2024.05.16 Thursday
昨日、東京上野にある東京都美術館で開催している「デ・キリコ展」に行ってきました。ジョルジョ・デ・キリコは私には馴染みのあるイタリアの画家ですが、形而上絵画以前の初期段階に描かれた具象絵画の数々を初めて見て、その卓抜したデッサン力に驚きました。西洋絵画の伝統に則った古典技法からなる絵画の再考からデ・キリコは始めたようで、展覧会場の第一室から漂う西洋臭さに私は圧倒されました。さらに彼の得意とした哲学的な思索に対し、絵画としての具現化を試みたようです。図録には「デ・キリコは色彩主義や表現主義を強いる偉大な同業者たちの形式的かつ抽象的な模索を避け、夢や世界の神秘、記憶という未踏の地にみずからの探究を投影し、シュルレアリスムと無意識にかかわる20世紀とそれ以降のありとあらゆる芸術表現へとつながる、最も重要な道を切りひらいた。」とありました。ニーチェやショーペンハウアーといった哲学者に傾倒したデ・キリコは形而上なる絵画を創り出していきます。「デ・キリコの形而上絵画的な新規性の核心は、先立つ哲学的な考察がすでに下ごしらえを済ませていた新たな詩的かつ美的な体系をいっそう精緻なものに練り上げたことのみならず、むしろまったく新しい表象の体系を構築したことにある。」こんな具体例を挙げています。「絵画に登場する特定可能な虚構の場所の多くは、デ・キリコの絵画哲学において常に特別な意味を有している。それは場所や事物が帯びる神秘的な側面を特徴づけることをねらいとした『雰囲気』が、あるいはデ・キリコの着想自体が占める位置である。~略~アポリネールのアイディアとの邂逅を経て、デ・キリコの絵画空間はめくるめく遠近法を獲得し、舞台はあからさまに不自然なものとなった。建築的要素はすべからく挑発的に配置され、特定の意味のつながりに欠けるため、記憶の参照価値を失う。創造される空間と文脈は、夢のなかの不条理なものへ、ますます近づいていく。」(引用は全てファビオ・ベンツィ著)これは図録掲載論述の一部抜粋ですが、デ・キリコの形而上絵画には評論家が意見を寄せたくなるものがあるように思います。私も学生時代であるならば、デ・キリコの形而上絵画を酒の肴にして、友人たちと盛り上がるだろうなぁと想像しました。
2024.05.15 Wednesday
スケジュールが切迫した陶彫制作でも成形や彫り込み加飾ばかりやっていられず、土練りや焼成という大事な制作工程があります。とくに焼成で作品を窯に入れている間は、電気の関係で照明等が使えず、工房での作業は諦めざるを得ません。そんな窯入れの最中に、美術館に行って展覧会を見てくるのが定番になっています。昨日は窯入れの準備に追われました。今朝は窯の温度確認に工房に行き、そのまま座布団大のタタラを数枚用意しました。太陽光しか入らない工房でも単純な作業は出来るのです。昼前になって定期診察のために家内を車で病院に連れていき、診察が終わった後、家内を邦楽器の練習会場に送り届けました。これも焼成で工房が使えないために付き添えたことで、時間を有効に利用したと思っています。午後は私一人で東京の上野に出かけていきました。東京都美術館で開催している「デ・キリコ展」を見てこようと思っていたのです。上野駅に着いた時は大勢の観光客がいて、展覧会場はどうなっているのか心配しましたが、幸い「デ・キリコ展」は思っていたような混雑ぶりはなく、落ち着いて作品を鑑賞することが出来ました。ちょうど今シュルレアリスム関連の書籍を読んでいるので、「デ・キリコ展」は私にとってタイムリーな企画展でした。芸術家ジョルジョ・デ・キリコはギリシャ生まれのイタリア人で、私からすれば彼は西洋美術を体現した成育歴を持ち、そのバタ臭いデッサンを基盤に、遠近法を歪め、謎の物体を配置した形而上絵画をじっくり眺められる絶好の機会となりました。デ・キリコの作品は幾度となく日本で私は見ていて、それほど久しぶりな感じを持たなかったのは、前にどこかで展覧会が企画されていたのではないかと思いました。今回は質量ともにかなり充実した作品群があったので、詳しい感想は後日改めたいと思います。明日から再び陶彫制作に精を出しますが、今日は良い気分転換になったように思います。
2024.05.14 Tuesday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の、「前衛美術と文化的課題」の気に留めた箇所をピックアップいたしますが、著者が原稿を執筆したのは1930年から40年頃ということを考慮する必要があります。「現在の美術の文化性を決定する要素はいろいろあるであろうが、個性的欲求と集団的欲求とを調和させること、ないしは綜合させることにあるとわたしは考える。このことはもちろん個性的な表現を集団的な欲求のために抑圧し無視する意味ではない。~略~国策性は政治の主題であって、美術はそれに即応しつつ個有の動機をもたねばならないのである。」超現実主義に触れた箇所もありました。「すぐれた芸術の神秘的な部分は、無意識的欲望の現実的結晶だということに異論はあるまい。この無意識が現代の説明によってそれぞれ変化してはいるが、その凝結と訴求の真理は恒久的あるということができよう。