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  • 「建国記念の日」は創作活動邁進
    今日は「建国記念の日」で、職場としては勤務を要しない日でした。今日は国民の祝日ではあるのですが、昔から私は「建国記念の日」がしっくりせず、毎年この日を迎えています。建国記念日はどこの国にもあり、独立記念日だったり、国家が創建された日だったりしますが、わが国は建国した日が定かではありません。言うなれば日本書記が伝えるところの初代天皇である神武天皇の即位日になっていますが、神武天皇が果たして実在していたのかどうか、はっきりした証拠がありません。それでも明治5年(1872)に日本書記の記述を信じて「紀元節」が制定されましたが、第二次大戦後に天皇を崇拝する国家神道を、当時の米軍が排除する動きがあったため、結局紆余曲折を経て昭和41年(1966)に「建国記念の日」として制定し直しました。これは建国がはっきりしないため、建国されたという事実そのものを記念する意味があるようです。「建国記念日」ではなく「建国記念の日」としたのはそんな事情があってのことだとネットで知りました。私はそんな謎めいた歴史を有する日本という国が大好きです。先日、東京上野で見た東京国立博物館平成館の「出雲と大和」展は、そんな日本の謎に挑んだ企画展でした。私は古代が好きで、自らの創作活動も「発掘シリーズ」を突き詰めています。そこで「建国記念の日」である今日は創作活動に邁進することにしたのです。作業内容は相変わらずの板材刳り貫き作業でしたが、屏風6枚のうち4枚目が完了しました。まだ1層目なので、2層目のことを考えるとまだ半分くらいの工程かなぁと思いますが、刳り貫き作業は漸く慣れてきて、手際がよくなりました。5枚目に取り掛かったところで、5枚目と6枚目はそこに接合する陶彫部品の焼成が終わっていないために、正確な大きさが割り出せず、陶彫部品の面積を刳り貫くことは出来ませんでした。次の日曜日に窯入れをしようと計画しています。今日は充実した「建国記念の日」を過ごすことが出来ました。
    「石を聴く」を読み始める
    「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)を読み始めました。副題が「イサム・ノグチの芸術と生涯」とあって、本書は度々このNOTE(ブログ)に登場する日系アメリカ人彫刻家イサム・ノグチの評伝です。イサム・ノグチの評伝と言えば、何冊か自宅の書棚にも置いてあります。既読のものは「イサム・ノグチ」(ドウス昌代著 講談社)、「評伝イサム・ノグチ」(ドーレ・アシュトン著 笹谷純雄訳 白水社)、「夢みる少年ーイサム・ノグチー」(柴橋伴夫著 共同文化社)、「素顔のイサム・ノグチ 日米54人の証明」(四国新聞社)があって、その他にも庭園に関する評論集や作者自身が著したエッセイもあります。作品写真集やイサムの母に関する評伝もあり、和訳されたものはほとんど私は手に入れているのかもしれません。作家別の関連著作で言ったら、ジャコメッティよりイサム・ノグチの方が多く書棚に有していると思います。生い立ちは既読の書籍で十分知っているにも関わらず、また別のものを読み始めることはどういう意味をもつのか、これは著者の捉え方によってイサム・ノグチの世界観に別の視点が加わることを、私は期待しているのです。私の中でイサム・ノグチほど魅力を発信した芸術家はいないと思っているからで、その足跡を辿り、私自身の彫刻を考える上で己の指標になると信じているのです。香川県高松にあるイサム・ノグチ庭園美術館に私は2回訪れていて、普段の生活と創作活動が密接な繋がりがあることを確認してきました。自分の生き方や考え方、生活の周辺に至るまで全てが創作活動に集約されていく人生を自分も送りたいと考えていて、その理想的な人生の在り方がまだ出来ていないことに苛立ちを覚えることもあります。前に知人が言っていた65歳から75歳までの10年が理想的な環境の下で創作活動に邁進できるようになるでしょうか。いずれにしても自分次第ですが、「石を聴く」を読みながら自分の伸びしろを信じ、創作活動をもう一度見直し、自分にとって最良の道を選びたいと考えているところです。
    週末 若い人たちに背中を押されて…
