2020.03.10 Tuesday
写真集「BRANCUSI」(Radu Varia著)はかなり重量のある大型の書籍です。どこで購入したものか記憶が定かではありませんが、地方の美術館のギャラリーショップだったのではないかと思っています。本書は英語で書かれていて、写真が多く掲載されているので、それを眺めているだけでも十分楽しいと感じています。ここ数日NOTE(ブログ)にルーマニア人彫刻家ブランクーシについて立て続けに書いていて、そういえば自宅の書棚に本書が眠っているのを思い出したのでした。この書籍について嘗てNOTE(ブログ)に書いたかもしれませんが、アーカイブを調べてみてもその痕跡はありませんでした。本書の英文を読む気力がないので、私は写真集として見ているだけですが、ブランクーシのアトリエの雰囲気が伝わってきて、石や木、石膏などの作品に囲まれている髭面の作者が、何とも魅力的だなぁと思っています。ブランクーシは自然に存在する形態の簡潔化を図り、部分を削ぎ落とした結果が抽象になっていった過程が本書でよく分かります。図面化された幾何抽象とは異なり、常に自然に根ざしていた形態なので微妙な歪みが見られます。また作品の台座も作品の一部として認識できて、台座に作品と同等の価値を見出しているのは私だけでしょうか。同じ形態を幾つも繰り返し作っていたことも分かり、形態への拘りが強い作家なのだろうと察しています。「接吻の門」と訳せる野外の造形は、私が20代の頃にルーマニアで見た民俗的な家屋にあった門に似ています。魔除けのために狼の牙を象徴した造形を彫り込んだものだと農民は言っていましたが、まさに「接吻の門」は魔除けとは逆の、人と人との出会いを象徴化したものと言えそうです。
2020.03.09 Monday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)を読んでいたら、コンスタンティン・ブランクーシのアトリエの室内描写が出てきました。そこに端を発し、このNOTE(ブログ)では私が見てきた彫刻家の仕事場について書いてみたいと思います。まず海外編ですが、ブランクーシのアトリエを再現した空間は、パリのポンピドーセンターの広場にありました。アトリエに入った途端に心が解放される不思議な気分になりました。ウィーン滞在中に訪れた中島修さんの仕事場は、オーバーエスタライヒの農家の所有地の一部を石仕切り場に改修していました。農家を母屋にしていて一家はそこで生活し、その先の小川を渡ったところに工房を構えていました。鋭い幾何抽象の石彫が凛と立つ空間に、背筋がピンとなったことを思い出します。中島さんと一緒に伺ったカール・プランテルの家も農家を改修していて、そのモダンな佇まいに私は感動しました。まさにプランテル彫刻の世界観が至るところに現れていて、憧れに似た気持ちになりました。こんな家を持ちたいと思って建てたのが横浜の自宅ですが、費用の面もあってプランテル宅のようにはなりませんでした。国内編では師匠の池田宗弘宅で、嘗ては東京の秋津にありましたが、現在は長野県の麻績にスペインの修道院を彷彿とさせる工房「エルミタ」を構えています。木立の中に真鍮直付けによる彫刻が数点置かれ、自宅の内部は教会のような宗教画が描かれています。まさに表現と生活が一体になった環境を見せられて、私は刺激を受けないはずはありませんでした。以前、自分の夢にキリストの磔刑像が出てきたのは、池田先生の影響によるものかもしれません。最後に香川県にあるイサム・ノグチ庭園美術館ですが、ここは私にとって聖地です。仕事場として残されているストーンサークルを真似して、私も小さな野外工房を作りました。どうして彫刻家の仕事場はこんなにも魅力的なのでしょう。画家のアトリエにもお邪魔したことがありますが、彫刻家の仕事場では空間そのものに憧れてしまう傾向が私にあるようです。相原工房はそこまでオアシス化が出来ませんが、陶彫作品をよりよく見せる方法を今後考えたいと思っています。
2020.03.08 Sunday
朝から工房に籠って制作三昧でした。2人の若いスタッフも朝から工房にやって来ていました。基礎デッサンを学んでいる高校生は、新型コロナウイルスの対応で学校が休みになり、長い春休みを過ごしていると言っていました。彼女は毎週きちんとデッサンをやりに来るので、デッサン力が着実に身についているようです。コツコツとした地道な蓄積が成果を生んでいる証拠です。もう一人の若いスタッフは染めのアーティストで、先日茨木県で展示を終えたばかりですが、今日も次なる新作の制作を行っていました。この人も地道な活動をやっていて、外から見ても頑張っている姿勢が見て取れます。彼女たちに背中を押されながら、私も頑張っていました。昨日タタラにした陶土を使って陶彫成形を2点行いました。新作は屏風と屏風の前に広がる世界を作っていて、複数の陶彫部品によって屏風と床を一体化しようとしています。空間演出による集合彫刻ですが、毎回こんな展示方法でやっていて、それが私の作品の個性になっています。現在は屏風と床を繋ぐ陶彫部品を作っていて、全体を眺めてみるとこの陶彫部品同士を繋ぐ部品が結構必要なことが分かってきました。ちょっと焦りを感じています。来週末は屏風の砂マチエールを貼る作業で陶彫制作は出来ません。繋ぐための陶彫部品はかなりの数が必要なので、これをいつ頃やっていこうか、きちんと制作時間を設定していかなければ、間に合わなくなることも考えられます。今月の制作目標は砂マチエールのことばかり考えていましたが、砂マチエールは助っ人がいるため、実は繋ぐための陶彫部品を作っていく方が大変ということに気づきました。ウィークディの夜は工房に来られるでしょうか。いよいよ制作は佳境に入ってきました。
