2019.12.23 Monday
「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)の第2章の4「火と水による演能」についてのまとめを行います。この章は「茶の湯」についての考察です。「茶の湯」について私は書籍による概略しか知りません。家内は裏千家に通じていた叔母によって、幾度か茶会に呼ばれたことがあるのですが、私にはそんな機会がなく、知識に頼って「茶の湯」のイメージを持っているだけです。千利休によって独特な文化形成をした「茶の湯」は、そもそもどんな起源があったのか、改めて本書から紐解いてみようと思います。「修験道は山にこもり、即身成仏して生まれ清まることを念ずる山獄宗教である。酒は蔵にこもり醸成して新たに人びとを恍惚に誘う霊水となり、神と人をつなぎ神事と芸能をわたす橋となる。そしてその本質は火と水である。茶も酒に似て、古く日本に伝えられて以来、聖と俗、貴人と町衆をつなぐ役目を果たしてきた。異国から伝えられた貴族間の喫茶の風習や禅院での施茶や茶礼にかわり、中途にはバサラ大名たちの闘茶の無礼講を展開したが、ついには賓主の交わりという精神性と喫茶団らんの娯楽性をあわせもつ草庵の茶を案出した。~略~遊芸として成立した草庵の茶の湯=わび茶は、こうして市中にうつされた山居にこもって主客が相対して、古来の神祀りの儀礼をなぞりながら茶を点て、茶を喫する芸能である。」茶の湯も神霊や祖霊を祀ったところに起因している芸能であることを知りました。次に太陽と月の関係から茶の湯を述べた文章に目が留まりました。「月は太陽の伴侶であるが、太陽が昼や夏を支配するのに対して月は夜の女王であった。月の叡智は、思弁的・抽象的精神という父権的性格を有していないが、そこには柔らかで眩しくない光があって、運命と共に生きる現実性がある。幻想ではなく、現実を愛し、死をこえて新たな転生と生命誕生へと導く力をもっている。~略~そして火と水によって演じられる太陽と月との聖なる結婚を待ち、再生の奇蹟の完成を祝うことに古代祭祀の時間が、また空間があったとすれば、それは茶の湯の時空を最もよく解説してくれるように思われるのである。」最後に茶の湯の芸術性に触れた文章でこの章をまとめます。「いわば日常茶飯の道具をとりあわせて茶を飲むことにすぎない茶の湯が高度な芸術性を獲得しうるためには、かえって茶室が最も簡素な庶民の住宅をかたどることがふさわしかったように、道具もそれ自身が自律性をもった芸術品であるよりは、あくまで素朴な品々をとりあわせること、そしてそれらを何かに見たてることが必要であった。」
2019.12.22 Sunday
今日も昨日に続いて朝から工房にいました。今日は基礎デッサンを学ぶ若いスタッフも来ていました。相変わらず寒い一日で、ストーブで暖を取りながら作業に勤しんでいました。制作サイクルの中で昨日出来なかった工程を、今日は網羅していこうと意気込んでいて、成形2点、彫り込み加飾の仕上げ、乾燥した陶彫部品のヤスリがけと化粧掛け6点をやっていました。作業時間は通算9時間になりました。途中若いスタッフを車で送り、それから2時間あまり作業に没頭したことで疲労はピークに達しました。新作の佳境はまだこれからですが、今週末はその前段階のような按配になりました。今月末にある休庁期間で何をやるべきか見通しは立っていて、そこまで制作工程を進めておくのが今週末だったわけです。来週から休庁期間が始まります。休庁期間中は制作を優先するため窯を焚きません。そのため今週はどうしても2回の焼成が必要で、大小取り混ぜて陶彫部品を3点ずつ窯に入れるために計6点の仕上げを強行したのでした。おかげで手はガサガサになり、ハンドクリームが欠かせない季節になったなぁと思います。昨日は彫刻についての思索をぼんやり思い巡らす時間がありましたが、今日は作業一辺倒で、何かを考える余裕はありませんでした。夜になって制作にキリがついた時、工房の周囲は真っ暗になっていました。うぅ、腰や肩が痛いなぁと思いつつ、自宅に戻りました。明日からもう一つの仕事が待っています。なかなか手強い日常ですが、生きている価値は十分に感じています。
2019.12.21 Saturday
週末になって朝から工房に出かけました。ストーブを点けましたが、工房は相変わらず寒くて手が悴むようでした。とりわけ陶彫制作は水を使うために冬は厳しいなぁと思います。陶土を土錬機で混ぜ合わせ、明日の成形のために座布団大のタタラを数枚用意しました。次に成形が終わっている陶彫部品に彫り込み加飾を2点施しました。さらに時間が許せば、乾燥した陶彫部品にヤスリをかけて化粧掛けを行なうつもりでしたが、朝9時から始めた作業も午後4時になり、集中力が切れてきたところで作業を終了しました。化粧掛けは明日に回します。制作サイクルを回しながら、いろいろなことが頭を過ぎります。昼ごろ暫し休憩している時に、ふと浮かんだことがありました。私が作っている彫刻は実材を使っているため、実体を伴う空間があり、言うなれば即物的です。絵画や映像のように幻想を提示することが出来ません。そこに曖昧なものはなく、実体が存在するか否かという状況があるだけです。石は石であり、木は木であるという「モノ派」的な表現は、実体があるからこそ成り立ちます。私の作品も土を焼いたものとして考えれば、あるいは素材を全面に出す「モノ派」的な捉えもあるかなぁと思っています。