2019.11.28 Thursday
1週間に2回の焼成を行っている現状では、水曜日に窯の出し入れをしています。水曜日だけは窯の稼働を一旦止めているので、工房の照明等が使えるのです。昨日は工房で創作活動をしている若いアーティストが、自らの課題に向き合ったりしていました。私も仕事帰りに工房に立ち寄れるのは水曜日だけなので、昨日も夜になって工房に行きました。その時間帯は若いアーティストが帰った後で、工房では私だけの時間を過ごしました。現在は新作の屏風に接合する陶彫部品を作っている最中で、どちらかと言えば小さめの陶彫部品になりますが、サイズに関わらず手間が結構かかります。ウィークディの夜に成形作業をするのは、小さめの陶彫部品の方がやり易いかなぁと考えています。おまけに照明の下は集中力が増すため、手間もたいして苦にならないのです。気候的にもやや寒い状態は作業が捗り、この時期に制作工程を可能な限り先に進めたいと思っています。夜の工房は深閑とした雰囲気で、自宅に帰って気が緩んでいたとしても、一旦工房に足を踏み入れると俄かに緊張してきます。創作活動を司る魔物が棲んでいるような気配さえ感じます。こうした空間を持てる幸運を私は常に噛みしめていて、昔から望んでいたことが実現できている喜びに浸っています。この環境をフルに使わないと罰が当たると自覚しているので、時間が許す限りウィークディも工房に通いたいと思っています。
2019.11.27 Wednesday
「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)の第1章の2「”黒い聖母”と巡礼」についてのまとめを行います。私は20代の頃、ヨーロッパ滞在中に黒い顔をした聖母像を何度か見たことがあります。その頃はキリスト教に拘りを持っていなかったので、黒人のような聖母に何の疑問も持たず見過ごしていました。「スペインや地中海世界には古くから地母神信仰が厚く、それがマリア像にうつされているといわれ、その後サンチャゴ巡礼の道で時にふれて拝する教会に保存されているのも、そうした土俗的な親しみにみちた、日本の子育観音像といった様子であった。~略~ヨーロッパという元来農耕を主とする生活の中にキリスト教が定着するためには、そうした先行の土俗信仰や、それにまつわる祝祭にも寛容でなければならない。そのためにはそれらを巧みに教会暦の中にとりこみ、組みかえ、その意義もまた変えていく努力が払われなければならなかった。私たちが教会堂で『黒い聖母』に出あうのも、やはりそうした信仰の混ざりあう歴史の重層性を物語っており、その興味をつのらせるのである。」黒い聖母について柳宗玄がその著書「黒い聖母」(福武書店)で語っている部分が掲載されていました。「それらは大地と結びつけられる古代の母神(地母神)の流れに聖母が位置することを示すものである。とくにローマ治下のガリア人のマーテル神(豊穣の母神)がキリスト教時代に聖母と混同されたのではないかといわれる。しかもこれらの母神は時代と共に黒ずんでいたので、それが『黒い聖母』のもとをなした可能性が指摘されている。」本章は井泉信仰についても述べられています。「水の信仰がキリスト教に流れこんでいったとき、旧約の『詩篇』には、神の恵みをたたえ、『いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見る』といった表現が見られ、新約の『黙示録』では、『お使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と子羊との御座から出て、都の通りの中央を流れていた』といったように、生命の泉を水に求めている。」最後に我が国に触れた箇所もありました。「たしかに信仰対象の創造は、それぞれの風土が秘める歴史につながっていて、たとえばマリアの信仰がはるばる海を渡って日本に伝わってきたとき、隠れキリシタンたちは観音菩薩の姿の中にマリアを匿して崇拝していた。いうまでもなく観音もマリアも水の神であって、通称マリア灯籠(織部灯籠)にも見られる両者の結びつきなどは極めて自然な着想である。」
2019.11.26 Tuesday
2019年7月の個展の画像を、私のホームページのExhibitionにアップしました。会場風景の画像は毎年懇意にしているカメラマンに撮影していただいて、それをホームページに使っているのです。画像で見ると「発掘~双景~」はどっしりとした印象で、大地に根付いた造形に見えます。逆に「発掘~曲景~」はテーブル彫刻という効果もあって、フワっとした印象です。ギャラリーせいほうは白い壁が美しく、また空間が広いので作品が映えます。図録撮影のために野外工房や室内工房で組立てた「発掘~双景~」や「発掘~曲景~」と、ギャラリーで見る作品がまるで別作品のように違って見えるのが不思議です。彫刻は置かれる場所によって作品が変わると言っても過言ではありません。そういう意味でギャラリーせいほうは絶好の空間を有する画廊なのです。今まで14回も個展が開催できたことを、私は幸せに思っています。画廊主の田中さんの企画許可もさることながら、まず自分自身が健康でないと継続は難しいからです。加えて意欲の継続も問題です。どこで意欲が絶えるのか、自分では今のところ分かりません。私は個展開催中も休まず新作に取り組んでいて、個展が一区切りにはなっていないのです。個展が終わって、さてどうしようかという発想が私にはありません。6月の図録撮影が終わると、すぐに次の作品に取り掛かるのです。習慣になっていると言えばその通りですが、横浜市公務員管理職との二足の草鞋生活も、自分の創作活動の中に組み込まれていて、この調子でいけば来年も大丈夫かなぁと思っています。私のホームページに入るのは左上にある本サイトをクリックしてください。ホームページの扉にExhibitionが出てきますので、そこをクリックすれば2019年個展の画像を見ることが出来ます。画像は動画でもご覧いただけます。ご高覧くだされば幸いです。
