2024.01.31 Wednesday
今日で2024年最初の1ヶ月である1月が終わります。今月を振り返る前に、つい先日、声楽家であった叔父が亡くなり、今日がお通夜でした。享年88歳。親戚の中では唯一芸術表現をやっていた人で、つまり私の最大の理解者でした。たとえ叔父が老齢であっても私には残念でなりません。とうとう叔父が逝ってしまったのかと、私は寂しい気持ちでいっぱいでした。明日が告別式なので、叔父に関することは明日のNOTE(ブログ)に書こうと思います。今月を振り返ると、31日間あったうち工房に出かけたのは30日間ありました。元旦は窯入れの温度確認に行っているので作業はしていませんでしたが、初詣に出かける前に工房に立ち寄ったのでした。工房に行かなかった1日は教え子と映画に行った日で、この日は制作を完全にオフにしていました。展覧会散策の日は工房で作業をしていましたが、美大の卒業制作展に行った日は元旦と同じく窯入れの温度確認に工房に立ち寄っています。ここまで陶彫制作に埋没していると、手がガサガサになり、ハンドクリームがすぐなくなってしまいます。今月も陶彫立方体作りを飽きもせず繰り返し行っているのですが、制作と言うより修行ではないかと思う時があります。でも不思議と退屈はしません。彫り込み加飾で頭を使っているせいでしょうか。今月の展覧会は「みちのく いとしい仏たち」展(東京駅ステーションギャラリー)、卒業制作展(多摩美術大学)の2つでした。映画館には「ビヨンド・ユートピア 脱北」(kino cinemaみなとみらい)、「メンゲレと私」(シネマ ジャック&ベティ)の2本に行きました。鑑賞としてはまぁまぁかなと思っています。RECORD制作は毎晩頑張っていましたが、なかなか追いつけない状況が続いています。これは粘り強く取り組んでいきます。読書はバロック時代の巨匠カラヴァッジョに関する書籍を味わいながら読んでいます。結構面白くなっていて、楽しみになってきています。
2024.01.30 Tuesday
「ホロコースト証言シリーズ」3部作の三作目「メンゲレと私」を観てきました。前2作を私は岩波ホールで観ていましたが、今回は横浜のミニシアターで上映しているのを知って早速出かけたのでした。3部作とも私は一人で行きました。いずれもオーストリアで制作されたドキュメンタリーで、これを残しておかなければホロコーストの実態が分からなくなるという思いがあったのだろうと思います。解説を引用いたします。「『メンゲレと私』は1930年代から40年代にかけて、苛酷な運命に翻弄されつつも奇跡的に生き延びた、とある少年の数奇な人生を描いている。それは、少年だったダニエル・ハノッホが、生まれ故郷であるリトアニアのカウナスから、ユダヤ人ゲットーや幾つかの強制収容所での生活を経て、パレスチナまで辿り着くまでの『放浪の日々』を記録した、成長物語でもある。ダニエル・ハノッホの家族がナチ・ドイツによってゲットーに収容された時、ダニエルはわずか9歳だった。その後、12歳の時に、ダニエルはアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に連行されることになる。彼は、ランぺと呼ばれる降荷場で、木製の荷車に死体や荷物を乗せて、クレマトリウム(ガス室や焼却場などの複合施設)へ運ぶ仕事に従事させられたのだ。時に彼は、双子の人体実験で恐れられ、”死の天使”と呼ばれれていたヨーゼフ・メンゲレ医師の模範的な囚人役を務めねばならず、さらには戦争末期に、西部へ向かう”死の行進”にも連行された。終戦間際、オーストリアにあったマウトハウゼン強制収容所とグンスキルヒェン強制収容所で、ダニエルはカニバリズムを目撃している。」ここで私は身の毛がよだつ戦慄を覚えました。従来のホロコーストには登場しなかったカニバリズム、つまり人が人肉を食らう行為が初めて語られ、そんなこともあったのかと認識しました。ダニエルはこれを真っ向から否定し、戦時下でもやってはいけない行為としていたのには、人間としての最低限の品性があったと思いました。映画のほとんどはインタビューによるものですが、語られる内容の悲惨さに改めて驚愕し、現在もイスラエルとハマスの間で戦争をしている現状を考えると、決してこれは昔のことではなく現在進行形で行われている虐殺行為なのだと自覚しました。