ただし、私は「モノ派」ではなく、実体が纏う空気によって実体ではない何かを表現したいと考えているのです。実体ではない何か、これは従来の具象彫刻と何も変わるものではなく、塑造した原型をブロンズに置き換えて保存可能にした彫刻は、全て実体ではない何かを表現しています。それら彫刻に対し、人は石や木やブロンズという素材は見ず、それが人物だったり動物だったりして、つまりその形象に感情を投影してしまうのです。現代になって何も語らせない実材を実材として扱ったところに「モノ派」の新鮮な驚きがあったはずです。そこで私は「形象派」から「モノ派」へ移行する曖昧な境界に、自作を置いているのではないかと思ったのです。さて、暫しの休憩の合間に、曖昧な境界というフレーズが出てきて、私は当惑してしまいました。これをぐずぐず考えていると、制作時間がなくなってしまうので、すぐに作業に戻りましたが、改めてこんな取りとめのないことも別の機会に考えてみたいなぁと思いました。今日は寒さが内向的に働いてこんな考えが出てきたのだと思います。
2019.12.20 Friday
「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)の第2章の3「芸術空間としての曲輪」についてのまとめを行います。この章は能や歌舞伎の発生から、それら芸能が齎した意義までを述べていて、能や歌舞伎に対してあまり造詣の深くない自分には、改めて学ぶところが大きかったと思っています。山中に入り、そこで祖霊や神霊と交わることで修験道を極めた山伏が、日本独自の芸能の興りを促したと考えて間違えなさそうで、私は興味を抱きつつ、こんな文章に気を留めました。「山が祭祀空間であり、演劇空間でありうるためには、そこが同時に生活空間でなければならない。先にふれたことだが、これらの山ふところに入り修行する山伏は、山中の生活にくわしく、間道をよく知っていて情報集めや伝達に敏であったと同時に、武器製造にも長じていて、中世動乱期に武士階級と結んで軍事生活を援けたことは周知のことである。~略~こうした歩きの集団、つまり鉱山業に従う技術者集団や漁撈民と砂金採集者、諸国を遊行する宗教者たち、そして地方の武士階級、これらの結びつきこそが、能や歌舞伎を大成した原動力であった。例えば能は、山伏の祭儀を軸に、さまざまな音曲をたずさえ白拍子をも含めて地方の武士階級によりつく猿楽師たちの出あいであった。~略~歌舞伎は、出雲大社の巫女であった阿国が、社殿修復のための勧進に遊行したのがその始まりとされている。」古い時代に祖霊や神霊との結びつきが能や歌舞伎の土台にあったことが分かりました。江戸時代になり定住の生活を送るようになった庶民社会は、公的街道が整備され、また階級組織による社会が確立されてきて、歩きの生活者がもっていた武術や芸能も家元等の統制をされるようになったようです。「神の通い路としての道に代わって、地上の権力が道を支配するとき、やがて曲輪を孤立させ、その閉鎖的な性格が顕著になっていく。そして隔離された曲輪は、遊里に代表されるように、裏街道や私的な通路によってひそかにつながれて、そこからかつての道に代わる『通』の観念が生まれ幅をきかせるようになった。」さて、近代になって日本の芸能はどうなっていくのか、こんな文章もありました。「近代が招いた神の喪失は、西欧においてリアリズム演劇が主流となり、また一方ではバロックやロココを経て世紀末の装飾芸術へとつながっていくが、日本の芸能も鎖国政策が一層の拍車をかけて、遊興の里に頽廃の美を競う。そしてそこに通う人びとは全体より部分に興味をつのらせ、死と再生の祈りにつながった演能とは無関係な、より現世の感覚に対する刺戟を求めていく。」
2019.12.19 Thursday
12月になってウィークディの仕事が立て込んでいます。師走とはよく言ったもので、昼間の仕事をやっていると精神的な疲労が重なり、慌ただしい毎日を過ごしていると実感しています。帰宅後にやっているRECORDやNOTE(ブログ)が滞ることもあります。夕食後に居間で寛いでいると、このまま眠ってしまいたくなる誘惑に駆られ、飼い猫トラ吉の幸せそうな寝姿をみていると羨ましくもなります。それでも創作活動をやらねばならないと自分に言い聞かせて、いざRECORD用紙を取り出してみるのですが、鉛筆を持ちながらうつらうつらしています。昼間の仕事は自分の事情とは関係なく否応なしにやってきて、組織的に取り組む事案が数多くあるため、優先順位としては当然の如く一番なのです。それも一難去ってまた一難の繰り返しです。それを良しとして私は今も再任用管理職をやっているわけで、そこに言い訳はしませんが、私の中だけでも創作活動を最優先にしておかなければ、社会的にニーズのない創作活動をやらなくなってしまう恐れがあるのも事実です。そうなれば昼間の仕事を退いた時に、きっと後悔するだろうと私には分かっているのですが…。20代の若い頃からやりたいと願っていた創作活動は、現在は工房も完備し、発表の場として東京銀座の画廊が個展を企画していただいている環境があります。それを日常の慌ただしさのせいにして簡単に手放すわけにはいかないのです。創作を最優先に考える理由は、とても明確で、それが私を突き動かしている要因なのです。充分自分は分かっていながら、毎晩睡魔に勝てない甘さがあって、少しずつ積みあがっていくRECORDの下書きを見ながら、何とかしたいと焦っているこの頃なのです。今日はグチを呟いてしまいました。