2023.06.23 Friday
東京都美術館で開催中の「マティス展」。展覧会場の最後を彩るのは「ヴァンス・ロゼリオ礼拝堂」の下書きや構想でした。マティスが第二次世界大戦中に疎開した丘の町ヴァンスにその礼拝堂はあり、カトリック・ドミニコ修道会の尼僧たちのために建てられたものだそうです。表現方法は異なりますが、生涯最後の仕事として、私は画家藤田嗣治の内装によるランスにある「平和の聖母礼拝堂」を思い出しました。私はどちらの礼拝堂にも実際に訪れていないので、直接的な印象を持っていませんが、画家として公共的な仕事ができた幸運と幸福に、羨望の眼差しを感じています。ロゼリオ礼拝堂に関して図録より引用いたします。「複数の技法ーデッサン、彫刻、切り紙絵ーを駆使しつつ、マティスは光、色、線が一堂に会する空間を創り出すことを企画。本人の弁によれば、この礼拝堂は『訪れる人々の心が軽くなる』ようでなくてはならなかった。『神を信じているかどうかにかかわらず、精神が高まり、考えがはっきりし、気持ちそのものが軽くなる』ような場となるべきだったのである。~略~『複数の徴しから成るひとつの全体』として構想された《十字架の道行》は、作者がすでに齢80を数え、手術で一命をとりとめて『第二の人生』を得たものの体は弱いままであったことを考えれば、驚嘆すべき力業である。~略~1952年、礼拝堂の仕事が完成を迎えるとともに彼自身も達成感を覚え、こう述べている。『私はこの礼拝堂を、ひたすら自分を徹底的に表現しようという気持ちでつくりました。ここで私は、形と色から成る一個の全体性として自分を表現する機会を得たのです。この仕事は私にとってひとつの教えでした』。生涯の終わり、創造力の頂点にあったひとりの芸術家がつくりあげたロゼリオ礼拝堂は、まさしく畢生の大作である。」アンリ・マティスは長い画業のうちで、さまざまな困難を抱えていたとしても、最終的に自己表現の到達点に辿り着いたことを考えれば、稀に見る幸福な芸術家であったと言えるでしょう。
2023.06.22 Thursday
昨日、上野にある東京都美術館で開催されている「マティス展」に行ってきました。平日で予約したにも関わらず入場口に列ができていて、マティスの人気の高さに驚きました。アンリ・マティスは野獣派(フォーヴィズム)の画家と言われています。図録にマティスの言葉が掲載されていました。「フォーヴィズムの絵は、複数の色彩によってかたちづくられた光り輝く塊であって、ありうべきひとつの空間を精神に向けて(私の感じでは、音楽でいう和音に似た仕方で)かたちづくる。創り出された空間は、アパルトマンの一室のように空っぽだったりもするが、とにかく空間が創り出されてはいるわけだ」。マティスは写実という伝統的な手法ではなく現実を再創造していると私は感じています。「マティスが絵画をめぐって大きな決断を下すとき、それは必ず、現実に存在するなんらかの土地に立脚している。つまりそうした決断は、物理的空間の中の、ある特定の場に関わる。マティスがたまたま一時的に住むことになった土地だったりもするが、そもそも彼がその土地を選んだのは、新たな刺激をもたらしてくれそうだと、直観的に期待したからにほかならない。」(オレリー・ヴェルディエ著)マティスの芸術家としての生涯の中で、持ち前の決断に優れた面を発揮したのは、晩年の切り紙絵ではないかと私には思われるのです。「1941年、マティスは手術でからくも一命をとりとめ、本人いわく『奇跡的生還』を遂げる。彼がふたたび切り紙絵技法を取り上げることを思いついたのは、こうして自分が生きながらえた事実に励まされ、新たな活力に満たされていたときであった。~略~切り抜くというこのただひとつの動作のうちに、マティスはペインティング、デッサン、彫刻を集約し、色彩と線描という2つの造形要素を統一する手立てとする。」と図録にあり、車椅子に乗りながら切り紙絵に挑んでいるマティスの写真は、あまりにも有名です。最晩年になっても斬新な構成と開放的な色彩を駆使して作られていく作品を、私は前から羨ましく感じていました。そこには感覚的な豊潤さに溢れた空間があり、マティスが自己表現の充実を謳歌しているように思えるからです。一緒に鑑賞していた家内は、マティスの表現における決定力の強さを実感していたようで、マティスの明快な作風を堪能していました。
2023.06.21 Wednesday
このところ陶彫制作が続き、そろそろどこかの美術館に出かけたいと考えていました。今日は朝のうちに工房に出かけ、個展用の梱包作業をやっていましたが、昼まえに家内を誘い、東京上野にある東京都美術館に行きました。先日、当館で開催中の「マティス展」の予約を取りましたが、都美術館に着いてみると大変混雑していて、改めてマティスの人気の高さに目を見張りました。アンリ・マティスは、私が20代の頃は理解のできない芸術家の一人で、どうしてこの絵画が世界的に認められているのか分かりませんでした。マティスが理解できたのは30代になってからで、線描されたデッサンか版画によるものでした。そこに色彩がなくても何気なく描いた線が、軽やかで、それしかないような決定さがあって、私は忽ち魅了されたのでした。色彩もその組み合わせと配置に、心が浮足立ちました。「マティス展」の詳しい感想は後日改めたいと思います。次に訪れたのは横浜のデパートでした。そごう美術館は久しぶりにやってきました。そこで開催されていたのは「大森暁生展」で「霊気を彫り出す彫刻家」という副題がつけられていました。