Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 屏風接合陶彫の困難
    今日は朝から夕方まで工房に篭りました。若いスタッフもやってきて基礎的なデッサンに勤しんでいました。工房内は寒くなってきてストーブを出しましたが、家庭用のストーブは周辺を温めるだけで、工房全体は暖かくなりません。若いスタッフはストーブの近くで作業していて、私はそこからかなり離れた場所で、陶彫制作をしています。そろそろ手が悴む季節になったなぁと思います。現在取り組んでいる陶彫部品は、屏風に接合する比較的小さめのものですが、なかなか成形が難しいところがあって、神経を使います。何回かやり直すと陶土に僅かな皹が入り、土の新鮮さが失われます。陶土は最初の一回で成形を決めなければならないと痛感するところですが、上手くいかない箇所はどうしてもやり直しをしてしまうのです。最終的に叩き板で調子を見ながら表面を叩き、金属ヘラで摩って皺を補いますが、焼成中に割れが生じるのはこんなところが原因かもしれません。成形で誤魔化すことが出来ない箇所は、罅割れを覚悟して、イメージ通りのカタチを優先していきます。陶芸とは異なり、かなり無理なカタチを造形しているために、陶彫は技法に慣れることがありません。何度やっても陶土を上手くコントロールできない自分に嫌気がさしています。午前中は成形に神経を尖らせていたので、昼頃に近隣のスポーツ施設に行ってクールダウンのために水泳をしてきました。午後は成形を継続していたら、いくら休憩を取っても困難さは変わることがないなぁと実感しました。今日は夕方4時には作業を終えました。若いスタッフを車で送りながら、週末はいつも疲れているなぁと溜息をつきました。世の中の雑念を一切忘れられる創作活動は、幸せであると同時に何か別世界の苦しさに襲われて、自分の無力を思い知るのです。己の人間性を推し量るとすれば、ウィークディの仕事は役職上、私は職員の仕事を監督しているために、ともすれば自分の力を過信してしまうような誤解を生みます。そこへいくと創作活動は自分の力の及ばないところがいっぱいあって、自分がちっぽけな存在であることを自覚させられるのです。そんなバランスで私は生きているのかもしれません。
    週末 用事の合間の陶彫制作
    職場絡みの用事が週末に予定されることが多く、終日陶彫制作を行うことが出来ないことがあります。今日は昼から午後3時くらいまで職場の用事で横浜駅周辺に出かけたので、制作工程のノルマをどう達成しようか考えていました。早朝から工房に籠って、午前中は3時間くらい制作していました。用事が済んだ後、再び工房に行って制作を続行しました。今日は少ない時間の中で何をするべきか、予め決めておいて集中して作業をする気構えでいました。こんなことが日常茶飯にあるので、工房ではのんびり作業することがありません。その結果工房では、ウィークディの勤務より慌ただしい時間を過ごしています。不思議と時間が設定されている方が集中力が増すことがあって、時間がたくさんあればいいというものではないなぁと思いました。私の陶彫制作は工程において、まずタタラを立ち上げるため、タタラがやや硬くなったところで作業をします。成形や彫り込み加飾が終わると、陶土を乾燥させるために相当な時間を使います。最後は窯に入れて焼成を行います。こんなふうに陶彫は作業を休んで暫し待つ時間があるため、職場の用事を組み込むことが出来て、さらに上手に調整を行えば何とかノルマを果たすことも可能なのです。そもそも私が二足の草鞋生活を送ることが出来るのは、陶彫という特異な素材があればこそと思っています。午前と午後に分けた実際の作業はかなり充実しましたが、今日が土曜日であるため、ウィークディの仕事の疲れが残っていて、夜にノルマを達成した後、疲労で身体が動かなくなりました。若い頃は怠け者だったはずの自分が、歳を重ねるごとに勤勉になり、再任用管理職でいる今が一番多忙を極めているなんて、若い頃は誰が想像できたでしょうか。陶彫制作は明日も継続です。休日をゆっくり過ごす発想が近頃の自分にはなくなっています。
    「円塔の見える風景」について
