2018.03.11 Sunday
未曾有の東日本大震災から7年が経ちました。この3月11日が職場の稼業日に当たった時は、私は施設内外に向けて一斉放送を流し、1分間の黙祷を行いました。街行く人もその場で立ち止まって黙祷していたのが印象的でした。以前3月11日が日曜日に当たった年もありました。その時、私は作業を中断して黙祷をしました。今日は日曜日で午後2時過ぎに、工房に来ていた若いスタッフと1分間の黙祷を捧げました。FMヨコハマから鎮魂に相応しい音楽が流れていました。あの日を境に防災意識が大きく変わり、我が家でも防災グッズを揃えています。防災用のレトルト食品を期限が切れる前に食べることがあります。家内は防災意識が高いので、防災食品はローテーションして日常の食事に組み込んでいるようです。食料品だけではなく、先日も簡易トイレが届きました。日本に暮らしていると、自然災害に対する意識はかなり高いまま維持できるように感じています。復興にはまだまだ時間がかかりそうですが、人と人との絆を確かめ合えたのは幸いでした。今日は朝から工房にいました。昨日作っておいたタタラを使って、陶彫成形を行い、先週作った成形には彫り込み加飾を施しました。昨日に比べると今日は制作が進みました。昼ごろ、近隣のスポーツ施設に水中歩行に行ってきましたが、水泳もかなり出来るようになりました。少しずつ肩が動くようになり、身体が元に戻っていると感じています。そうであれば体力を回復していきたいと考えています。長く彫刻を作っていくために体力をつけておくことが必要です。彫刻は、精神的にも肉体的にも骨が折れる表現です。絵画やデザイン領域に比べると、彫刻をやっている人が少ないのも分かります。そんな扱い難い表現媒体を意志だけでやってきましたが、これからは身体をコントロールしていかなくてはならないかなぁと思っているところです。
2018.03.10 Saturday
このところ週末は美術館や映画館に足繁く行っています。今日は待ち望んでいた映画「ジャコメッティ 最後の肖像」がやっと横浜にやってきた初日でした。上映時間が午前9時からだったので、今日は工房に行く前の午前中に常連のミニシアターに出かけました。家内は演奏があって、今回は私一人で行きました。彫刻家ジャコメッティの制作は、哲学者矢内原伊作によって書かれた書籍が数冊あって、私にとって馴染みのあるものでした。パリのアトリエの写真も多く残っていて、そこでどんな制作が行われていたのか、映画による解釈や映像表現が如何なるものかをどうしても見たかったのでした。映画の撮影に使ったアトリエは忠実に再現されたもので、俳優もメイクの技術によってジャコメッティその人が乗り移っているような錯覚を覚えました。弟ディエゴや妻アネットもよく似た役者を使っていて、きっとこんな雰囲気だったのだろうと思いを馳せました。撮影はロンドンでやっていたようですが、裏ぶれたパリの下町をよく再現していました。ジャコメッティの最後のモデルを勤めたアメリカ人作家によるものを礎に脚本が作られていて、私には芸術家が制作中に落ち込んで自暴自棄になる心理がよく伝わりました。詳しい感想は後日に回します。午後は工房に出かけました。久しぶりにヴィジュアルデザインを美大で学ぶ若いスタッフが顔を出しました。彼女は近々4人展を開催するらしく、展示する作品を工房に作りに来たのでした。私は大きめのタタラを6枚準備しました。彫り込み加飾もやりました。明日は朝から工房に篭って制作を行います。
2018.03.09 Friday
このNOTE(ブログ)では私の職種を明らかにしていませんが、秋にあった祝祭的イベントが新聞報道されたため、職種が新聞に掲載されてしまいました。このNOTE(ブログ)を同業者の方も読んでいただいていることも聞いています。それでも拡散を怖れて、敢えて職種を伏せておこうと思っています。今日は、今年度最後の儀礼的イベントがありました。イベントでは、専門職である全職員が、専門の枠を外れて、協力し合う場面が多くありました。そのおかげで今日は厳粛なイベントができたと私は思っています。集団で行う式典は、全員で襟を正して気持ちを揃えていくものであると私は考えます。そこに個性の主張は要りません。私は彫刻家として個性の発露を何よりも大切にする者ですが、式典に関してはまるで異なる見解を持っています。式典によって集団社会の中で、個人でもケジメをつけるべきです。個性的であろうとする場面と、そうでない場面を使い分けていくのが円滑な人生だろうと私は思います。今日の儀式を済ませて、明日は創作に立ち向かう週末を迎えます。明日は個性を追求する自分だけの時間を過ごします。今晩は立派な式典を成功させた全職員を労いました。今年度もあと僅かになりました。
2018.03.08 Thursday
