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  • 週末 創作に模索を繰り返す1週間
    週末になりました。今週を振り返ってみたいと思います。今週は毎日工房に出かけ、朝から夕方までの7時間から8時間程度は陶彫制作に明け暮れました。ほぼ退職前の勤務時間と同じですが、教職とは内容がまるで異なっていて、人と話し合うこともなく一人で悶々とした時間を過ごしていました。時折、自分のいる前後がわからなくなるくらい作業に集中していた時間もありました。創作内容に模索を繰り返していると、休憩を取っても完全に休まることがないのです。ラジオからFMヨコハマを流していますが、それもほぼ聴き流し状態で、目の前の陶彫立方体しか視界に入らない閉鎖的な状況が続いています。先日テレビでやっていた宮崎駿監督のドキュメンタリーでは、お茶を飲んだり、散歩をしてみたりして、監督が気分転換を図っていましたが、私の場合は陶彫の作業が始まると、散歩に出ようという発想はなくなります。陶土に常に触れていないと気が済まなくなるからです。鉛筆で描く絵コンテの行為より、手そのもので陶土を捏ねる行為は、より身近な身体的行為なのかもしれず、その触覚的なところに魔物が棲んでいるのだろうと思っています。私が自分の作品に距離をとるのは、窯入れ前の仕上げや化粧掛けの作業の時と、実際に窯に入れて作品を焼成している時です。身近な身体的行為で作った自分の分身のような作品が、窯という自分の手の届かない世界に入っていき、そこで炎神に遭遇し、鎧を纏って私の手元に戻ってくるのは、私にしてみれば不可思議なことなのです。それでも焼成が作品を昇華しているのではないかと私は解釈していて、心地よいことでもあるのです。
    TVから流れた創作への苛立ち
    昨晩はテレビをちょっと見てからRECORDの彩色をやろうと考えていました。たまたまNHKを見ていたら、宮﨑駿監督のドキュメンタリーをやっていて、思わず惹きつけられて最後まで見てしまいました。NHKでやっていた番組は『宮﨑駿と青サギと…~「君たちはどう生きるか」への道』で、米国アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞したアニメ作品がどのように生まれたのかを、7年という異例の密着取材で撮り終えたドキュメンタリーでした。私が何より惹きつけられたのは、悶々とした創作現場で、幾度も頭を掻きむしり、描いては消し、消しては描く絵コンテ作りでした。納得いくまで粘る宮﨑監督の苛立ちが、自分とオーバーラップしてしまい、何とも言いようがない気持ちにさせらました。勿論、宮崎監督と私ではその表現のスケールや知名度も、月とスッポンほどの差がありますが、知名度がどうであれ、創作に向かう姿勢は同じではないかと思っています。私も陶彫制作で苛立ちを覚えます。以前、私が校長職にあった頃は、組織を動かすために判断を下す時の迷いや苛立ちがありましたが、それと個人の創作行為では質が違っていると感じています。組織があれば職員と会議をすることで、有効な判断が見えてきます。判断を間違えば職員や生徒たち、保護者たちに多大な迷惑をかけることになりますが、現在の創作行為は私一人で苦しんでいるだけで、他人に迷惑をかけることはありません。ところが映画製作となると、組織があって、しかも全てが監督一人の責任になるので、その苛立ちは半端なものではないと察しています。創作行為の苛立ちは、たとえ個人であれ、組織があっても、自分自身の内面の問題となるので、そこは大きく変わるものではないと私は思っているのですが、いかがでしょうか。そんなことを考える契機を与えてくれた昨晩のドキュメンタリー番組でした。
    福沢一郎と超現実主義絵画の方向について
    「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の次の章は日本人芸術家と日本に根付いたシュルレアリスムについて扱っています。まず画家福沢一郎の画集に掲載した文章から引用いたします。「氏(福沢)は多くのシュルレアリスムの追随者たちの抽象的様式主義には無関係なのである。氏はリアリスムの描法をもって、現実を通して、容赦なく非現実の世界に飛び込んで行った。そこに奇異な残酷の芸術が生れた。キリコの飽和とはおよそ正反対な冷酷な現実の処理がそこにあった。」次に超現実主義絵画の方向についての論考を取り上げます。「ぼくの批判が許されるならば、一面ではアカデミズムに対する多面的な、漠然とした反抗となって現われていると同時に、他面では、そこに飽和しつくした既成の造形内容の瓦解を内に含んでいる消極的姿態をも見のがすことができないと思う。~略~日本での〈超現実性〉が芸術上のネオ・ロマンティックな空想に終っている場合を挙げることができよう。それは一種の〈楽土主義〉ともいうべきものになり、現代における芸術至上主義の一形式になっているのである。現代のロマン主義については、ここでの対象ではない。