2020.04.09 Thursday
自宅1階のリフォーム工事が進んでいます。室内全体にクロスを貼るところまできたようですが、今日はシステム・キッチンが搬入されました。2人の業者がキッチンの組立てを行いました。私たちにとってキッチンがない生活はなかなか大変で、煮炊きや食器洗いが思うようにできないことがこんなにも辛いことかと思っていました。現代生活の利便さを謳歌している私たちは、基本的な生活として身についてしまっている習慣があって、そんなことで疲弊感を覚えてしまうのです。嘗て外国で暮らしていた私は、生活日用品の不足を何とか補ってやっていましたが、あの頃とは雲泥の差とも言うべき現在の感覚に我ながら驚いています。災害があって困窮した生活を余儀なくされている人たちは、こんなにも不自由な生活を送っているのかと改めて思いを巡らせた次第です。ましてや私たちは先が見えない生活ではないので、我慢も期限付きです。キッチンは明日から使えますよと業者は言っていましたが、部屋の壁が出来ていない状態では、いくらガスや水道が繋がっても即刻使う気分になれないものです。今日、私は忌引きの休暇を取得して自宅にいました。葬儀等に使うお金は家内が銀行に行って引き落としてきました。自宅に業者が入っている関係で、私か家内のどちらかが自宅にいなければならず、毎日家内が自宅に待機していたので、今日くらいは外出をして駅前の銀行に行ってもらったのでした。自宅にいると業者が出す騒音があまりにも凄いのが分かりました。設置の際に電動工具を使っていると、こんな騒音が出るのかと思い、私も工房で似た施工をしているのに気づきました。これを毎日家内が聞いていたのかと思うと、申し訳ない気持ちになりました。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で外出自粛と言われても、自宅待機がストレスという場合があるなぁと思いました。こんな状況なので葬儀の準備も夫婦で出来ず、どちらかが行なっているのです。
2020.04.08 Wednesday
昨日、母が亡くなり、私は生きることの意味を考えていました。終焉があるからこそ生きる素晴らしさがあると感じていて、その生きた証としての創作活動が自分の中では重要な意味を持つと結論付けることに至りました。私にとって現行の制作を進めていくことが自分の人生を謳歌することと思っています。そんなことを含めて、改めて今月の制作目標を考えてみたいと思います。先日、カメラマンに連絡し、図録を作るための作品撮影日を5月31日(日)に計画しました。それまでに個展に展示する作品は全て完成させていこうと思っています。先が見えてきたので、この2ヶ月で何をするべきか明確になりました。まず一番大きな新作は6枚の厚板を屏風に仕立て、そこに接合する陶彫部品と屏風の前に置く陶彫部品を繋げて成り立つ集合彫刻です。これは残りの連結する陶彫部品を作っていけば完成となります。そろそろこの新作の題名を考える時期になったなぁと思っています。もうひとつの新作はテーブル彫刻で、屏風の作品に比べてやや小さめです。この作品のテーブル部分の厚板加工は終わっています。そこに砂マチエールと油絵の具塗装、テーブルに設置する陶彫部品、テーブルを支える柱の数本をこれから作ります。今月の制作目標はこのテーブル彫刻が中心になるかなぁと思っています。さらに毎年作っている「陶紋」と呼んでいる小品数点をこれから始めていかなければなりません。陶彫は乾燥に時間がかかります。早めに作っておかないと撮影日に間に合わなくなります。陶彫による立体作品は以上ですが、気になっているのはRECORDです。今月いっぱい自宅のリフォーム工事が入るために、ダイニングテーブルが使えず、下書きは出来ても彩色や仕上げが出来ません。改めてRECORDも陶彫と同じように制作場所に左右されることを痛感しているところです。下書きだけが進行するのは今までもありましたが、仕上げまでどのくらい時間を要するのか、ちょっと絶望的な気分になっています。それでも諦める事はせず、何とかしたいと考えています。
2020.04.07 Tuesday
