2024.03.26 Tuesday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)を読み終えました。バロック期の西洋美術に疎かった私にとって、画家カラヴァッジョの存在は重要なものでした。カラヴァッジョ作品に導入されて、バロック期の宗教美術を知る手掛かりになったからです。本書を読むまでカラヴァッジョに関して私が知らなかったことが多く、とりわけ代表作品の丁寧な分析は役に立ちました。私の浅はかな知識としては、カラヴァッジョは不埒で横暴な性格で、どこでも乱闘事件を起こし、ローマでは殺人を犯して逃走した画家として、半ばゴシップ記事のように画家の歩みを理解していました。画業ではレンブラントの先達のような光と影のコントラストが激しい絵画を描いた画家として認知していたに過ぎません。その画家が宗教画を描いていたことに私は違和感を覚えていましたが、本書を通じてバロック絵画の新しい門扉を開いた世界観を知り、とくに光が差し込むところに神の存在を示唆した設定に、現代に通じる表現を見取りました。著者のあとがきにこんな文章がありました。「タイトルについてひとこと説明しておくと、副題の『聖性とヴィジョン』は、現実的でありながら聖なるものを表現するカラヴァッジョ芸術の本質を表そうとしたものである。第4章(幻視のリアリズム)で述べたように、カラヴァッジョの作品世界は、観者が画中の人物とともに見るヴィジョン(幻視)であるととらえられる。オッタヴィオ・パラヴィチーノ枢機卿は1603年にカラヴァッジョのことを『聖と俗の間にある』と評したが、カラヴァッジョ作品は俗に見えて俗ではなく、その現実的・触知的なヴィジョンはあくまでも高い聖性を備えているのである。」これがカラヴァッジョ作品の本質であり、私にも理解できた箇所でした。カラヴァッジョは享年38歳。いわゆる早世ですが、殺人事件による処刑ではなく、熱病による死亡だったようです。
2024.03.25 Monday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の「第10章 失われた最後の大作 」の「4 《キリストの復活》再現の試み 」の気になった箇所を取り上げます。本単元をもって本書は全て終了となります。画家カラヴァッジョの最晩年の作品は「生誕」と「キリストの復活」ですが、その双方とも失われています。「生誕」は盗難に遭い、「キリストの復活」は礼拝堂の倒壊に遭いました。「第二次ナポリ時代の作でもっとも重要な大作は、サンタンナ・デイ・ロンバルディ聖堂のフェナロリ礼拝堂に設置された《キリストの復活》である。この作品は、1805年にナポリを襲った大地震で教会が倒壊したときに失われたとされる。」そこでさまざまな人が、カラヴァッジョに関連した同時代の別の画家の作風から「キリストの復活」の再現を試みましたが、決め手となるものは未だにありません。「(《キリストの復活》は、)マルタ時代の《洗礼者ヨハネの斬首》からシチリア時代の《聖ルチアの埋葬》や《ラザロの復活》を経て、先ほど考察したパレルモの《生誕》にいたる構成の延長線上にあると考えられるのである。とはいえ、マルタ・シチリア作品ほど茫漠とした広い空間ではなく、パレルモの《生誕》のように、ある程度、人物が画面の表面近くに配されていたであろう。薄暗い空間にひそやかにたたずむ聖母を囲む二人の聖人と天使という構成が、中央に立つキリストとその周囲に横たわる兵士たちという構成に継承され、同じような静謐な印象を与えたと推定できるのである。カラヴァッジョが最後に示した新たな様式展開は、マルタ・シチリア時代の茫漠とした空間構成から、より人物の比重の大きなローマ時代のそれに回帰する傾向にあったといってよいだろう。画家自身もローマへの帰還を切望していた頃であった。しかし、画家のローマ帰還が果たせなかったように、この新たな様式展開も途絶され、わずかではあったがその見事な成果たる作品も、皮肉なことに画家の淡い夢と同じく消失してしまったのである。」これで本書の幕引きとなりますが、後日改めて読後の感想をアップし、私が感じたカラヴァッジョについて述べさせていただきます。
2024.03.24 Sunday
