2025.10.19 Sunday
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今回取り上げる内容は表現に繋げる技法というもので、とりわけ彫刻を作っている私には関心の高い内容です。誰もやったことのない方法(技術)で作品を作りたいというのは、習作を経て自らのイメージを具現化する中で膨らんでくる欲求です。私が学生時代に師匠の池田宗弘先生は真鍮直付けという技法で、量感をギリギリまで削り取った彫刻を作っていました。量感がない細い人体と言えばジャコメッティですが、彼の場合はデッサンを究めていった結果として人体が細長くなったのでした。その空間にデッサンするのに、塑造(粘土)で試行していたため鋳造によって保存することしかなかったわけですが、池田先生は周囲の空間を際立たせて、風景を含めてその構造体を見せているため、いきなり真鍮で造形されていたのでした。自分が求める立体はどんなものをイメージしているのか、そこに表現に繋がる技法があり、その技術を磨いて作品に昇華するのがベストだと私は考えます。私の作品は地中に内蔵された地下都市をイメージしているため、古い石化した状態の構築物を作ろうと考えていました。そこにはさまざまな文様もあり、入り組んだ開口部や窓もあったので、陶土で成形した後、高温焼成をして、それらしく見えるように工夫しました。焼き締めによって古代の出土品のようになった彫刻は、その後の空間の展開には欠かせないものになりました。ともかく私の作品は、大地に根を張ったような重厚感を表現することに終始しています。大地に点在し、そこに場の空間を創出するのが私の世界観で、それは亡父がやっていた石庭にも通じるものがあります。亡父は自然物を相手にしていたのに対し、私は自らの加工物を空間に配置していると言ってもよいでしょう。表現に繋げる技法を作り出すことが独自な世界観を獲得する第一歩なのかもしれません。
2025.10.18 Saturday
週末になりました。定番として土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週は毎日工房に行っていましたが、月曜日と木曜日は窯内の温度を確認するために、早朝工房に顔を出しただけでした。今週は新作の陶彫部品の窯入れを2回行いました。窯が実際に稼働しているのは1日だけですが、窯内の冷ましに2日間を要するので、日曜日の夕方に窯入れをし、水曜日に窯内の作品を入れ替えて、再び窯のスイッチを入れたのです。それで窯の稼働日は月曜日と木曜日になりました。ちょうどその日を展覧会巡りに当てれば、鑑賞の機会にもなるというわけです。今週の作業としては、乾燥した陶彫部品に鉄ベラで表面の凸凹を削り取り、ブロックサンダーをかけ、化粧掛けを施すことに明け暮れていました。つまり窯入れの準備作業です。因みに火曜日、水曜日と金曜日、土曜日は電気を復旧して、前述の窯入れの準備作業をやっていました。月曜日は師匠の池田宗弘先生に会いに国立新美術館に出かけました。自由美術展の会員である池田先生はこの日が搬出日で、長野県から東京へ出てきていました。今まで電話では何度も先生と話していましたが、久しぶりに先生にお会いして話をすることが出来ました。現在86歳の先生がお元気だったので、私は安心しました。木曜日は家内と六本木にあるサントリー美術館で開催している「絵金」展と、汐留にあるパナソニック汐留美術館で開催している「ウィーン・スタイル」展に出かけました。高知県の土俗的な絵画とオーストリアのウィーンで興った洒落たデザインの表現の幅が大きすぎるなぁと思いましたが、それも視覚芸術の豊かさが成せる世界観でもあるので、私の気持ちは満たされました。今週は展覧会に出かけた機会が多く、鑑賞に本腰が入っていましたが、10月は芸術の秋でもあるので、こうした1週間があってもいいのではないかと思います。
2025.10.17 Friday
昨日、東京六本木にあるサントリー美術館で開催している「絵金」展に行ってきました。本展は「幕末土佐の天才絵師」という題名もついていて、高知県に根ざした土着性の強い絵画文化を見ることが出来て、私は些か驚きました。図録より紹介文を拾います。「江戸や京、大坂を文化の中心とする視点で見るとき、いずれの画系の様式とも異なる独特の画風で、『血みどろ』が印象的な芝居絵屏風を高知のみに大量に残した絵金は、異端、奇才の絵師そのものであるが、代表作となる芝居絵屏風の数々や絵馬提灯ばかりではなく、美人画、年中行事図、五月節句の幟、絵馬などの多数な作品を本展でご覧いただければ、絵金が職業絵師として高知の大衆文化の王道を歩んだ時代の寵児であったことが理解されるだろう。」詳細な内容を一部抜粋します。「絵金が芝居絵屏風や絵馬提灯に描いたのは、現実に上演された舞台の場面ではなく、芝居の物語そのものとされている。複数の場面をひとつの画面に登場させた、いわゆる『異時同図法』で描かれた芝居絵屏風が少なくない。