私の母が他界しました。享年94歳。大正15年生まれで、大正、昭和、平成、令和の4つの時代を生きた人でした。数年前から介護施設にいて、昨晩体調が悪化して病院に救急搬送され、その時家内と見舞ったのが母の最期の姿になりました。今日は職場に出勤していた私に家内から連絡が入り、急遽病院に駆けつけたのでしたが、11時16分心拍停止、呼吸停止で臨終となりました。いろいろな原因による死因を医師が説明をしてくれましたが、決して流行の新型コロナウイルスではなく、老衰による自然死というのが私の理解です。私は無意識ながら残念に思い、身体の力が抜けましたが、94歳という年齢を考えると悲しみはありませんでした。母の安らかな顔を見ると大往生ではなかったかとも思いました。母は東京蒲田の生まれで実家は和菓子屋を営んでいたそうです。店の向かいに映画館があったというのですから、言うなれば都会育ちでした。その母がまだ田畑が広がる横浜の片田舎に嫁に来たのですから、その文化的な衝撃はさぞ大きかったことでしょう。その証拠に介護施設では介護士を相手に同じ昔話を繰り返していたと聞いています。昨日のことを忘れているのに若い頃のことは鮮明に覚えているのが認知症の特徴なのかもしれません。鞄から取り出した何気ない紙を使って母の顔をデッサンしました。父が亡くなった時も同じことをしていました。写真による遺影などより、鉛筆によるデッサンのほうが生々しい記憶が刻まれるようです。対象をデッサンできる絵画力が自分にあることを嬉しく思いました。横たわる母の姿を見ていると、死とは何かを考えてしまいます。父の時よりもさらに自分の中で死生観が培われていくのは、自分の年齢によるものかなぁと思いました。人は死に向かっていくからこそ生きる意味を探すのかもしれず、自分の創作活動における思索の意味もそんなところにあると感じました。感染症の影響で葬儀も家族葬になってしまい、交友関係が広かった母にしてみれば残念に思うかもしれません。
2020.04.06 Monday
私の職種では年間に2回、儀礼的なイベントが開催されます。新年度の出発式とも言えるイベントで、本来なら地域に開放し、来賓を招いて行うものなのです。新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの職種にも影響を及ぼし、本日は縮小したイベントとなりました。爆発的な感染を防ぐため必要な措置ですが、この職種で私は初めてのことが多く、内心混乱もしています。職員の中にはこうした危機的事態にさまざまな工夫を凝らせる能力を持った人が複数いて、私は随分助けられています。今日の式典は縮小ながら無事に終わり、新年度の一歩を踏み出しました。早く通常勤務になってほしいと願うのは私ばかりではないでしょう。年間行事の見直しも必要になってきました。全職員と打ち合わせながら追々やっていきたいと思います。私の公務員最後の1年間はイレギュラーなことばかりで、判断に迷うことが多々あります。落ち着いた1年間を過ごしたいと考えていた私は出鼻を挫かれた格好になりましたが、今までも経営的な戦略を立ててやってきたわけで、守りに徹することはなかったかなぁと思っています。緊急事態宣言が出されても大きく変わるわけではないと考えていて、公務が滞らないように仕事をしていきます。
2020.04.05 Sunday
新型コロナウイルスの感染拡大が心配される昨今ですが、自宅にいるように政府が呼びかけています。不要不急の外出は避けるように言われていますが、そんな時だからこそ自宅の傍にある工房の環境を考えてみたいと思います。工房は自宅から歩いて1分くらいの植木畑の中にあります。密閉、密集、密接の3蜜状態を作らないようにニュースで言われていますが、工房は3蜜に当たりません。私が自宅と職場の行き来を自家用車で行なっているため、職場でコロナウイルスに感染しない限りは大丈夫と思いたいのですが、感染経路が判明できない人が増えている現状では、大丈夫とは言い切れないのです。新型コロナウイルス感染の最初は風邪に似た症状が現れると聞いているので、手洗いやうがい、基本的な生活習慣はきちんと守っていきたいと思っています。そんな不安を抱えながら、今日は新作の陶彫制作をやっていました。工房は丘の上にあるので風が爽やかに吹きわたり、今日は私一人でしたが、複数の人がいたとしても、それぞれがかなり離れて制作をしているので、工房はまだ安全な場所ではないかと信じたいのです。私は通常通りの創作活動を展開していこうと思っています。今月の制作目標に従って、今後予定されている図録の撮影や東京銀座の個展も例年通り行なっていく所存です。7月個展の頃は新型コロナウイルスはどうなっているのでしょうか。個展に人は来ていただけるのでしょうか。私の創作活動を多くの人に観てもらいたいと願っているのは山々ですが、それよりも創作は自分との精神上の闘いでもあるのです。自分が掘り下げた思索の具体が自分の中でどのくらいのものなのか見届けたいと考えていて、それが私に創作に向かわせる動機なのです。個展は自分の納得のために開催しているとも言え、人に見せるための表面上の鼓舞とは少々ニュアンスが違うと思っているところです。