今日は日曜日ですが、昨日書くはずだった1週間の振り返りが出来ていなかったので、今日書くことにしました。先週の日曜日から昨日の土曜日までの1週間のうち、工房での陶彫制作が出来なかったのは木曜日だけでした。木曜日は先月開催した横浜でのグループ展のメンバーによる懇親会があって、今年からグループ展に参加した私はその懇親会に出席しました。グループ展は退職中学校校長会が母体となって組織されていて、懇親会も元校長の一人が昔から懇意にしていた店を借りていました。店の営業が始まる前の特別な時間に、店側の懇意で始まった懇親会では、鯛の塩釜焼を提供していただきました。鯛そのものも美味しかったのですが、それを雑炊にしていただいて、私は久しぶりに海鮮料理を堪能しました。私が校長を退職する時は、コロナ禍で歓送迎会が出来なかったので、本当に久しぶりに仲間が集まった感じを持ちました。その後で横浜駅のデパートを会場にした書展にも行きました。出品している人にも会えて、有意義な一日だったなぁと思い返しています。昨日は春彼岸の最終日だったので、家内と墓参りに出かけました。家内の両親も私の両親も横浜市内の墓地に葬られているため、午前中に2ヶ所の墓地を回って墓掃除と彼岸花を手向けることができました。ここ数日は寒の戻りがあって、真冬のような日が続いています。工房も寒くてまだまだストーブが活躍しています。桜の開花予想が先に延びて、来月を待たないと横浜の桜は咲かないかもしれません。
2024.03.23 Saturday
週末になりました。土曜日は1週間の振り返りをしていますが、今日は春彼岸明けになってしまう日なので、朝のうちに家内の両親が眠る久保山墓地と、私の両親が眠る自宅近隣にある菩提寺に墓参りに行ってきました。1週間の振り返りは明日書くつもりです。墓参りは春と秋のお彼岸の時にしか出かけない私は、先祖には申し訳ないと思いつつ、今を生きている自分たちの方が大事なのだという考えもあり、今日は墓参りだけでは終わらない一日にしました。つまり自分が生きている証には創作活動が欠かせないため、墓参りから帰った後で、夕方まで工房に籠ることで生きる実感を味わいました。今日の制作内容としては、新たな成形を行うために座布団大のタタラを複数点用意しました。これはよく練った陶土の塊を掌で叩いて薄くのばしていくのです。タタラと紐作りの併用で立ち上げていく成形は、制作工程の中では面白い作業のひとつですが、陶土の均一な厚さを考えながら丁寧にやっていくのが留意点です。タタラにした陶土はある程度硬くなっていないと、立ち上げられないので、成形は一日おいて明日以降になります。今日はタタラを用意した後で、既に成形が終わっている陶彫作品に彫り込み加飾を施す作業に移りました。これは作品に浮彫を行うために、成形とともに面白い制作工程でもあります。陶彫制作には制作段階でいくつもの作業が中途で放置してあります。今日はこれとこれの作業を組み合わせようと考えながら進めていくのです。私が言う「制作サイクル」というもので、陶土の乾燥具合や状況によって複数の工程を同時に見極めていくのです。陶彫制作は自分の都合でななく、陶土の都合でやっていきます。当然中途作業の陶土にはビニールをかけて乾燥を防いでいますが、それでも俄かに乾燥が進みます。陶彫制作を休めない理由がここにあります。
2024.03.22 Friday
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)の「第10章 失われた最後の大作 」の「3 先行作例と晩年様式 」の気になった箇所を取り上げます。「ヴァチカンの《キリストの埋葬》が、聖体拝受のミサを考慮した仰角視点で描かれていること、また、チェラージ礼拝堂の作品において、聖堂上方の窓から差し込む陽光が画面の光源、つまり聖パウロを回心させた神の光と一致していること、またシラクーサの《聖ルチアの埋葬》の前景の人物像の破格の大きさなども祭壇を下方から見上げる効果を考慮したためらしいこと、などからわかるように、《生誕》の構成と様式も、それが設置されるべき祭壇における効果を意図してのことだったと思われるのである。そして、1600年から二年の間に描かれたコンタレッリ礼拝堂の側壁の2点と、チェラージ礼拝堂の2点の作品のように、カラヴァッジョがしばしば近接する時期にまったく異なる画風を示すことがあるのは、設置される空間への画家の計算によって説明できるのではないだろうか。《羊飼いの礼拝》と《生誕》との相違も、そのような様式転換の例であったのではなかろうか。両作品は、主題解釈の点でも画家の晩年の傾向に一致している。マルタ時代以降の作品は、ほとんどが死のテーマを扱っているためか、画面に沈鬱で瞑想的な雰囲気が漂っている。驚愕と歓喜に満ちているはずの《ラザロの復活》や《羊飼いの礼拝》といった主題でさえ、悲嘆にくれたようなマグダラのマリアや聖母の表情が印象的である。《生誕》においても、聖母の放心したような表情からは、ピエタとのつながりを喚起するような暗い雰囲気が醸し出されている。民衆的な貧しさ、無力さが基調となっているのも、この時代のカラヴァッジョ作品の特色といってよい。」失われた《生誕》についてさまざまな角度や視点から考察してきましたが、本章も次回で最後の単元を迎えることになりました。