    「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)の第1章の5「円塔の見える風景」についてまとめを行います。第1章では著者がケルトについて旅する行程が続いていますが、ここへきて漸くアイルランドに残存する教会や円塔の遺跡が登場しました。私はイギリスを初めとするブリテン諸島に行ったことがなく、欧州の大陸とはやや異なる文化圏に興味を感じています。以前「ブレンダンとケルズの秘密」というアニメ映画を観たことがあります。中世のアイルランドが舞台でしたが、「ケルズの書」を描くために主人公が幻想的な冒険をする物語でした。本書にも「ケルズの書」が登場する箇所があって、私は注目しました。「修道士たちはこのように各地に遍歴を重ねて修道院を建て、また自らの信仰の表現としてすぐれた宗教芸術を生みだしていった。七世紀には福音書写本『ダロウの書』につづいて『リンディスファーン福音書』が作られ、そしてまた八世紀にはアイオナの修道院で手掛けられた後ケルズ修道院で完成されたという豪華な彩飾福音書写本『ケルズの書』が残されたのである。それらが後世、例えばW・ブレイクの芸術やケルト復興を唱えたW・モリスらのラファエル前派に新鮮な魅力としてうけつがれていくが、今日でもその印象はひとしおである。」流麗で不思議な形象をもつ書籍の実物を見たいと願うのは私だけではないと思います。「いうまでもなくヨーロッパはケルトの故郷であり、大まかにとらえれば西欧の文化はローマとケルトの衝突・追跡・破壊・帰郷の歴史を中核として組み立てられているといえるであろうし、アイルランドの修道院や教会の廃墟はそうした歴史を物語る叙事詩である。そして聖地の一角にする屹立する円塔は、それを弾誦する吟遊詩人に見える。この島の風景が訪れる者に一種の哀愁を誘うとすれば、荒涼とした山野や生活の貧しさからくるのではなくて、むしろ深い傷痕をとどめながらも、ケルトの誇りを語りつぐ円塔の姿が映す孤高の精神に触発されるからかも知れない。」
    干支によるRECORD
    今月のRECORDに年賀状のデザインに使う図柄をアレンジして描くことにしました。テーマとした「円環の風景」の円環の一部にネズミが遊んでいる情景を入れてみました。来年の干支はネズミです。ネズミの描写はあまり得意ではないのですが、今月の1日から今日までの5日間、ネズミの姿態を頑張って描いてみました。以前の蛇年に、これは得意だった蛇の図柄を楽しく描いていたら、家内に拒否反応を起こされて、泣く泣く干支とは関係のないRECORDの図柄を採用したことを思い出します。干支は元々中国伝来の年・月・日・時間や方位、角度、事柄の順序を表すもので、日本では十支でなく、十二支で成り立っています。十二支と動物が結びつけられたのはいつ頃なのか不明ですが、中国の秦代の墓から出土した竹簡には動物が配当されていたそうなので、結構古いのかもしれません。日本の年賀状に登場する動物は、日本独特なものであって、アジアの漢字文化圏の国々ではそれぞれ動物が微妙に異なっています。龍のような架空の動物が入っているのが面白いなぁと私は感じますが、その由来も調べてみると楽しいかもしれません。いまどきアナログな年賀状は衰退の一歩を辿っているのでしょうか。私は頭の片隅で面倒と思いながら、年賀状を出し続けている一人です。年賀状は御無沙汰している人に挨拶が出来る有効なアイテムだと思っています。1年1回くらいはあの人からこんな年賀状が届いたという感慨があってもいいのではないかと思っています。ただし、年内早めに年賀状を出す気分にはなれず、例年元旦には届きませんので、そこはご容赦ください。
    12月RECORDは「円環の風景」
    「~の風景」と題名をつけるのは今月が最後ですが、はたして風景という付加した題名にどのくらいの意味があったのか、自分で考えておきながら疑問が残ります。今までも風景を想定したRECORDを作ってきたので、今年が特別なことではないなぁと感じていたのです。ともかく風景シリーズとしては最後になるもので、「円環の風景」という題名で今年を締め括ることにしました。円環と言うモチーフは、私の作品の中では頻繁に出てくるカタチです。しかも正確な円形ではなくて、どこか歪んだ表現にしています。正確な円形は完成されていて、隙を与えてくれないし、そこに造形を施すことを拒んでいるように私には感じられるのです。円環は中心にぽっかり空いた空間があるだけで、輪廻転生を思わせるカタチを連想するためイメージを広げられます。未来永劫生まれ変わりを繋いでいくイメージは、自分には幸福を齎すものとしての認識があり、おそらくこれが私の作品の中に頻繁に出てくる要因ではないかと思っているところです。私はイメージ上で、終息したり終焉を迎えるのが好きではありません。留まるところを知らず、永遠に繋がっていくカタチを創造していきたいのです。リアルな人生では加齢による身体の劣化や精神の衰えがありますが、イメージではそこから自由になり、若返りの脱皮が出来たらいいなぁと願っていて、不老不死願望を円環に結びつけようとしているのかもしれません。RECORDは一日1点ずつ制作していくノルマがあります。時に下書きだけが先行して、残された仕上げに喘ぐことが少なからずありました。そうしないように普段から一日1点の完成を心掛けていきたいと思っています。