2023.07.08 Saturday
週末になりました。今週は真夏のような暑い日が続き、工房にいるだけで汗が滴ってきました。今週は陶彫作品のための木箱作りが完了して、個展で発表する陶彫作品はすべて木箱に収まりました。「発掘~坪庭~」の土台もエアキャップをつけたビニールシートで梱包しました。残るのは平面RECORDの額装だけです。漸く心に余裕が出来て、今週は映画館と美術館に鑑賞に出かけました。今週の初めは個展案内状の印刷をやっていて、郵便局に料金別納郵便として投函してきました。やっとここにきて今年も個展が始まるんだなぁと実感が湧いてきました。来週になれば図録が届き、それをもってギャラリーせいほうに行き、カギを預かってきます。例年やっていることですが、毎年作品が異なるので、感慨深いものがあります。特に今年は「発掘~記録~」に関して、全て出来上がっているわけではなく、出品予定の151点は途中経過の折り返し地点に過ぎません。残りの陶彫作品の方が多いので、今週も梱包作業をしながら、来年に向けて新作に取り組んでいました。そうした中で映画館に行ったり、美術館の展覧会を見に行ったりしたのは、なかなか精神的に刺激を受けて、有効な手段だなぁと思いました。映画「TARター」は女性指揮者を描いた映画だったので、彼女が語っていた音楽論は、美術をやっていく上での精神性にも通じ、映画がドラマティックになっていく前段階での音楽を追求する場面に、私は関心を持っていました。ネットの反応を見ると、そんな台詞部分は退屈という意見もありましたが、私の切り取り方は他の観客とは違っていたのかもしれません。泉屋博古館東京の「木島櫻谷」展では、本作よりも写生帖の迫力に驚きました。写生はメモと考える画家もいるだろうと思いますが、木島櫻谷は写生だけでも展覧会が開催できると思いました。風景を雄弁に語る筆致は、本作のような完成された絵画ではない魅力に溢れ、生き生きとした描写が印象に残りました。映画といい、日本画といい、創作の面白さを堪能する機会があったのは幸せでした。来週は個展前の1週間になりますが、どうでしょうか。
2023.07.07 Friday
昨日は工房で作業をした後、家内は邦楽の演奏に出かけ、私は東京六本木にある泉屋博古館東京で開催している「木島櫻谷ー山水夢中」展に行ってきました。泉屋博古館東京に私は初めて行きました。展覧会場は大変見やすくて、広さもちょうどよいと思いました。日本画家木島櫻谷(このしまおうこく)のことを、私はテレビで情報を得ました。その折、映像に映し出された写実的な作風に好感を持ち、これは映像だけでなく実物を見に行かなければ真価は分からないと思い立ったのでした。木島櫻谷は明治時代から昭和時代初期まで活躍した画家で、主に京都画壇を中心に作品発表をしていた人だったようです。会場には大きな屏風や京都南陽院本堂障壁画が展示されて、静謐な雰囲気が漂っていましたが、私が注目したのは写生帖、スケッチブックの類で、風景や人々の暮らし、動物を写し取ったものとして、その圧倒的な質量に目を見張りました。図録より引用いたします。「写生帖に描き止められたものは、山や川、海などの眺望を遠近様々にとらえるほか、岩や樹木など細部観察、ことに渓流や滝、海岸での岩と水の動きをよくとらえている。櫻谷の水への関心の高さは、ある雑誌の『画家の観たる絶景の地』なる特集で『四国の山は峻峭雄抜であるが其割合に水の平凡なところである、清らかで宛ら碧色の玻璃を張ったが如く澄んで居るが、渓流に何らの趣もないのである。吉野川の上流を跋渉したことがある、山は嶮岨で頗る面白かつたのに引き代へ渓流の詰らなさ加減、丁度池のやうに緩くて流れて居るのが淀んで居るのが更に分らぬ随つて奔流急湍、岩に激すると云つた所がなかつた』と、ことさら手厳しく述べることからもうかがえる。」(実方葉子著)写生には妥協をしなかった櫻谷の思いが伝わる文章です。図録には小さな写生図版が掲載された黄ばんだような頁があり、それがあまりにも洒落ているので、私は図録を購入した次第です。丁寧に描かれた本画は、この写生に支えられているのだということをこれほど強く感じた画家はいなかったと私は思っています。エスキースをやらない私にとっては、アプローチが異なると言ってしまえばそれまでですが、作家の内面を浮き彫りにするスケッチやエスキースは、重要な創作物だと考えました。
2023.07.06 Thursday
昨日の夕方、家内を誘って横浜の中心街にあるミニシアターに米映画「TARター」を観に行ってきました。午前中は工房で個展の準備として梱包作業をやっていたのですが、時間的に余裕があると判断して、久しぶりに映画館に足を運びました。「TARター」は、世界最高峰のオーケストラであるベルリン・フィルに女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ターの生きざまを描いた映画で、私は音楽にも興味関心があったため、ぜひ観たいと思っていたのでした。ただし、本作は音楽映画というより、音楽を通じてさまざまな人の思惑が交差する人間ドラマになっていました。物語として取り上げられたのは、通常では立身出世の物語が多い中で、本作はその逆でした。地位も名誉も勝ち得た主人公が、足元を掬われ、誹謗中傷もあって、次第に転落していく物語で、当然ハッピーエンドにはならない予感がありました。