2024.01.29 Monday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の「第4章 幻視のリアリズム」から「4 バロック的ヴィジョンへ」の気になった箇所を取り上げます。この単元で第4章は終了です。本単元ではベルニーニが登場してきますが、ベルニーニと言えば、私は劇的な彫刻を作るバロック時代の巨匠と認識しております。「現実性を取り込んだカラヴァッジョ的なヴィジョン表現は、ベルニーニによって発展し、変質していったのである。」ベルニーニに関するこんな記述もありました。「ベルニーニはこのように絵画・建築・彫刻、そして光を融合させた総合芸術によって観者のいる現実空間を神秘劇の劇場に変容させたが、カラヴァッジョの場合も、《聖パウロの回心》のチェラージ礼拝堂のように現実の光を取り込むことや、《エマオの晩餐》や《キリストの埋葬》などに見られるように、観者の視点に合わせて画面を構成し、画中から突出するイリュージョンや、画中に民衆や写実的な静物のモチーフを導入することで画中の空間を観者の空間に接続させること、そして《聖ルチアの埋葬》や《ラザロの復活》のように、設置される空間の歴史や環境を考慮してこれを作品に反映させるといった、様々な手法によって現実空間にヴィジョンを現出させる『劇場化』を試みていた。ベルニーニは、カラヴァッジョが絵画のみで行った空間の劇場化を完全に理解し、彫刻や建築を動員して完成させたといってよい。」さらにカラヴァッジョに関してこんな評論もありました。「アルガンはカラヴァッジョのリアリズムとは、『生ではなく死の側から眺めた世界のヴィジョン』であると評したが、それは、ありふれた現実を突如として奇蹟的なヴィジョンに変貌させる特異なリアリズムであった。現世の事象のうちに神の啓示を見るだけでなく、そのヴィジョンを誰にでも触知でき、どこにでも起こりうるものとして表現したのである。客観的なリアリズムを通して内面的なヴィジョンを表現しえた点にこそ、カラヴァッジョの真骨頂があるといってよいだろう。」今回はここまでにします。
2024.01.28 Sunday
週末になると、作品についての思うことを書いていますが、NOTE(ブログ)もこれだけ長く続けていると、過去に書いた同じことを言い方だけ変えているようになっているのではないかと不安にも感じます。今日のタイトルにした「集合彫刻」も幾度となくNOTE(ブログ)に書いているように記憶していますが、たとえ同じでも今日再確認したこともあったので書いていきます。彫刻のテーマを発掘された都市遺産にしたことで、材質を陶にして、同時に空間に広がる大きさを表すために集合彫刻にしました。私にとって陶彫で作品を作ることと集合彫刻にして設置することは同時に出てきました。陶彫は窯入れをして焼成しないと作品は完成しません。窯内の体積があるため、作品をどこまでも大きくすることが出来ず、それなら陶彫同士をボルトナットで繋いでスケールを手に入れる方法を採りました。陶彫部品は目立つ部品とそれを支える部品があって、ひとつの作品世界の中に数十点の部品で構成していました。綿密に全体的な計算をして制作をしていましたが、それでは形態に意外性がなくなって退屈するため、あえて計算をしない箇所を作り、無計画と無計画をぶつけて摩擦を生じさせ、それをどう繋いでいくのかを考えることにしました。その方法が結構面白くて、暫くその方法で制作を続けていました。基本的な制作姿勢は今後もこの通りでいくつもりですが、2年越しで作っている現在の陶彫立方体は、陶彫部品に主従の関係はなく、同じ大きさの立方体に彫り込み加飾を施しているだけです。その立方体を積み上げてギャラリーに展示するので、従来の集合彫刻とは異なるコンセプトがあります。今回はそれでやってみようと思ったのです。陶彫制作をしながら、今日はそんなことを考えていました。
2024.01.27 Saturday
週末になりました。今週も相変わらず陶彫制作に明け暮れていました。このところ朝9時から夕方3時まで制作をやるようになって、寒さに身体が慣れてきたのではないかと思います。ただし、陶土は水を含んでいるので、悴んだ手をストーブで温めながら作業をしているのは言うまでもありません。ハンドクリームも頻繁に使っています。工房の窓から外を眺めていると、梅の花がちらほら咲いています。枝に小鳥がいると春の気配を感じます。空気が澄んでいるのか、工房から雪化粧した富士山がくっきり見えます。日本画の画題にでもなりそうな雰囲気ですが、私の場合は彫刻なので、ただ眺めているだけでスケッチもしません。さて、今週の水曜日は教え子と横浜みなとみらいにあるミニシアターに行ってきました。この映画館には初めて行きました。観た映画は「ビヨンド・ユートピア 脱北」で大変刺激的な内容でした。日本の近隣でこんなことがあるなんて信じ難いのですが、これは北朝鮮から韓国へ、身を隠しながら逃亡する家族のドキュメンタリーなのです。撮影クルーもよくぞ撮ったなぁと思うほど緊迫した場面の連続でした。私たちが日本で日常的に何不自由ない生活ができているのは、皆の努力の賜物ではないかとさえ思うようになりました。実は来週もこうした社会的映画を観に行こうと決めています。今週も夜はRECORD制作を頑張っていました。立体制作は昼、平面制作は夜というのが定番になりつつあって、それは平日も週末もありません。読書はRECORD制作の合間にやっていて、バロック時代の宗教画に憑りつかれてしまいそうです。