    昨日と違い、今日は身体が動き易く工房での制作は進みました。珍しく今日は2人の若いスタッフが来ていました。一人は大学及び大学院でテキスタイルを専攻し、染めの技法を駆使して自己表現に挑んでいる若いアーティストです。彼女は茨城県で個展を開催するらしく大きな布にロウケツ染めをやっていました。染めは描写とは異なり、染め粉を流したり、色彩を留めたりして自分のイメージに合わせてコントロールをするものです。彼女の方法は、ロウケツ染めと言っても通常の文様がしっかり浮かび上がるものではなく、微妙な色彩の綾が織り成す効果を求めて、手探りで重層的な表現を極めているように思えました。何点か作っておいて、ギャラリーの空間を見ながら作品を選んで展示方法を考えた方が良いのではないかと私はアドバイスをしましたが、最終的には彼女のセンスで決定するのです。どんな空間が創出できるのか楽しみでもあります。もう一人は高校生で、美大を目指して鉛筆による静物写生を描いています。この子はこれから長い道のりがあるなぁと思いつつ、地道な努力を続ける子なので、今後どんな飛躍があるのか楽しみでもあります。創作活動は決して華々しいものではありません。コツコツとした制作姿勢から何かきっかけを掴んで自己表現を確立するものです。また自己表現が確立しても、そこに安住できるものではなく、常に流動していくものではないかと思うのです。大きく言えば破壊と創造の繰り返しです。そんな若い人たちに背中を押されて、私も相変わらずの板材刳り貫き作業を頑張っていました。今月の週末は刳り貫き作業一辺倒で、創作行為というよりは職人的な作業ばかりです。彫刻は目の前に実材があるので、一気呵成には作れず、簡単に方向転換も出来ないのですが、自分にとって新しい表現を常に意識していきたいと思っています。
    週末 自宅リフォームに向けて
    やっと週末がやってきました。創作活動で工房に朝から籠っていて、新作の板材刳り貫き作業をやっていました。刳り貫き作業は3枚目に入りましたが、いつものように土曜日はウィークディの疲れがあって遅々として進まない作業状況でした。窯の面倒を見てくれている業者が訪ねてきたり、自宅リフォームの業者もやってきました。身体が若干辛かったので、打合せにはちょうどよい時間でした。自宅のリフォームは貯蓄した財をかなり投げ出すほど、私にとって一世一代の決心で、今までも打合せは何回も行なっています。昨日は勤務終了後に大手電機メーカーのショールームを訪ねて、そこで打合せを持ちました。システム・キッチンの実物見本を見て、オプションを盛り込んだり、図面を確認したりして、ほぼ2時間を費やしました。家内は大学で空間演出デザインを学んでいるくらいのインテリア好きで、ショールームの担当者と綿密な打合せを行なっていました。30年前に自宅を新築した頃は、最新のシステム・キッチンを入れたはずが、時代と共に新商品が登場していて、さらに利便性を追及したものになっているのを感じました。私たち夫婦の大学同期生にも、こうしたインテリア系のショールームで働いている人がいます。自宅のリフォームは美術の分野と関連していて、創作活動に似た気持ちになるようです。私たちが求める室内の色調は単純明快で、白壁にダークブラウンの家具や扉があるというだけのものです。他の色調はそこに入ってきません。システム・キッチンの色調も全て同じです。部屋ごとに壁の色合いを変えることはしていません。無味乾燥とも言える雰囲気が実は心理的にもしっくりくるのです。3月から施工が始まりますが、断捨離をしながら荷物の移動や整理をしなければならず、その時期は大変な状況になるだろうなぁと思っています。何はさておき、週末は今月の制作目標に向けて、厚板に切り込みを入れていく作業を頑張るのみです。明日も刳り貫き作業をやっていきます。
    2月RECORDは「灰」
    今年のRECORDは色彩を月毎のテーマにしています。今月は「灰」にしました。先月は「白」でやりましたが、今もずっと無彩色が続いています。灰色というイメージは、私にとって決して明るいものではありません。20代の頃、ヨーロッパの古都ウィーンで暮らしていて、大学に在籍している身分でありながら、私は一日のほとんどを散歩に費やしていました。旧市街は灰色の壁が幾重にも重なっていて、その崩れ落ちて煉瓦が覗いていた壁がよく目に映っていました。そこに情緒を感じ取れたのはずっと後になってからで、当時は不安定な心情に苛まれていました。灰色は微妙な心理を反映する複雑な色彩と私は勝手ながら思っています。そのバリエーションは限りなくあって、他の色彩を引き立てる役割もあるかもしれないと思うところです。灰色の古壁に民族風な絨毯が掛かっていて、その色彩のコントラストにハッとしたことも思い出されます。今月のRECORDは灰色だけで表現するというよりは、他の色彩を利用して灰色を際立たせていきたいと思っています。色彩を中心に据えたテーマは、私には新しい試みで、先月もそもそも「白」とは何かを考えながらRECORDを作っていました。色彩の持つ心理的作用や思考をさらに深めたいと思うようになりました。嘗て工業デザインを学びたいと思っていた高校生の頃に、バウハウスの教壇に立っていたヨハネス・イッテンの色彩論を購入しました。今も自宅の書棚に眠っていますが、色彩の三要素や色相、明度、彩度などという基礎的なことは今も知識にあります。今後はさらに一歩進んだ色彩論に触れていきたいと考えるようになりました。