2024.06.05 Wednesday
「シュルレアリスムのために」(瀧口修造著 せりか書房)の「シュルレアリスムの動向」について、気に留めた箇所をピックアップいたします。「シュルレアリスムは文学を形成しようとする手段の組織体ではない。シュルレアリスムの範囲は実験科学的領域の価値をもつものであり、もしこの領域が他日、進化したあかつきに、なにものかに衝突するとすれば、それはひとつの文化に対してであろう。そしてシュルレアリストにとってこの文化は唯物論的科学を対象としている点で、対立するものがプロレタリア文学ではないことは明らかである。」これはシュルレアリスムが文学という狭い領域に留まらない運動であることを訴えたものです。「シュルレアリスムは最初において、夢と理知との矛盾に対して激しい注意を喚起した。彼らが、夢を託したり、夢の心的活動を自動筆記において再現しようと企図したのは、いうまでもなく夢をもって、一種のユートピア的雰囲気をもって、現実を糊塗するためではなかった。それを実験に移すのに、彼らはつねに表象を借りなければならなかった。この表象は、永遠という返却期日の記入された借用証書でもあるのだ。そして唯物論的転向をした後のシュルレアリストは、夢の、無意識の問題を、けっして捨てたのではない。むしろ、そこにシュルレアリスムの発展の、もっとも重要な鍵があるのではなかろうか。」フロイトとの関連にも考察が及んでいました。「フロイトにおける、抑圧作用の原則は、人間の最大な秘密の鍵でなくてはならない。精神の流れは、つねに個体の中心を破って、宇宙的なひとつの意識に合流しようとする。この意識の方向は、その表現を、夢に、あるいは正常な人間では圧迫されているひとつの傾向の、怪奇な組織化にほかならぬ或る心的疾病に求めようとするものである。シュルレアリスムが、ヒステリーや狂気に重要な啓示の源泉を求めようとするのは当然である。」今回はここまでにします。
2024.06.04 Tuesday
日曜日に図録用の写真撮影を行い、今晩はカメラマンが撮った多くの画像から図録に載せる写真を選ぶ作業をやりました。私の彫刻作品は、2人のカメラマンの協働作業によって支えられています。2人のカメラマンはそれぞれ独立して仕事をしている人たちですが、男性カメラマンが被写体の視点を決めてシャッターを切っていて、女性カメラマンは図録のページごとに写真をレイアウトする分担をしてくれています。つまりホームページは女性カメラマンが構成を考えていて、要望がある時は彼女にお願いしています。今晩は画像を印刷したものを2人が自宅に持参して、私が多くの画像の中から図録に載せる写真を選びました。画像選びは直感によるところが多く、暫く眺めていると迷いが生じてくるのです。自分が分からない時は家内に任せる時もあります。こればかりは第三者がドライに選んだ場合が良い時もあります。何と言っても画像選びは楽しい作業であるのは間違いありません。今年の図録はどんな仕上がりになるのか、見通しが立つことで、自分の今までのキャリアを実感できるからです。図録は個展の度に作成しているので、今回で19冊目になりますが、最初の1冊目からずっと同じサイズ、同じページ数で作っています。これは敢えて同じにしている意図があるのです。それは同じ土俵で作品の軌跡を見比べる意図に他なりません。自分が空間に対して、どのようなアプローチをしたのか、そこにどんな思索を忍ばせたのか、願わくば成長の過程が描かれていると私は幸福を感じるのですが、こればかりは自分ではよく分かりません。ともかく今年の図録も個展会場で無料配布いたします。図録に対してもご意見、ご感想をいただけると幸いです。
2024.06.03 Monday
私は子どもの頃から魑魅魍魎に惹かれていて、今でも思い出すのが中学1年生の読書感想文にカフカの「変身」を取り上げたことです。私が苦心して書き上げた拙い文章に、教師は疑いの眼を持っていたことも覚えています。難解だった内容でも、何かを捉えようと私はそこから逃げ出したい気持ちを抑えて理解することに務めました。今日の朝日新聞の「天声人語」に「変身」のことが掲載されていたので、引用いたします。「ある朝、目覚めると、グレゴール・ザムザは『巨大な毒虫』になっていた。フランツ・カフカの『変身』である。どんな虫になったのか。以前の邦訳からは自分なりのイメージが持てたのだが、最近、それが揺らいでいる。いくつもの新訳を読んだからだ。例えば、『途方もない虫』とか『馬鹿でかい虫』といった訳がある。『化け物じみた図体の虫けら』とも。~略~うーむ。よく分からない。いったいはグレゴールは、何に変身したのだろう。