その広汎複雑な様相からみれば、むしろ超現実主義と密接な関連をもっているのであって、現代におけるロマン主義の多様な色調に対しては別に厳密な分析を待たねばならないだろう。〈超現実性〉に対するこうした、あらゆる類似性雑物から、超現実性を奪回することが、超現実主義の今後の問題なのである。現在の新しい造形芸術なり詩なりが、この類似性空間を、暫定的に利用するということは、過渡的段階として認められるかもしれない。しかしこの空間は、足溜りとなっても、発展の動力になることはないであろう。なぜなら、そこには表象としてのイマージュは、〈死語〉の能力しか発揮しえないからである。」著者は超現実主義絵画の方向について厳しい評価を与えています。シュルレアリスムの正しい理解とその歴史的背景を知ればこその文章であろうと思います。今回はここまでにします。
    ミロとクレーについて
    「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)は、個々の芸術家に関しての文章が掲載されています。今回はホワン・ミロとパウル・クレーです。まずミロから。「彼(ミロ)はすでに、あらゆる事物は精神によってこそ、無から抽き出され、永遠にもたらされるものであることを考えはじめていた。これまでの彼の作品は、結局多少とも絵画のすでにつくられた型にしたがっていたのであるが、彼はしだいに、詩の直接な形成力に接触しはじめていた。~略~『農場』と題された絵は、ミロのこの一転機を示す美しい大作であった。彼にとっては最初の記念すべき綜合であり、これまでの造形的訓練が高潮に達していて、しかも詩的な感動を豊潤に湛えたものであった。~略~彼のオブジェやコラージュには、しばしば突飛な風に色彩的で、具体的な感じのものが要素になっている。剥製のオームとか、着色絵葉書の切抜きなどが、突拍子もなく現われる。この具体物への趣味は、たとえばダリなどの場合と非常にちがっているであろう。ダリはそれらのものを、自分の手で着色したように見えるが、ミロの場合は、明快な効果として空間のうちで衝撃を起こし、第二の空間をつくり出すように感じられる。~略~ミロとクレーは、ともに〈詩人画家〉であること、ともに機智と非合理的連想に富んでいること、原始人や子供の絵画に比較されることなどにおいて似ている。またそれ以上に、この二人の寡黙で内省的な性格には一味相通じるものがある。しかしミロはクレーよりもいっそう単純な方法を愛する。彼にはクレーのような心理的知性からの暗鬱なニュアンスがない。」そこで次にクレーです。「シュルレアリストが〈神秘〉対して、いつも注意深い口実を見出してきたのに較べて、しかもしばしばシュルレアリストの隣りに位置せしめられてきたクレーが、神秘に対してなんの防禦もしていないところに、たしかにこの画家の性格のありかがあるのであろう。~略~彼は版画によってえた線的傾向から色彩的な領域に転換するために、ガラス絵を描いたといわれるが、彼に色彩的な素質が欠如していたわけではない。色彩もまた彼の特異な達成の領域であり、心理的楽譜のもっとも重要な要素となっている。」今回はここまでにします。
    ダリについて
    「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)は、個々の芸術家に関しての文章が掲載されていますが、今回はサルバドール・ダリに関する論考が2つありました。論考には「超物質的形態学」と「謎の創造者」という表題がついていたのは、ダリがシュルレアリストのなかで重要な立場にいることを示しています。2つの論考から気を留めた箇所をピックアップいたします。「人間はつねに認識において、相反する二つの面ないしは傾向を持つ。形而上学的な論理的体系の構築において人間は実に巨大な足跡を印しているが、微風にさえも消えてしまいそうな、幻想的な、非体系的な、直観的、非論理的な領域においても侮ることのできない遺産をもっている。~略~彼(ダリ)の芸術は飽くまで自発的な象徴的凝固力によるものであり、ただその表現において強烈な客観法をとっている点が、彼のいわゆる批判という言葉に相当するのであって、狂人そのものの芸術とは明瞭に区別されるべきだと思う。~略~ダリの出現はまったく疾風迅雷的な観を呈し、センセーショナルであったために、シュルレアリスムの絵画即ダリの絵画というような錯覚をさえ一部の人たちに与えたのも無理のないことであろう。~略~ダリは好んで柔軟な物体を、しかも偏執的に強調して描いている。有名な柔かい時計もそうであり、やっと木製の支柱で支えられた脂肪質の軟かい肉体的変形物もそうである。こうした柔軟性の、あるいは流動性の物質はダリの形態学の特徴である。また無限を思わせる澄明な空気や、微塵までも見えそうな不思議な照射光線は空間に異様な密度を与えることがある。」私もシュルレアリスムを知った高校時代には、ダリの絵画がその代表として印象にありました。シュルレアリスムの中でダリは重要な芸術家だけれども、その体系ではほんの一部でしかないことを認識したのは大学で美術を専攻してからでした。今回はここまでにします。