そうした崩壊の動機は、リディア・ターの妥協を許さない音楽家としての大胆さと繊細さ、ジェンターとしての私生活やら、直観に頼った楽団運営に時折現れていて、マイナスな要因が増すにつれ、映画はどんどんドラマティックになっていきました。私が注目したのは、リディア・ターを演じたケイト・ブランシェットで、彼女は映画全編を通じて出ずっぱりでした。主人公のプライベートの生活では、微妙に揺れ動く心理や不安を演じ、さらにオーケストラの前に立つと強靭になる音楽性の深さに、思わず引き込まれていきました。彼女の俳優としての技量は凄いものを感じさせ、指揮者としての表現力、楽器を弾くリアルさ、英語とドイツ語の使い分けに至るまで、観客を魅了するには十分な存在感を示していました。これは彼女の演技ありきで作られた映画であることを図録で知りました。一緒に行った家内は和楽器奏者なので、きっと関心は高いだろうと思っていましたが、叩き込まれるようなドラマに辟易していたようです。観終わった後、もっと娯楽を楽しめる映画が観たいと私に言っていました。
2023.07.05 Wednesday
昨日の朝日新聞夕刊に掲載されていた記事より抜粋いたします。先日、見に行った武蔵野美術大学美術館で開催されていた「若林奮 森のはずれ」展。夕刊に大きな紙面を使って取り上げられていました。「表面が鉛で覆われた鉄製の10畳ほどの空間。とくればシェルターかと思う。今展で、約30年ぶりに展示されている『所有・雰囲気・振動ー森のはずれ』(1981~84)、通称『鉄の部屋』のことだ。しかし寡黙にして思索的な作風で知られた彫刻家の若林奮(1936~2003)の問題作は、そう単純ではない。~略~70年代後半になると自身と対象との(存在論的な?)距離を測るための尺度として『振動尺』なる鉄の角材状の連作彫刻を制作。今回も4点が並ぶが、凹凸や突起を備えた姿には尺度らしからぬ緊張感と構成美がある。~略~若林の思考を正確に把握することはやはり難しい。しかし振動尺も鉄の部屋も、石膏の立体や平面も、見る者を陶然とさせる魅力を備える。この視覚表現の醍醐味は、宇宙や自然の中で自分の位置を測り続けようとした骨太の探求があってこそと思えてならない。」(大西若人著)この記事に「緊張感と構成美」や「陶然とさせる魅力」という言葉があるように、これは美術作品であることを改めて認識する必要があります。若林先生の思索の迷宮に入り込んでしまうと、これが彫刻であり、美術であることを一瞬忘れてしまうのは、私だけでしょうか。私は学生の頃から、若林先生の作品は(先生が彫刻科教授であったために)、範疇として彫刻分野にあるという捉えをしてきましたが、西洋の古代から脈々と続く彫刻とは異なり、何か得体のしれない物体であると正直に思っていました。モノの存在とか現象とかの思索を私も欲するようになって、ハイデガーやらフッサールの学問に足を突っ込んだのも、若林ワールドが契機になったと言えます。それで何が分かったのか、些か自論を展開するのは心許ない次第ですが、素材と向き合う創作活動と渾然一体となった思索は必要だと認識したことは確かです。展覧会場で図録を予約しました。今月末に図録が届きますが、それを読み解いて、再びNOTE(ブログ)に書こうと思っています。
2023.07.04 Tuesday
今年の1月に自宅にあるディスクトップのパソコンを新しく買い替えました。旧パソコンに入っていた葉書用ソフトと新しく買い替えたパソコンに入っていたソフトの互換性がなく、データを全て失ってしまいました。旧パソコンには200人を超える名簿がありましたが、年賀状や個展の芳名帳などから氏名や住所を探し出し、また確認して、毎日少しずつ名簿の作成をしてきました。氏名はわかっていても住所が分からない人がまだいるのですが、何とか170人の名簿を作りました。先日、個展案内状が出来上がってきたので、この170人の宛名印刷を行い、近隣にある郵便局に料金別納葉書として投函してきました。そんな理由があって今回葉書投函までの道行きは心穏やかではありませんでした。とりあえず今日案内状を送ることができてホッとしました。教職に就いていた頃は、教員名簿が手元にあったのですが、今となってはそれがなく、結局個展に来てくれた方々に限られてしまいました。横浜市校長会の退職者名簿は手元にあるので、自分と関わりのある方々に送ることにしました。案内状は1000部をギャラリーせいほうに届けて、ギャラリー関係はそこから郵送していただいています。私は500部を手元に置いて、そこから170通を郵送しているのです。個展への案内は2週間前には送ることを礼儀と私は心得ています。案内状は早くても忘れられ、遅いと失礼になるということを、教職にいた頃に先輩教師から聞いていました。ただし、住所がどうしても分からなかった方々には失礼であることは重々承知しています。このホームページをご覧になっている方々に個展情報を記しておきます。「相原裕展 陶彫・「発掘」シリーズⅩⅤ」開催期間:2023年7月17日(月・祝)~22日(土)11:00~18:30(最終日18:00まで)会場:ギャラリーせいほう 〒104-0061東京都中央区銀座8-10-7です。最寄りの駅は新橋駅です。ご高覧いただければ幸いです。