実はこれこそ、カフカの狙いなのかもしれない。多くの文学者が指摘することだが、『変身』の本の扉絵に『昆虫そのものを描くことはいけません』とする手紙を、作家はわざわざ出版社に送っている。あえて彼は、分かりやすいイメージを読者に与えないようにしたのではないか。得体の知れない生き物に自分が変質する。その自分とは何か。変わるとは何なのか。優れた小説は深遠な問いを読者に投げかけ、自由な想像を促す。『生きることは、たえずわき道にそれていくことだ。本当はどこに向かうはずだったか、振り返ってみることさえ許されない』。そんな言葉を残し、カフカは40歳で亡くなった。きょうでそれから、ちょうど100年になる。」中学生の私は、当時この小説の居心地の悪さを感じていて、単なる怪奇小説と思って読んでいた私は、何が何だか分からない闇に放り込まれたのでした。数十年後に再読してみると、自分という不可解な生命体の輪郭がボンヤリとしてきて、己を問う隙間があちらこちらにあって、そこが「変身」のテーマなのかなぁとも思いました。
2024.06.02 Sunday
今日は1年で1回の図録用の写真撮影日でした。天気予報を見て早朝から心配をしていたのは、雨の降り方がどうなるのかということでした。朝5時過ぎに目覚めるとかなり雨が降っていて、今日の撮影は室内工房中心になりそうだと思っていました。カメラマンの他にスタッフを複数呼んでいたために、容易に撮影日を変更することが出来ず、おまけに個展案内状や図録の印刷を考えると、日程的に切羽詰まった状況でもありました。毎年天気予報では雨と言われていても、写真撮影の時は不思議と晴れわたる奇跡がありました。今年も奇跡を期待していたところ、果たして奇跡は起きました。スタッフが集合し、カメラマンが到着した時刻に雨が上がり、僅かながら青空も出ていました。ただし、ネットで調べると雨が降らないのは午前中2時間程度だったので、まず野外工房での撮影を優先しました。今回は今年作った陶彫立方体に加えて、昨年の陶彫立方体も合わせて撮影したので、相当な個数になり、それだけでも空間演出にはいろいろな工夫が出来ました。陶彫立方体を積み上げて筒状にしたエリアは、私から見ても結構面白いなぁと感じました。コンクリートを打った野外工房に陶彫立方体を配置した後、隣接する草叢にもいくつかの陶彫立方体を点在させて、撮影に臨みました。その時になって雨が降り出したので、草叢に点在する陶彫立方体には水をかけて、雨を逆利用しました。それらを室内工房に全て運び込んで、室内での撮影になりましたが、室内では陶彫立方体を文様を描くように並べ、野外との空間的差異を強調しました。昨年に続いて半年分のRECORD撮影が終わったのは午後4時を回っていました。例年より今年の撮影は時間がかかりました。今年も美術を専門とするスタッフたちに助けられました。彼らに感謝を伝えながら工房を後にしました。
2024.06.01 Saturday
週末になりました。今日から6月ですが、今週の振り返りを行ないます。今週も朝から夕方まで毎日工房に通って陶彫制作に明け暮れました。日曜日の夕方に窯入れを行ない、月曜日は窯以外の電気が使えず、自然光で陶彫の彫り込み加飾をやっていました。工房は亡父の残した植木畑に建っていますが、亡父が使っていた木造納屋があって、建っているのが不思議なほど壊れかけていました。近所に新しく住まれた人から納屋のトタンが風で飛ぶのではないかと指摘され、近隣の工務店に納屋の撤去をお願いしました。その工務店は父の代から付き合いがあって、野外工房のコンクリートを打ってくれたのもその業者でした。納屋はその日のうちに取り壊しましたが、近々図録用の写真撮影があるため、廃材はまとめて撮影に影響しないところに置いてあります。水曜日は窯出しと新たな窯入れを行ない、木曜日も自然光で陶彫成形を行なっていました。その日は自宅にエアコンの清掃業者を呼んで、一階と二階のエアコンの分解掃除をしていただきました。自宅のエアコンは天井に組み込まれたもので、もう製造をしていない古いタイプのものですが、最近のエアコンのような自動清浄機がついていないので、業者にやってもらうしかないのです。今年の夏もかなり暑くなると聞いているので、このあたりでエアコンの掃除をしておこうと家内と決めたのでした。昨日のNOTE(ブログ)にも書きましたが、今週も相変わらず寒暖差が激しく、夜は疲れて仕方がなかったのですが、このNOTE(ブログ)とRECORD制作、習慣となった読書をしていて、毎晩倒れこむように就寝していました。充実していると言えばこれほど充実を実感している時期もないのではないかと思っています。