~略~絵金の芝居絵屏風は、氏子たちによって神社に奉納され、夏の祭礼で多くの見物人に披露されるものであるが、さて、これらの屏風の制作を絵金に注文した氏子たちや祭りの見物人たちに、屏風に描かれたストーリーを読み解くだけの芝居の知識がどれだけあったのだろうかという疑問が、本稿を執筆したきっかけである。」それは時代背景により、芝居が上演禁止になっていた時期があったようです。「寛政11年と天保12年の幕府のお触れによれば、歌舞伎等、一切の見世物はご法度であったが、土佐藩内での制限はゆるやかで、文政期には稀にではあるが地方で地芝居があり、天保期には高知城下の近郊で地芝居があった。嘉永期には、質素倹約令など諸法度による制限が撤廃され、各所で流行した。」(引用は全て藤村忠範著)そんな時代を乗り越えてきた絵金の芝居絵屏風等を、現代になって見応えのあるアートとして鑑賞できるのは奇跡と言えるのかもしれません。毒々しい情念が織りなす「血みどろ」な絵画に、人間が元来持っている摩訶不思議な究極の美を感じるのは私だけでしょうか。
2025.10.16 Thursday
先日の月曜日、急遽師匠に会いに国立新美術館に出かけることになり、その前日に窯入れを行ないました。焼成から作品を取り出すのに3日間を要するので、昨日の水曜日に窯出しを行なって、すぐ作品を入れ替えて窯のスイッチを入れました。再び窯が稼働中になり、今日も月曜日と同じで、工房での作業は出来ませんでした。窯を焚いている時は、窯以外の電源を落として、窯が問題なく稼働できるようにしているため工房での作業は休むのです。そのため今日は東京の美術館2ヶ所に出かけました。家内は演奏活動がなかったために美術館巡りにつき合ってくれました。最初に訪れたのは六本木にあるサントリー美術館で、ここで開催している「絵金」展は、江戸時代後期から明治時代初期に活躍した絵師金蔵による芝居絵屏風や絵馬提灯などがあり、通常目にする浮世絵とは違う印象を持ちました。土佐(高知県)という地方が活躍の舞台だったためか、土着性の強い色彩や芝居のドラマ性を際立たせた構図を見ていると、血生臭い雰囲気が伝わってきて、相当強いインパクトがありました。私が大学生の頃、夢中になったアングラ演劇を思い出したのも、むべなるかなと納得していました。現在でも祭礼に使われる絵柄であることが分かり、図録から詳しい内容を引用して、さらに別稿を起こしたいと思っています。次に向かったのは汐留で、パナソニック汐留美術館で開催している「ウィーン・スタイル」展でした。副題を「ビーダーマイヤーと世紀末」としていて、つい先ほど見ていた「絵金」とは180度違う作風に、視覚芸術の幅広さを実感しました。ここで展示されていたウィーン工房による幾何学的なデザインやアール・デコ調の家具がある会場の雰囲気は、私には馴染みのあるものでした。これも私が大学を卒業してウィーンで暮らしていた頃に、比較的身近なものだったので自分には新鮮さがないものの、よくぞこれだけ収集してきたなぁと感心しました。「ウィーン・スタイル」展の詳しい感想は後日改めます。今日は充実した一日でした。
2025.10.15 Wednesday
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「いつまでも…終わってほしくないほどのものが、幸福な生なのに、終わるからこそ幸福であるというパラドックス 古東哲明」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「面白い映画も、果てしなく続けば『退屈どころか、不気味』だ。マラソンもゴールがあるから苦役にならない。同じように、ずっと続いてほしい幸福な人生もエンドマークがあるから愉しめるのだと、哲学者は言う。眼の前の光景も〈死〉という終わりのほうから見つめると、『とたんにやさしい光をおびて』くると。『思考の平均律』から。」昨日のNOTE(ブログ)に書いた「カタチあるものはすべて壊れる」のは、何も物質に限ったことではなく、私たちの人生にも言えることで、人には必ず死が訪れます。それは頭で理解していても、若かった私には実感が伴わず、自らの死をイメージすることが出来ませんでした。身近な人、たとえば祖父母や両親が死を迎えたことで、死を徐々に実感するわけですが、私は心のどこかで死を恐れているのも確かです。母が他界した時に、自らの死生観を考えるために、ショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」の中にあった死生観に関する箇所を熟読していました。人生にはエンドマークがあるからこそ充実するということも私は分かっていて、自分の創作活動もそのゴールに向かって突っ走っている意識はあります。死があるからこそ生が輝くのは、私が若い頃過ごしたウィーンに栄えた世紀末芸術の真髄で、自分が若かった時代に死がイメージできなくても、その爛熟した美しさを堪能してきました。生きる実感は終わりがあるからだと考えるのは、あるいは健康な精神状態かもしれず、それを受け入れて愉しんでいこうと思うのは私一人ではないと思っています。