2021.09.22 Wednesday
「ピエロ・デッラ・フランチェスカ」(アンリ・フォション著 原章二訳 白水社)には最後に付録がついています。それはジョルジョ・ヴァザーリによる「ピエーロ・デッラ・フランチェスカ伝」です。ヴァザーリはルネサンス後期(マニエリスム期)の画家・建築家・ミケランジェロの弟子という位置づけがありますが、何よりも多くの芸術家の評伝を著した美術史家として後世に名を残しています。和訳された「芸術家列伝」を私はまだ読んでいませんが、イタリア・ルネサンスを研究するならば、「芸術家列伝」は避けて通れないスタンダードな著作になっています。ヴァザーリは本書を著したアンリ・フォションとも微妙に違った見解を持っていましたが、ピエロの寡黙な姿勢や優れた画法は一致していました。ヴァザーリの文章の中で、私はピエロならではのエピソードが気になりました。引用いたします。「ピエーロは研究熱心であった。とりわけ遠近法の造詣は深く、ユークリッド幾何学を完全に把握していた。正面体上に描かれた曲線を、いかなる幾何学者よりも明瞭に理解しており、この分野でのすべての光明はピエーロの手によって灯されたといえる。というのは、幾何学上の正面体について論文を著わしたフランチェスコ派の僧、ルーカ・ダル・ボルゴ先生はピエーロの教え子だったのである。ピエーロは死間近の老年期には、すでに多くの本を書いていた。巨匠の死後、本を手に入れた前述のルーカは、それをそのまま横取りして、自分の著作として印刷させたのであった。」こんな話は現在の博士論文だけではなく昔からあったのだろうと思いましたが、ピエロ・デッラ・フランチェスカの絵画自体も失われている場合もあって、最近の研究によって掘り起こされた作品もあると聞き及んでいます。ピエロの真筆となる残存作品はフェルメールよりも少ないのではないかと思いますが、願わくばもう一度イタリアに渡って、ピエロのフレスコ画をじっくり眺めてみたい欲求に駆られているのは私だけではないはずです。20代の頃にオーストリアに住んでいた私は幾度となくイタリアにも出かけていますが、慌しく美術館を巡る観光旅行になってしまっていて、イタリアの地方にある教会を訪ねて歩くことなど考えが及ばなかったのでした。イタリア・ルネサンスと聞いただけで頭がクルクル回ってしまった当時の私は、若いくせに咀嚼力・受容力が何故なかったのか、今になって思うと残念でなりません。もう一度チャンスがやってきたら、「芸術家列伝」を携えてイタリアに行こうと思っています。
2021.09.21 Tuesday
今日は午前中は工房で陶彫制作に勤しんで、昼ごろには水泳に行って来ました。いつも通りの一日のルーティンですが、午後から旧友の夫妻が陶芸による個展を開催しているので見てきました。場所は東京の都立大学駅近郊にあるnoie(ノイエ)という額縁店が営んでいるギャラリーで、旧友は毎年ここで個展をやっているのです。旧友の名前は佐藤健太・和美夫妻で、和美さんと家内は中学と高校の同級生でした。彼女は東京藝大に学び、都心でデザインの仕事をやっていましたが、一大発起して茨城県笠間に移り住んで、陶芸を始めたのでした。その頃、ご主人はコピーライターでしたが、健太さんも和美さんの影響で陶芸をやり始めたのでした。2人が陶芸に取り組み始めたちょうどその頃、私は海外生活を引き上げて帰国していました。私は海外でイメージを掴み、それを陶による彫刻にしたいという意思を固めていたため、家内の親友だった和美さんの窯場に通い、教えを乞うことになったのでした。笠間や栃木県益子に住む陶芸家仲間と触れ合えたのも、陶芸の専門店を紹介してくれたのもこの人たちがいてくれたおかげです。私はそれから焼成が上手くいかない時は、何度か和美さんに電話をして原因を聞いたことがあります。2人に陶彫制作の契機を作っていただいた後、私は独学であれこれ技能を身につけましたが、初めの一歩を忘れることが出来ません。夫妻の陶芸は土肌を生かした瀟洒でシンプルな造形です。器の表面に微妙に施した凹凸と、焼き締められたようにみえる素朴な風合いが特徴で、白壁に良く映えます。展示された作品も良く売れていて、毎年個展が盛況であることを証明しています。新型コロナウイルス感染症の影響で、夫妻は東京にずっと滞在することができず、和美さんと家内はラインで連絡を取り合っていました。コロナが落ち着いたら、また茨城県に会いに行きたいと思っています。
2021.09.20 Monday
