2019.12.03 Tuesday
「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)の第1章の4「地に伏す心のうた」についてのまとめを行います。この章の舞台はロシアです。私はまだロシアに足を踏み入れたことがありません。もう40年も前にルーマニア国境からウクライナの風景を眺めたことがありました。有刺鉄線の向こうは旧ソビエト連邦で、真冬であったために雪に閉ざされた極寒の地という印象でした。ここではロシアのイコンについて書かれた箇所に注目しました。「聖者や聖人あるいは宗教的秘蹟が、全体をおおう金色の板の上に、黒を基調として朱・緑・黄などを配色し、明確な太い輪郭で描かれているが、これらの幾何学的な造形表現と、それらにともなう大胆な色彩感覚が、魂の内部ー描いた人と見る者の内部ーに神秘的な輝きを与えるのである。それは人物なり事物が、平板な二次元の中に要約することによってかえって一種の奥行きをもち始め、対象をこえてイメージの世界に見るものを誘いこむからであろうか。~略~イコンの中のイエスの表情は、悲しみの故か他の聖者らと同様下前方に視線をなげかけていて、たとえ正面あるいは天上を見上げるときも、いかにも不安げである。昇天したキリストはその後でさえむしろ地に埋もれたやさしい母の胎内に帰っていくことを望んでいるのではないか、ロシアの人びとがきびしい自然の中の生活をたえぬいて、やがて死をむかえるときに、天上でなくどこか地の底に花の冠をつけてやさしく微笑んで迎えてくれるものの存在を期待する、そんな心情がこれらのイコンの中に読みとれるのだが、そうした気持ちは、聖堂におかれていた棺の中に収まった老婆のための飾りつけにもゆきとどいていたように思う。」イコンは東欧の教会にも多くあって、描かれたイエスの表情とともに芸術性に富む絵画として私は見てきました。絵画と我流に解釈していたとしても、イコンは信仰の対象であり、人々はそこに深い慈愛を感じていたのではないでしょうか。「政治は人間の生活の苦しみを軽減する。しかし魂の救済者ではありえない、私は体制としての宗教の犯した罪までを容認しようと思わないが、私たちは平和な暮らしの中で人間をこえたものの力を知ることを忘れている。そしてまた遠ざけてきている。しかし信仰や宗教を失った世界では芸術もただ快い娯楽に堕していくように思われる。」
2019.12.02 Monday
今月をどう過ごすのか、年末年始の休庁期間を職場で設定している閉庁日として考えると、最大11日間ありますが、実際はそんなに休めるわけではありません。当然元旦は恒例として、私は制作を休んでいます。この10日余りの休みに創作活動の過度な期待をかけてしまうと、通常の勤務より身体への負担が重くなり、健康を害しかねないと思っています。そうでなくても創作活動に明け暮れた週末は、疲労で心身ともに沈没していることが多く、週初めの職場でぐったりしていることもあるのです。創作活動は、ましてや彫刻制作は大変な労力を使う作業なんだなぁとつくづく思います。今月で言えば週末が4回やってきます。そのうち休日出勤が1日あり、最後の週末は閉庁日の中に組み込まれてしまうので、今年に限って言えば終日作業が可能な日は9日間です。今月の制作目標として、まずは陶彫部品をひとつでも多く作ることを心掛けていきます。乾燥が進んだ陶彫部品は仕上げや化粧掛けを施して、着実に窯入れをしていかなければなりません。現在焼成が終わっている部品は9点、窯に入っているのが2点あります。閉庁日は毎日制作をするので、その期間の窯入れはしません。閉庁日が始まる今月の27日までに何回焼成ができるのか、また乾燥が進むのか、なかなか見通しは立てられませんが、可能な限り焼成をやっていきたいと考えています。屏風の木彫はいつごろから始めるのか、これも今月中の課題です。木彫した厚板に砂マチエールを施す作業もありますが、これは年越しになってしまいそうです。砂マチエールと硬化剤の注文もしなければならないなぁと思っているところです。工房ロフトの片付けもやらなけれなならない仕事です。そう考えると今月は例年より大変な1ヶ月になるような気がしています。
2019.12.01 Sunday
今日から12月です。多忙な師走で公務員管理職としての仕事が慌しくなる上に、創作活動も最初の佳境を迎える1ヶ月になりそうです。新作は図録撮影が終わった6月から始めていますが、夏の休庁期間よりも今月にある休庁期間のほうが制作に気持ちが入るのです。それは制作工程により作品完成を描ける見通しが立つのが先月くらいからで、今月はいよいよ自分を追い込んでいくだろうと思うからです。屏風に接合される陶彫部品がある程度決まってきたところで、屏風の木彫を始めていきます。今月の制作目標は改めて考えますが、冬の休庁期間でどのくらい新作を進められるのか、期待と不安が入り混じります。これは毎年のことですが、常に新しい作品であるために進め方が毎回違っています。今月も週末は精一杯制作に勤しむことに変わりなく、日頃の頑張りに拍車をかけたいと思っています。今日は職場の地域行事に午前中の時間を取られましたが、午後は工房に篭って窯入れの準備をしていました。先週と同じように週2回の焼成を行います。水曜日に窯出しと窯入れを行なうので、そこで一旦電気を復旧し、作業ができるようにしようと思っています。実技だけではなく、今月は鑑賞にも時間を取りたいと考えています。この季節は街がクリスマスの装飾で美しくなっています。とりわけ横浜の中心地はイルミネーションが競うように流麗さを極めていますが、なかなかそこに出かける時間がなくて、職場と工房を行き来している生活が定番になっています。多少余裕をもって街の散策もしたいなぁと思っていますが、果たして出来るでしょうか。RECORDは少しずつ下書きが増えてきて、仕上げを後回しにする悪い癖が始まってしまいました。ここで何とかしないと自分の首を絞めることになるので、巻き返したいと思っています。読書は相変わらずですが、そろそろ難解な書籍に挑もうかなぁと思っているところです。
