2020.04.24 Friday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)は「イサム・ノグチの芸術と生涯」を扱った評伝で、今回は第10章「大樹の陰から外へ」と第11章「頭像・胸像制作者」のまとめを行います。パリでブランクーシの工房で働き、その影響下にあったノグチは、やがて自分自身の目指す方向を定めていきました。「『ぼくはある種の形態学的特性を切望していた。この時期、細胞の構造に対する深い興味を増大させていき、古生物学、植物学、動物学の書物を集めた』。この初期の段階ですでにノグチは幾何的形態と有機的形態のあいだの対照に惹かれていた。この二項対立は一生のあいだ継続する。」やがて「『二次元の板の一枚を折り曲げたり、あるいは別の一枚と並置することによって、三次元と認めうるものが可能になる。これは彫刻を苦しめているすべての中間段階、石膏とブロンズを迂回する手段として、ぼくに衝撃を与えた。』」とありました。これは我が国の抽象彫刻の先駆者堀内正和の造形導入と似ていて、新しい彫刻への扉には共通したものがあると感じました。奨学金を打ち切られ、アメリカに戻ったノグチは経済的重圧もあり、またブランクーシから距離をとりたいと考えていたこともあって、方向転換を図ったのでした。「自分は抽象の預言者に『とくにふさわしい』と宣言したばかりなのに、今度は抽象を放棄し、パリ滞在以前から熟達していた技法ー肖像彫刻ーに向かう。~略~肖像のほとんど、とくに初期の作品は、モデルの実存にはいりこむノグチの力量を示す。『結局のところ、人間とは興味深いものだ』とノグチは言った。」次にノグチの交友についての記述がありました。「バックミンスター・フラーはノグチより八歳年上で、ラムリーやブランクーシのあとを継いで青年ノグチの師となった。~略~どちらの男も想像力に価値をおき、どちらも科学に魅了された。ノグチはフラーを『ぼくらの時代の詩人』と呼んだ。フラーはノグチを『科学者兼アーティスト』と呼んだ。~略~もうひとり、この当時のノグチの人生に重要な役割を果たし、肖像彫刻のモデルとなったのはモダンダンサー・振付家のマーサ・グレアムである。」こんな出会いからノグチの次へのステップが始まるのでした。
2020.04.23 Thursday
昨日から在宅勤務で、自宅にある書籍の整理を行いました。自宅のリフォームでリビングの壁一面に書棚を作ってもらったために、数十年も床に積んであった大量の書籍を新しい書棚に収めました。公務員になった頃に手に入れた自分の専門分野の全集20数冊が床の奥底から出てきた時は、仕事に慣れていなかった当時のことを思い出し、懐かしさでいっぱいでした。私は祖父が宮大工、父が造園業という職人家庭に生まれ、実家にまともな書籍がなかったことで、中学校の入学祝いに母が私に百科事典の全集を買ってくれました。それが大変役立ったことも思い出し、また家内が嫁入りの時に別の百科事典を持参してきました。私の蔵書は一気に増えましたが、私の知識への渇望と読書癖はその時かなり満たされました。20代の滞欧中にもドイツ語の書籍を手に入れてきましたが、これはもう読めそうにありません。日本で購入したものでも難解なものが多いのですが、これらは何せ日本語なので、近いうちに読破をするつもりでいます。全般的に私の蔵書は創作活動の刺激になるものが多く、また最近は展覧会の図録に立派なものがあり、大変な情報量が収められているので、これも書棚に入れることにしました。図録は工房の棚にも収めてあって、合わせると大変な量になります。これも学生時代に図録が買えなかった気持ちの揺り戻しではないかと思っています。叔父2人は学者で、一人は哲学者(カント)、もう一人は考古学者(中国史)で、彼らの蔵書数に比べれば私は足元にも及びませんが、先祖代々の職人気質と彫刻家としての知識を併せ持つと自負する自分としては、学者でもないのに結構な蔵書があるのではないかと思っています。自分の学んできた知識を概観する大きな書棚を見て、自己満足に浸りつつ、まだまだ思索を深めることを止めてはいけないと思った次第です。
2020.04.22 Wednesday
「アフタヌーン・インタヴューズ」(マルセル・デュシャン カルヴィン・トムキンズ聞き手 中野勉訳 河出書房新社)を読み終えました。インタヴューを受けたマルセル・デュシャンという人はどんな人物だったのか、最後に語られている箇所に私は注目しました。「法則っていう言葉がわたしの信条に反しているんです。少なくとも、それを法則と呼ぶ必要はないと思う。まるで動かしがたいものであるみたいに。わたしにしたら、因果律という概念は、わたしにとってはたいへんうさんくさい。疑わしい性格がある。生きることを可能にする便利な形式です。それと、因果律から出てくる、ああいった宗教的概念のいっさいー神が最初にすべてをやったんだというアイデア、あれも因果律の幻影のひとつです。」物理や化学の法則を拡大解釈することについて、こんなことも言っています。「そう。ああいう法則を拡大解釈する、もっと伸縮性のあるものに変える、そういうことができれば、もっとゲームの要素が多くなる、もっと生きるに値するようになる、という発想でね。」M・デュシャン自身のアイデアについて述べた箇所にも注目しました。「わたしが思いつくモノはどれも、四次元的な外観を与えられるべきだ、というアイデアなんです。