素材は木彫で、主に動物をモティーフにしていました。表現は具象ですが、その写実を伴う形態把握は極めて的確で、鬼気迫る動物の表情にも才気が感じられました。香川県讃岐國分寺に奉納予定の大日如来坐像の制作過程の動画があり、この作家の今後が楽しみにもなりました。ただ、並んだ作品を見ていくうちに、私にはどうしても馴染めない要素があって、それが気になり始めました。作品の技巧は上々で、照明を巧みに使い、ドラマティックな演出もあって申し分がなかったのですが、作品が饒舌になり過ぎていて、劇画的な雰囲気を纏っていたと感じたのは私だけでしょうか。現代アートは表現の幅を広げるだけ広げているので、あらゆる世界を網羅していると言えますが、作品が内蔵する哲学が全て晒されて、彫刻を見たというより、サブカルチャー的な立体造形を見た印象を持ちました。凄い表出力を匂わせる世界観が、それほど印象に残らないというのは私のあまりにも個人的な感想なので、それはどうでもいいことですが、マティスの世界観に触れた後だったので、尚更そう感じたのかもしれません。では芸術とは一体何なのか、私にも分からないもので、だからこそ私も毎日制作に励んでいるのです。それほど巧みではない私が言うのも妙ですが、私にはそれを表す言葉が見つかりません。
2023.06.20 Tuesday
「仮面の解釈学」(坂部恵著 東京大学出版会)の「Ⅱ 仮面の論理と倫理にむけて」のうちの「2 固有名詞と仮面のあいだ」について気に留めた箇所を取り上げます。「日常生活の〈俗〉の場面には姿をあらわすことがなく、ひとびとの目から覆いかくされている固有名詞や仮面は、こうして、〈俗〉なる領域の底から〈聖〉なる領域がたちあらわれオーヴァーラップされる場面にあらわれて、〈俗〉と〈聖〉の世界を、またいわゆる現実の世界と夢みられた世界とを多元的に重ね合わせ、統合する役割を果たす。」継続されていく論考の中から文章をピックアップしても、その時々に自分の理解があったしても、NOTE(ブログ)になった文章を後で読み返すと難解極まりないものになっているのに気づきます。次の文章はまさにそれで、著者によって鋭利解説されたものを、短くまとめていますが、所見の人には何を言っているのか分からない文章です。「〈意味する行為〉と〈指示する行為〉のすでにみたラッセルの短絡、〈固有名詞〉と〈指示代名詞〉のずるずるべったりな短絡、述語としてパラフレーズされるかぎりでの固有名詞とは区別された、孤立的な究極主語としての〈名前〉なるものが存在するという設定、これらのことがらの背後に、右(※上段)にみられたようないきさつの結果成立した〈現前の形而上学〉がひかえていることは、ここまでくれば、あらためてくだくだしく説くまでもなくあきらかであるといってよいだろう。」こうした論考の最後に私自身が反応できる文章が掲載されることもあり、それを引用してみます。「夢みられる世界を、粗雑にも、いわゆる現実あるいは実在の世界と、みずからそれと知らずして短絡し、このような現実といまや色あせ切った夢の世界を截然と分けへだててしまうかわりに、もう一度、神話を神話とし、夢を夢として、『その存在を追認』しつつ、それをいわゆる現実(うつつ)の世界との多元的な重なり合いのうちにあるひそやかな境位のうちに、こまやかな心づかいをもってまもり育て、わたしたちの生活の場の総体のダイナミックな統合にまでもたらす道をさぐってみること。」今回はここまでにします。
2023.06.19 Monday
「仮面の解釈学」(坂部恵著 東京大学出版会)の「Ⅱ 仮面の論理と倫理にむけて」のうちの「1 仮面と人格」について気に留めた箇所を取り上げます。「〈仮面〉は、この〈身〉において具体化され表示される間柄ないし役柄のいわば弁別的特徴を、とりわけてことさらいわばメトニミック(換喩的)に顔面に集中し、また、他者との対比的な関連において、〈間柄〉においてはじめて意味を受け取るそのメタフォリック(隠喩的)な側面をとくに取り出して誇張したものにほかならない。」これは〈仮面〉についての意味内容を一言で著したものです。次に西欧的表現について触れた箇所がありました。「〈ペルソナ〉あるいはそれに由来する近代西欧諸語の表現を、判で押したように〈人格〉と訳さないで、ときに、〈おもて〉〈ひと〉〈ひとがら〉〈身〉〈みがら〉などの語に置きかえてみることによって、元来そこに含まれている多様な意味合いをあらためて引き出してみることにおのずから通じると私が考えるゆえんである。」さらにこの章の後半に著者による思いが込められた箇所がありました。「一個の〈ひと〉として、〈正気〉の〈ひと〉として、〈わたし〉を形成することは、総じて、その時代その社会によって承認された想像的・象徴的体系(ひろい意味での〈形而上学〉をふくめて)に〈憑かれる〉ことなのではあるまいか。わたしは文明人だから何ものにも〈憑かれ〉てはいない、と妙に醒めたつもりで利口ぶるよりも、あるいは何ものかに〈憑かれ〉ているのではないか、あまりにもその〈憑き〉が一般的であるゆえにそれをそれとして自覚することが容易でないのではないかと一度は疑ってみること、〈憑依〉を〈憑依〉としてさしあたり対自化し自覚しようと努めること、今日の時代を暗黙のうちに支配するおそらく一皮むけばたとえようもなくゆゆしくも不気味なさまざまな〈フェティシズム〉をあかるみに出そうと努めることは、わたしには、比較的にいって、より賢明な行き方のようにおもわれる。」今回はここまでにします。