2019.11.30 Saturday
今日で11月が終わります。週末なので、いつもの通り朝から工房に籠って制作三昧でした。若いスタッフも工房に来ていました。私は若い人に背中を押されるように屏風に接合する陶彫部品の制作に拍車をかけていました。今日は11月の最終日なので、今月を振り返ってみたいと思います。陶彫制作で大きかった一歩は焼成が始まったことです。NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると毎年この時期から窯入れを始めています。焼成されて窯から出てきた作品を見ると、毎年恒例ではありますが、今回も私は感動を覚えるのです。最終的には集合彫刻として陶彫部品を組み合わせていくのが私流ですが、ひとつひとつの部品に愛着が出るのは最後に焼成があるためと言っても過言ではありません。下書きされた屏風の上に焼成された陶彫部品を置いて、全体構成を確かめるのも今後の仕事です。焼成された部品が増えていくとイメージの明確化が図れます。今月は漸く見え始めた全体設計図に意欲を掻き立てられた1ヶ月だったとも言えます。実は今月も先月のようにさまざまな用事が立て込んで週末を丸々制作に使えることが出来ず、工夫を余儀なくされました。当初考えていた制作工程は遅れ気味です。どこかで挽回しなければならず、それは年末年始の休庁期間かなぁと思っていますが、果たして出来るでしょうか。今月の美術鑑賞は「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展(横浜美術館)、「ゴッホ展」(上野の森美術館)、その他では先輩の銅版画展とその娘さんの漆工芸展に出かけました。映画鑑賞では「ジョーカー」(TOHOシネマズららぽーと横浜)を観てきました。RECORDは最近やや停滞気味で、ちょっと気合を入れ直さなければならないかなぁと思っています。読書は芸術民俗学の書籍を読み始めました。大好きな分野なので興味津々です。
2019.11.29 Friday
「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)の第1章の3「心の旅人ケルト」についてまとめを行います。冒頭にウィーンに関する文章があって、20代の頃に5年間をウィーンで過ごした自分には、思いがけない知識が飛び込んできて、ちょっと得をした気分になりました。「ウィーンの名がケルト語のウィンドボナに由来するように、ここには古代ケルトの集落があったが、大聖堂にきざまれた痕跡は、むしろヨーロッパのキリスト教化のために渡来した後世のケルト系修道士たちの残したものという。」ウィーンの象徴であるザンクト・ステファン大聖堂に関する文章をさらに続けます。「ケルトの十字架にも見受けられる連結結び目文様とか、具象的ではありながら抽象に向かう不可解な動植物や人間のイメージが随所に配されている。~略~灯りとてない洞穴の中で修道に専念しながら、彼らの見た、目に見えない霊の存在を、目に見える形に翻訳しようと努めたとき、彼らは神そのものの姿ではなくて、むしろ神の住居の装飾によって神の存在を描こうとしたのであろう。そして彼らが幻のうちにとらえた聖なる神の住居は、彼ら自らが遠く旅立ってきた故里の風景であり、同時にアルプスの麓に住んでドナウの流れを往来した祖先への追憶とが交錯しながら不思議なイメージを結んだのではなかっただろうか。」その後ドイツに話題が移りますが、やはり自分が渡欧して間もない頃に見た南ドイツの風情が語られていて、これにも私は興味を覚えました。「レヒ川を更に南下してオーストリア国境にはフッセンの町があり、そこは観光客でにぎわうノイシュヴァンシュタイン城が断崖に立っている。バイエルン国王ルードヴィッヒ二世の城である。そこから車で30分程北東に向かうと、アンマーガウの谷間にリンダーホフ宮殿が現われるが、これも狂王ルードヴィッヒの離宮で、ヴィスコンティの映画『ルードヴィッヒー神々の黄昏』の舞台である。~略~ヴィーナス・グロットは人工の鍾乳洞である。彼がタンホイザーのヴィーナスブルグ(ホーゼルベルグ)の情景を再現するために作らせたもので、洞窟の中央前面に大きな池を作り、貝がらで飾りつけた舟が浮かんでいる。この洞窟の岩屋に玉座をしつらえ、すべての側近を遠ざけてただ一人でワグナーの楽劇を演じさせ、鑑賞に耽ったという。壮烈である。ヴィーナスに捧げたこの聖堂の中で、彼は必死に愛の充足と力の再生を祈ったにちがいない。しかしもう神々は存在しなかった。ただここはいかなる装飾にもましてキッチュの世界がある。深い死のイメージが沈殿する。」渡欧してすぐにこの風景に接した私は、過度な装飾に腰が引けて、自分が留学先として選んだヨーロッパでやっていけるかどうか、自問自答したことを今も覚えています。