきます。「画家がローマに向ったのは、1606年に彼がローマで犯した殺人によって布告された死刑宣告に対して恩赦が出るという期待を持っていたからである。~略~画家が最後の旅にわざわざ携行した作品群も、カルヴェージの説く《ダヴィデとゴリアテ》と同じ文脈、つまり恩赦を求めるためのメッセージとして捉えられるのではないだろうか。少なくとも、画家はボルゲーゼ家をはじめローマにいるパトロンに贈るつもりでそれらを携行した可能性が高い。所在不明の作品《マグダラのマリア》は、主題からいってあきらかに、犯した罪に対する改悛と悔悟の表明であったろう。そしてこの変則的な《洗礼者ヨハネ》は、福音、つまり恩赦を待っているという画家の切実な状況を訴えるものではなかったであろうか。」今回はここまでにします。
2024.02.19 Monday
17日付の朝日新聞「折々のことば」より、記事内容を取り上げます。「野生と自由が異なるように、生まれつきの素質と個性は違うのだ。白洲正子」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「『型』を守る伝統芸能は、みなに同じことをさせるから無個性なのではなく、決まった型があるから個人の相違も表れると、作家は言う。個性は育つもの。何百回、何千回と演じているうち、つまらぬものは削ぎ落とされ、余計な型は棄てられて、洗練が重ねられると。職人仕事も、いや民主主義だって、『多くの人の手を経て』育ってゆくもの。『名人は危うきに遊ぶ』から。」随筆家白洲正子の生活を彩るエッセイを、私は何度か読んだことがあり、優れた審美眼を備えた人だなぁと思っています。白洲次郎・正子夫妻は、古い農家を改築して、古美術を生活に活かしていたようで、この人にとっての豊かな暮らしとは贅を尽くしたものではなく、彼らの美意識に裏打ちされたものと私には思えました。そうした思考を持つ人ならではの発想が、「つまらぬものは削ぎ落とされ、余計な型は棄てられて、洗練が重ねられると。」という箇所に現われています。これは私がやっている創作活動にも通じるものがあり、美意識に対する革新が、取捨選択によって価値が与えられ、真に個性的なるものや美しいものが後世に残っていくものだろうと考えています。洗練を重ねることによって、私たちは心の豊かさを手に入れて、日常を楽しむことに繋がっていくと私は思っています。
2024.02.18 Sunday
退職校長会が主催する「如月展」の最終日を迎えました。私を含めて13名が参加した本展は、45年の長きにわたって継続してきたグループ展です。絵画、彫刻、工芸、書道、写真と多彩な表現で発表を繰り返してきた方々の年齢が私にも分かってきました。私が強く誘われた理由もそこにありました。つまり出品者の半分が80代で、筆頭の美術科元校長は92歳でした。続いて88歳、87歳と続いていて、高齢化が進んでいる中で、今回参加した私だけが60代なのでした。私の同期に何か発表できる創作活動をしていた校長はいなかったかと問われ、如月会の若返りが急務であることも分かりました。これは難題です。退職した教員の中には創作活動を続けている人もいますが、まず最終的に校長という役職についていなければ如月展に出品する資格が与えられないからです。書道で思い当たる人が一人いたので、私は彼にお願いしてみようと思っています。今日、私は午前中から画廊で当番をやっていました。午後になると出品者が集まり出して、2時半から搬出作業になりました。私は午前中から近くのコインパーキングに車を停めていたので、梱包した小品を車に運びました。今回の如月展の感想としては、作品のレベルを問うのではなく、校長として苦楽を経験した仲間として交流できたのが良かったと思いました。とりわけ先輩諸氏の当時勤務していた様子が伺えて興味津々でした。当時は全てにおいて学校が緩かった分、大らかだった一面があったように感じました。私が勤めていた2年前まではコロナ禍で大変な状況でしたが、だからといって余裕が生まれていた感覚はなく、オンライン授業も手探りの中で行われていたのでした。また来年も出品を約束して画廊を後にしました。
2024.02.17 Saturday
週末になりました。今週の振り返りを行います。今週は日曜日に横浜山手にあるギャラリーと横須賀美術館へ学生たちを連れて回ってきました。横須賀美術館では教え子が参加している「HIRAKU」というグループ展と「日本の巨大ロボット群像」展を見てきました。月曜日は退職校長会主催による「如月展」の搬入があり、私は陶彫の小品を2点出させていただきました。私はその日が当番だったので、画廊にいると知り合いの方々がお見えになり、わざわざ足を運んでいただいたことに感謝しました。家内も友達を誘って金曜日に画廊を訪れたそうで、その日当番だった元校長の方が丁寧に対応してくださったと言っていました。明日が搬出日なので、私は明日の午前中から画廊に行っております。もう明日しか日程が残っていませんが、ご高覧いただけると幸いです。火曜日から今日の土曜日まで私は工房に通い、陶彫制作に明け暮れていました。美大が春季休業に入ったため、いつも来ている美大生が平日に工房に来て、熱心にデッサンをやっていました。コツコツ努力する彼女は、次第に技術が上達してきたように思います。今日の土曜日は、これも定番になった後輩の彫刻家が工房に来て、木を彫っていました。私も彼らに負けまいと陶彫制作に励んでいました。彼らがやってくると、私には張り合いができて、順調に作業が進みます。陶彫制作は慣れているのに、新鮮さを失わないので毎回頑張っているのです。明日は搬出日で工房を閉めるので、今日のうちに窯入れをすることにしました。窯入れの準備もなかなか手間のかかる作業ですが、完成をイメージしながら単調な作業をやっています。
2024.02.16 Friday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の「第7章 二点の《洗礼者ヨハネ》の主題 」の「3 ボルゲーゼ作品」の気になった箇所を取り上げます。「カピトリーノ作品の主題が洗礼者ヨハネではないという最も雄弁な根拠が、仔羊のかわりに牡羊が登場するという点であったが、角の生えた牡羊はボルゲーゼ美術館の《洗礼者ヨハネ》にも見られる。」未だに結論の出ていない作品に対し、様々な人が論考を寄せていて、聖書の解釈にかなり幅があることが私にも分かりました。「カピトリーノ作品の少年が微笑んでいるのに対し、ボルゲーゼ作品のヨハネは憂鬱そうな表情をしている。少年のモデルは同じボルゲーゼ美術館にある《ダヴィデとゴリアテ》のダヴィデと同一と思われ、それによって制作時期も同じ1609年あたりとされているが、思いに沈んだような表情も近似している。カピトリーノ作品についての最も早い記述は1613年のフランクッチの詩である。彼はガレリア・ボルゲーゼを賞揚する詩の中で、ラファエロの《十字架降下》に続き、カラヴァッジョの《洗礼者ヨハネ》について詳しく記述している。牡羊は誤って仔羊となっているが、作品の甘美で無垢で純粋な雰囲気やヨハネのやつれた顔貌や痩せた手足に注目し、彼がまだ来ぬ福音を待っているとしている。この詩が早くから指摘したように、このヨハネは旧約の世にあって贖い主の到来を待っているのではないだろうか。彼のもの憂げな表情もポーズも、何事かを待っている姿であると思わせる。そして、牡羊と棒の杖は、主の到来とともに仔羊と十字架に変わるのではないだろうか。つまり、仔羊ではなく角のはえた牡羊、十字架の横木の欠けた棒状の杖は、救世主がいまだ出現せず、人類の罪がまだ贖われていない状況を示すのである。これは、旧約の世にあって主の到来を予告したヨハネの位置を示すものにほかならない。」今回はここまでにします。