三連休の最終日です。今日は敬老の日ですが、世界保健機関(WHO)の定義では高齢者は65歳以上となっており、私もついに高齢者に入るのかとちょっぴり寂しさを感じました。ということは私も老齢を敬われる歳になってしまったのかと思ったからです。最近は私よりずっと高齢な方々がよく散歩している姿が見られます。ジョギングをしている人もいます。日本での高齢者は3000万人以上になり、人口では全体の30%に迫る勢いで増えているようです。これは世界から見ても最も高い水準で、日本人の健康に対する思いのほどを伺わせます。先日まで読んでいたピエロ・デッラ・フランチェスカの伝記によれば「芸術家の晩年はふつうの人の老年とはちがう。芸術家の老いはしばしば衰微ではなく、逆に新しさをもたらすのである。」とありました。また江戸時代の絵師葛飾北斎は、90歳で迎えた臨終の折に「天が私の命をあと5年保ってくれたら、私は本当の絵描きになることができるだろう」と言っていたことがよく知られています。そうであれば私などはまだ彫刻家の雛に過ぎず、芸術家人生においては高齢などと言えるわけがなく、今だ発展途上にいると思っています。それは謙遜でも何でもなく本当にそう感じているのです。芸術家には初期作品がありますが、私は漸く習作が終わって、愈々これから表現を展開をしていこうと思っているところなのです。今日も陶彫制作に邁進し、自作の次なる展開に思いを馳せていました。今日も美大受験生が2人工房に来ていて、それぞれデッサンをやっていました。この子たちはまだスタートラインにも立っていないのです。私は既に走り出し、最初のコーナーを回ったところでしょうか。あと10年も走れば、次のコーナーがやってくると信じています。敬老の日に創作活動に熱中するのもまた一興かと思います。明日も継続です。
2021.09.19 Sunday
三連休の中日です。今日はいつも来ている美大受験生がやってきました。彼女が来ると制作時間を半日で終わることは出来ず、夕方3時くらいまで工房で作業をやっていました。今年も例年通り、三連休は全て丸一日を工房で過ごすことになりそうです。私は今月中はずっと陶彫制作に励んでいます。陶彫部品のまとまりは4つ目の「島」に取り掛かり、今のところ順調に進んでいます。今日は昨日用意したタタラを使って成形を行いました。成形は立体として立ち上げていく制作工程なので、彫刻的な感覚が要求されます。今回の新作は曲面の多い有機的な形態です。陶彫は平面を加工するよりも曲面があった方がやり易いと感じます。外見も滑らかな面があると美しいのではないかと思っています。私は陶土に接していると、時間の経過も周囲の空間も目に入らなくなり、完全に集中した状態になります。スポーツで言うゾーン、心理学で言うフロー状態なのかもしれません。ただし、そうなる前に工房内の暑さが気になっていました。台風一過で暑さが戻ってきたのです。最近漸く温度が下がってきたかなぁと思っていたところに、この暑さはシンドいなぁと感じましたが、フロー状態になるとそれも関係なくなるのが不思議です。ふと形態全体に目がいくと麻酔にかかった状態は忽ちなくなり、冷静さが甦ります。創作行為は今もって分からないことが多く、やる気を出して精一杯力んでも上手くいかないときもあります。体調がいまいちでも陶土に接しているうちに突如集中して上手くいくときもあります。今日は酷暑を思い出す嫌な暑さだなぁと感じながら、ボチボチやっていこうと思っていたら、ふと集中して制作が捗ってしまったというのが実感でした。夕方、受験生を車で送り届けながら、明日も集中してやれたらいいなぁと思っています。
2021.09.18 Saturday
今日から三連休になります。昨年までは三連休があると、創作活動に時間を精一杯使えるので、三連休中の細かな制作目標を考え、3日間で何をどのくらい作るのか、じぶんなりに気持ちを高く持ち上げていました。3月末に校長職を退職してから、連休があっても何も変わらない生活になり、また日々創作活動に関わっているので、気持ちの高揚もなくなりました。そうすることでメリハリがなくなった部分もあるのですが、疲労はだいぶ緩和されてきたように思います。それでも三連休中は工房にいる時間を通常より多くとっていて、これは従来の慣習の名残です。今日も朝から夕方まで工房にいて、陶彫制作に挑んでいました。毎日陶土を練ったり、立ち上げたり、彫り込みを施していて、陶土に触れていない日はほとんどありません。手に馴染み過ぎているように思いますが、それでも形態中心の彫刻であれば、素材に流されることはないと信じているのです。今までも陶彫成形で同じものはひとつもなく、彫り込み加飾で同じデザインもありません。その都度イメージを優先させて形態を作っていく姿勢は変えていません。そこが彫刻の面白いところでもあり、また厳しいところでもあるのです。今日は台風14号の影響で昨晩から雨風が吹きつけていて、工房にいても時折豪雨に見舞われる時間がありました。窓を開けていると雨が吹き込むので、時間によって窓を閉めていましたが、相変わらず湿度が高くて作業には厳しい環境でした。夕方まで作業を頑張って自宅に引き上げました。明日も作業は継続です。