そうやって、何かしら別の側面というのが見えるようになってきて、その側面は、そのモノが持っている、何だか知らないがとにかく何かしらの重要性とか、そのモノがつくりだしてるデザインとかとは正反対だ、てなことになるかもしれない。そしたら、また別の感覚器官でもってそいつを見てやろうとするかもしれんでしょ、ね?わたしの人生はずっとそんなふうだった。~略~わたしはアートってものを信じない。アーティストってものを信じてます。」最後に本書の訳者である中野勉氏の言葉を引用いたします。「本書の随所で語られる、近代絵画における視覚中心主義(『網膜』性)の否定、それと対を成す知性主義の希求、アートにおける市場原理の席巻に対する批判、怠惰の肯定、速度偏重の拒絶、アーティストの(非)主体性の強調といった主張の数々、これらは他の談話や著作の中でもいくどとなく繰り返されているものだけれども、それを彼の実践と突き合わせてみる。すると、どうにも解消不可能な矛盾に出会ってしまう場合が多々出てくるのである。」それもこれも一切含めてマルセル・デュシャンそのものなのだろうと私は思うようにしました。
2020.04.21 Tuesday
自分の生涯としては一大事となる自宅のリフォーム施工が大詰めを迎えています。まず1階の和室を洋室に変えて、ダイニングと一体化した空間にしました。和室の半分を収納庫にして、そこに家内の邦楽器を収める棚と、和服等を入れた桐ダンスが入る空間を確保しました。仏壇もそこに入る予定です。広くなったダイニングと収納庫を区切る扉は、格子模様の4枚引き戸にしました。これは家内のセンスで決めたものであり、和モダンに憧れる彼女にとって最高の住空間になったのではないかと思っています。古くなったシステム・キッチンも最新式のものが設置されました。新しいシステム・キッチンは既に使用しています。私たちが茨城県笠間や栃木県益子を初めとする全国の陶芸の里から集めてきた器も新しい棚に収めました。今日漸く2階の書棚拡張工事が完成しました。現在は吹き抜けの玄関にクロスを貼るための足場を組んでいて、これから2階を含めて全体のクロス貼りの施工に入ります。そのクロス貼りの最中に私は書籍を新しい書棚に収めようと思っています。書棚は天井から壁一面にあるので、上段に書籍を収めるためには室内用の脚立が必要だなぁと思っています。書籍の一冊一冊にも器と同じく私の思いが詰まっていて、学生の頃に読むことを断念してしまった難解な書籍が数多くあります。最近になって古びた頁を捲って再読に励んでいるのですが、今でも難解な語彙に悩まされている次第です。20代の頃より60代になった今の自分の思考が、多少なりとも落ち着いてきたことで、難解な書籍に自我を奮い立たせ、読破を希求している証拠なのかもしれません。そうした住宅環境を理想的に作り変えるために、退職金を投入して再任用満了の年に、私は自宅のリフォームをやろうと決意したのでした。リフォームはもうすぐ完成です。ダンボールに詰めたあらゆるものを早めに整理して、さらに断捨離を進めて、新しい住宅環境を満喫したいと願っています。
2020.04.20 Monday
「アフタヌーン・インタヴューズ」(マルセル・デュシャン カルヴィン・トムキンズ聞き手 中野勉訳 河出書房新社)・Ⅲのまとめを行います。この章でインタヴューは終了していますが、その中で今回はM・デュシャンの代表作というべき2点の作品について取り上げます。1点目は「階段を下りる裸体」という絵画作品です。「運動というアイデア、階段を降りてくる女性ってアイデアは、まるで連中(キュビスト)の気に入らなかった。それに、同じころ未来主義者たちがその手のことをやっていたのを知っていたかもわからん。わたしは知りませんでしたし、未来主義者は当時、パリで展覧会をしたことはなかった。」キュビズムに関してはこんなことも言っています。「完全に静態的だった。それに、静態的であることを自慢にしていた。ひっきりなしに、いろいろ違う断面からモノを示してみせるんだが、それは運動じゃあなかった。おおよそ、対象の面をすべていっぺんに見るという、一種四次元的な発想だった。」2点目は「大ガラス」と呼ばれる作品で、日本語の題名は「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」と称されていて、本作品は移動中にガラスが割れてしまったのですが、それも作品の意図として受け入れたものが現在アメリカに残っています。「わたしにしたら、キャンヴァスと油絵具ってのはここ九世紀間で実に濫用されてきた道具だったんで、そこから逃げ出して、何か違うことを表現するチャンスを自分に与えたかった。そのとき〈ガラス〉のアイデアが出てきたわけです。」さらに「大ガラス」には着手前から制作過程に至るまでの断片的なメモ「グリーン・ボックス」があります。「飛び散りとかいうようなのはみんな、絵に描いてあるんじゃあなくて、絵画的に記述してあるんです。〈ガラス〉と本とは非常につながっている。つながっているだけじゃあなくて、おたがいのためにつくってある。~略~〈ガラス〉の部品という部品、セクションというセクションが、何のためにやってあるのかを、文学的な形式ですべて記述した説明です。~略~それは『グリーン・ボックス』というかたちを取った。〈ガラス〉のために特別にこしらえたものです。」思索された世界を視覚と文学の双方の形式によって表現した作品が「大ガラス」でした。私が魅力を感じる要素がこんなところにあるのかなぁと思った次第です。