「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)は、美学者の立場からアートを論じようとしている書籍です。アートという現代を席巻している新しい概念を、私自身は積極的には使っていません。理由として、自分の中でアートに対する明確な考えが定まっていないからです。現在読んでいる「アートと美学」は、アートを知るための手がかりになればと思っています。アートは単なる芸術の外来語ではなさそうで、従来の芸術に新しい概念を齎せています。美術の枠では収まりきれなくなった思考表現が、アートとして括られていると考えられます。現代社会に対応する価値観を有する表現がアートというわけです。自分の名刺を作るときに、私には芸術家以外の立場として公務員管理職としての立場があって、こちらの方は社会的な名称が定着しているため、何の疑いもなく名刺を作ることができました。芸術家としては少々困りました。アーティストと呼ばれることに私は躊躇します。アーティストは結局何をする人なの?という曖昧さと気恥ずかしさがあって、私は彫刻家を名乗ることにしました。表現が彫刻だけに限らなければ造形作家、こちらの方がしっくりいきます。社会的な地位を持っているもうひとつの職業を表す名刺と造形作家の名刺、2種類の名刺を今も使い分けていますが、それでも造形作家の方が如何わしい印象を与えます。ましてやアーティストなど私には名乗れるはずがありません。怪しい活動家ともペテン師とも揶揄されそうです。これはアーティストというものが、あまりに多義多様にわたる職業を含むからではないかと思っているからです。もうひとつはカタカナ職業が嫌いという私の趣向にも原因があります。アートも同じで、ボーダーレスな表現を自分なりに咀嚼できない頑固者なのかもしれないと自分を分析しているところです。彫刻家ですよね、と人から言われると私は素直に頷きますが、アーティストですよね、と言われると、いいえ違いますと即座に否定してしまう私は気難しいのでしょうか。
2018.03.07 Wednesday
現在、通勤時間帯に読んでいる「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)の第一章では「学問と美学」について考察しています。私は幾度となくNOTE(ブログ)に書いていますが、哲学に興味関心があります。このNOTE(ブログ)にも最近読んだニーチェ、ショーペンハウワー、ハイデガーの著作の感想を掲載していますが、本書に出てくるヘーゲルについて私は僅かに齧っただけなのです。文章を引用すると「『精神的なものが、感覚的な形となって現れる』という彼(ヘーゲル)の定義は、美学が芸術に与えた最上のものの一つである。ヘーゲルは恐るべき慧眼の士であった。『芸術』の観念に最も相応しい形式は、文芸でも音楽でもなく造形芸術であり、就中、彫刻である、これがヘーゲルの芸術哲学の核心だった。」とありました。ヘーゲルはギリシャ彫刻をイメージしていたようですが、こんなふうに語られてしまっては、私としてはヘーゲルの著作に挑むしかないかなぁと思いました。西欧の学問の源は何からきているのか、文章を探ってみると「西欧哲学の標榜する神、具体的には、ギリシャの神々とキリスト教の神である。多神教か一神教か、それが『神学theology』を違ったものにした。神への見方が異なると、当然、神を範に仰いで人間を見る、その見方にも違いが表れる。ギリシャ哲学とキリスト教神学とは、互いに別のものだった。~略~ギリシャ哲学とキリスト教神学、この異質な二つのものがグレコ・ローマン的文化の支柱である。西欧の諸学問、それがグレコ・ローマン文化を継承しつつ発展させたものである以上、諸学問が『神学』から完全に離脱することは不可能である。そして離脱できない範囲で、すべからく諸学問は人間探究の一環をなしている。」西欧哲学は神学ありきの学問として始まったにせよ、近代になって神を蔑ろにするニーチェの思想が登場し、その後に何か変化が生じたのでしょうか、実はこんな文章もありました。「近代合理主義もしかし、神学と訣別できるものではなかった。哲学として最も信頼できる学問形態は『神学』だったし、これ以上の学問が存在した例もなかった。新しい学問、合理主義的思潮、それは決して『無から』生じた訳ではない。学問的な伝統あってこそのことなのである。神学と訣別できるかのような学問は、自ら学の体裁さえ覚束ないことを認めねばならなかっただろう。それが西欧の学問、というものである。」うーん、言われてみればおっしゃる通り。西欧的な神の存在は日本人には分かり難いところもあり、神の否定に走ったニーチェも西欧哲学の枠内にいることは確かです。否定をしなければならなかったのは、その存在を認めているからこそなのだと認識しました。