ブルトンらの超現実性の理念が、きわめて急進的に見えながら、たえず芸術のうちにその解決を求めている事実はなにを物語るのだろうか。人間の行為そのものにはひとつの限界があり、そこに表現が必然化されるのである。あるいは永遠性の証拠が必要とされるのである。」抽象主義にも触れた箇所がありました。「現在の日本の抽象主義の傾向には、象形芸術と必然的な連関をもった一つの系(再現的要素は完全な客体に移行すべきモティーフとして存在する)と、完全に造型的理念として独立しようとする非象形芸術の系とが並存しているように見える。この二つの系はもちろん互いに矛盾しながらひとつの意志に沿っているように思える。」70年も前に書かれた評論ですが、改めて芸術の本質を浮き彫りにしていて、当時から比べれば多様化した2020年代の芸術表現にも一脈通じるものがあると私は感じました。言い回しの古さはともかくとして、優れた論考であることに違いはありません。
2024.05.13 Monday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の、日本人画家に関する三題を取り上げます。ひとつは28歳で早世した画家飯田操朗に関する著述です。「作画生活を通して、飯田操朗がわたしたちの前に現われた期間は、まことに短かいものであった。この短かさが、彼の創造を、未完成なものにしたことは争われないとしても、限定を余儀なくされた彼の若さは、彼の瞬間的な時間を凝縮せしめるのに充分であった。しかも、彼のような時代と位置にいた若い画家としての意欲と体験とは、決して単純なものではなかったはずである。彼自身、目まぐるしい転換を短かいあいだに意識しなければならなかったであろう。こうした廻り燈籠のような反映のなかで、彼の絵は描かれはじめた。その影響はいくつかの習作のなかに、もっとも素直に感受されている。~略~キュビスム以後の、分析的な方法や、誇張的な方法が、彼のエチュードを強く支配してきたことを見のがしてはならない。むしろ彼の積極的な意欲は、同時代の同じミリューの作家たちと同じく、キュビスム後期からシュルレアリスムまでの、近代絵画の発展をわが国の西洋絵画の特殊な錯雑性のなかで、間断なく眺めてきたのであった。」次に桂ユキ子に関する文章です。「桂ユキ子のコラージュ・絵画を阿部芳文が撮した写真を見て、わたしは甘んじて写真のトリックにかかることをよろこんだ。この写真のなかに、慣習的な同化法則によって、重複物の世界をさがすとき、人は意外な花束に出会うだろう。それが桂ユキ子のコラージュである。」最後に「飾窓のある展覧会」を訪れた著者に鑑賞者から話しかけられた言葉を引用いたします。「わたしは偶然この会場で見知らぬ中老の一紳士からの熱心な質問を受けた。わたしたちの話は物体にまではおよばなかったが、話の末に、『かつてわたしは北陸の山脈で不思議な皺と形をした大きな古岩に出会った。わたしには地質学上の知識はないが、その石全体に妙に謎のような深い印象を与えられた。いまこの展覧会で図らずもその妙な印象の謎が融けるような気がする』とその人は語った。」今回はここまでにします。
2024.05.12 Sunday
日曜日になっても、朝から工房に籠って陶彫制作に明け暮れていました。創作活動で1日7時間以上も陶土に対面しているのは、なかなか厳しいものがあって、3年前の退職まで仕事をしてきた職種とはかなり異なっています。教育職と言えども勤務には緩急があって、生徒たちとの触れ合いや指導支援にも緊迫した時間や緩い時間が存在しています。授業のない空き時間は教材研究をしながら、ほっとする余裕の時間を持つことも出来ました。机に積み上げられた課題が勤務時間には終わらないことも暫しありましたが、職員室には同じように課題を抱える同僚がいて和気あいあいとしていました。管理職になっても基本的には同じで、学校運営でも組織的対応がなされていたので、私としては心強い限りでした。私の個人的な創作活動はガラリと雰囲気が変わり、仕事に責任を負わない分、自分の納得との折り合いになり、どこまで粘って自己表現を深めるのか、全てが自分次第になるのです。そうした中では当然のように緊張感もあり、それを解消する手立てがなければ精神的に追い詰められることになりかねません。時間をとってお茶を飲むこともせず、散歩もしない私は、緊張感解消のために何をしているのか、今日は自分で自身を観察してみました。そこで無意識に些細な気分転換を繰り返している自分に気づきました。陶彫制作には土練り、成形、加飾、仕上げ、化粧掛け、焼成という工程があり、それも複数の工程を段階を変えてやっています。私が制作サイクルと呼んでいるものですが、ひとつの工程が終わると、私は手を洗いに行きます。陶土で泥まみれになった手を何度も洗い、自宅から持参した水筒から水を一口飲む行為を繰り返していたのです。使う道具も何度も洗います。またすぐ使うとしても必ず洗っています。その時は手に馴染んだ道具に感謝もしています。これが些細な気分転換になっているのだろうと思います。昔、受験時代にデッサンを描くときに、鉛筆を小刀で丁寧に削っていましたが、これも気分転換として似た行為だったのかもしれません。緊張を緩和する手段は何でもいいのではないかと思えた工房での一コマでした。