2019.11.25 Monday
昨日、東京上野の上野の森美術館で開催されている「ゴッホ展」に行ってきました。日曜日の午後で、しかも人気のある画家だったためか会場内は大変混雑していて、私は鑑賞者の間隙を縫ってゴッホを始めとするハーグ派や印象派の代表的な画家の作品を堪能してきました。フィンセント・ファン・ゴッホは、私にとって旧知の作品が多く感動も少ないのではないかと思い込んでいましたが、改めて今回来日していた「糸杉」はその激しい筆致に込められた思いに、新たな感動が呼び覚まされました。ゴッホは弟宛ての手紙の中で「輪郭や比率などはエジプトのオベリスクのように美しい。」と糸杉の印象を述べていて、画面全体がうねるような強烈な筆致で覆われていました。ここまで辿りつくまでのゴッホの絵画遍歴を図録から拾ってみたいと思います。ゴッホは初期の重要な時期にハーグ派と称される農民画家たちに影響を受けました。「漁民や農民の生活やその情景を描く現実に即したハーグ派の主題は、自由な筆致で描かれた。その筆致はしばしば、細部の描写というよりも鑑賞者の想像を促すようなものであったため、彼らの絵はスケッチのように見られることもある。ハーグ派の画家たちが目指したのは、緻密で逸話的な絵画を描くことではなく、その場面全体がもつ印象や雰囲気をとらえることだった。」その頃のゴッホの骨太なデッサンに高校生だった私は感銘を受けた記憶があります。そこから目が眩む色彩を放つ印象派へ転換をするゴッホに訪れた機会は、弟テオが関わりを持っていたようです。「画商として、また印象派の熱心な支持者として、テオが重要な役割を果たしてくれたおかげで、ファン・ゴッホは印象派の作品を容易に見ることができたうえ、画家たちに直接会うこともできた。~略~印象派の作品を見たり、また彼らと会話したりするなかでファン・ゴッホが学んだのは、色の使い方であった。それは無作為ではない、色彩理論に基づくものであった。」今回の展覧会はハーグ派と印象派の2つのグループに部屋が分かれていました。いずれもゴッホの作品は特徴をよく表していて、ゴッホの絵画遍歴が伝わりました。「技法や色彩は劇的に変化したものの、ファン・ゴッホが好んだ主題はオランダにいた頃からほとんど変わらなかった。風景や農民といった主題は、彼にとって故郷と自分を結びつけるものであり続けたのだ。生涯を通じて、ファン・ゴッホはハーグ派と印象派を中心とする多くの画家たちから影響を受けた。」(引用は全てベンノ・テンペル著)
2019.11.24 Sunday
大学の先輩で銅版画をやっている人が、東京銀座で個展をやっています。その人の娘さんが漆工芸をやっていて、彼女も東京銀座の別の画廊で個展をやっています。親子とも同じ時期に個展を開催しているので、週末を利用して見てきました。大学の先輩はエッチング技法を使い、木々の伸びていく細密な枝の描写や木肌の表情、また植物が縦横に絡まる世界をモノクロで表現している人です。今回の新作は植物的な世界に加え、年輪とも取れる円環が配置され、濃密で充実した世界が現出していました。エッチングの深みと拡張する可能性を、私はこの先輩から教わったと思っています。その人の娘さんは大学を出た後、岡山県に行き、そこで漆工芸をやっていて、今回が東京での初めての個展になるようです。乾漆技法で作られた身近な動物の数々は、まさに写実性に富んだ超絶技巧とも言える立体で、部分的に漆が塗られていました。岡山県ではワイン農家を手伝いながら漆工芸をやっているそうで、彼女の今後の活躍に期待したいところです。今日は私は朝から東京に来ていて、美術の鑑賞に勤しんでいました。東京上野にある上野の森美術館にも足を運びました。ここで「ゴッホ展」を開催しているので、先輩の個展に行くついでに見てきましたが、日本人はゴッホが大好きなようで大変混雑していました。フィンセント・ファン・ゴッホはオランダ生まれで後期印象派を代表する画家です。37年の短い生涯にエピソードも多く映画化もされています。私は美術の知識がなかった中学校1年生の時に、ゴッホの存在を知りました。美術の授業で校舎内外の風景を水彩で描く課題があって、私は中学校の正門近くにあった樹木を絵の具を何度も塗り重ねて描いていました。そこに美術科の女性教師が巡回してきて、「ゴッホのようね。」と言われました。この時初めてゴッホという画家を知ったのでした。当時はネットもなく、中学校入学祝に母が買ってくれた百科事典やら学校の図書館でゴッホのことを調べました。ゴッホは私にとって最もポピュラーな画家になったのでした。「ゴッホ展」についての詳しい感想は後日に改めます。東京から自宅に帰って、夕方工房に行きました。彫り込み加飾を2時間ほどやって、昨日窯入れしておいた作品を確認し、窯のスイッチを入れました。これは水曜日に窯から出す予定です。