2020.03.07 Saturday
今日は朝から工房に篭りました。先週末で1ヶ月以上に及んだ板材刳り貫き作業が完了しました。次の制作工程は砂に硬化剤を混ぜて板材に貼っていく作業ですが、工房に出入りしているスタッフを集めて、数人がかりで一気にやってしまいたいと思っています。そのための時間調整が必要になり、来週末はどうだろうと何人かに声をかけています。同時に砂マチエールと硬化剤が充分あるのかどうかも確認しなくてはなりません。東京神田にある老舗の画材店から砂マチエールと硬化剤を例年取り寄せていて、在庫があるのか連絡もしたいと思っています。今日は1ヶ月ぶりになる陶彫制作を進めていくことにしました。陶土を混ぜ合わせるための土錬機を久しぶりに動かしました。好調に土錬機が動いてくれたので、内心ホッとしました。座布団大のタタラも数枚掌で叩いて準備しました。明日は陶彫の成形を行ないます。陶彫部品は屏風に接合する陶彫部品と床に置く陶彫部品は出来ていますが、それらを繋ぐものをまだ作っていないのです。砂マチエールの工程が始まるまでは、陶彫制作に没頭するつもりです。仕事が木から陶へ変わり、技法に対する意識も変えていきました。陶土は可塑性があって柔らかく、板状にしても重力に耐えられないことがあります。少々乾燥させて陶板を立ち上げていきますが、土錬機から陶土を出した状態では何もすることができません。タタラにして一晩放置する必要があるのです。木材はそんな待ちの時間など必要ないのですが、削りを間違えると取り返しがつかなくなります。木と陶は一長一短で作業の段取りがまるで異なり、私にしてみればそれもまた楽しいと感じます。今日は染めをやっている若いアーティストが午後になって顔を出しました。午前中は展覧会の搬出で茨城県に行っていたとのこと、こちらに帰ってきて間髪入れずに新作に取り組んでいました。なかなかのバイタリティで、可憐な女性に見える彼女のどこにそんな力が潜んでいるのかちょっとびっくりしました。陶彫制作は明日も継続です。
2020.03.06 Friday
ルーマニアの彫刻家コンスタンティン・ブランクーシとアメリカの日系彫刻家イサム・ノグチ。師弟関係であった2人に私は強い興味関心を抱いていて、それぞれのアトリエを訪ねています。20代の頃、ヨーロッパにいた私はパリにあるブランクーシのアトリエを見てきました。もう40年も前のことなので、微かな記憶しかありませんが、憧れの彫刻家が制作した場所は、その張り詰めた空間だけが印象に残っています。同時期にルーマニアにも足をのばし、民俗的な建造物に装飾された文様にブランクーシの原点を探ったこともありました。イサム・ノグチは、四国の高松にあるイサム・ノグチ庭園美術館を訪ねていて、そこにあったスト-ンサークルに感激し、それらしい空間を自分の工房にも作ろうと思い、規模的には小さいけれど、工房に隣接する野外工房を私は持ちました。私を駆り立てているのは、まさにこの2人の巨匠です。「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)の中に、ブランクーシの制作環境を描いた箇所があって、そこの部分を取り出します。「ノグチのようにブランクーシもまた少年時代、カルパチアの山中で羊飼いをしていたときに木彫を学んでいた。その後使用人として働きながら一丁のヴァイオリンを彫り、才能を認められて土地の美術工芸学校に入れられた。ブカレストとミュンヘンでいくらかアカデミックな修業をしたあと、1904年にパリまで徒歩でいき、エコール・デ・ボザールのクラスに出席した。しかしルーマニア民俗芸術の記憶ゆえに、結局はアカデミックなアートに背を向け、写実主義的な肖像表現を『ビフテキ』と呼んで揶揄するようになった。ロダンを称賛はしていたが、『大樹の陰ではなにも育たない』と言って弟子にならないことを選んだ。~略~ノグチはブランクーシのアトリエを『基本的な形態を抽出するための実験室』と呼んだ。アトリエの空間とその備品の荒削りの簡素さは、ブランクーシという人間の純粋性と活力の反映に思われた。~略~ブランクーシは一種のオアシスをつくりあげ、そこではその彫刻と生活とが一体化していた。ノグチのつくりだす空間もまた、そこを訪れる者が時の外へと運ばれていく安息所となるだろう。~略~このルーマニア人彫刻家はおそろしく規律正しい人だった。アトリエ内では『すべてがつねに清潔だった』とノグチは回想する。『そこらじゅう石だらけだったにもかかわらず』ブランクーシはいつも『たいへんこざっぱりした人物』だった。やがてノグチもまたアトリエ内の道具の置き場所にはほとんど強迫観念的にこだわり、またブランクーシ同様に自分の彫刻作品の展示法を大いに気にかけるようになる。」